「寿司を食べ、酒を飲んでいるうちに・・・」

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 二代目廣澤虎造の浪曲、また、古くは講談のネタでも有名な「石松三十石船道中」というのがある。 「食いねェ食いねェ、寿司を食いねェ、酒を飲みねェ、もっとコッチい寄んねェ」というアレだ。
 この語り出しに、「親分には内証だが途中で買ってきた小さな酒樽 縁の欠けた湯呑へ注いで飲む 大阪本町橋の名物『押し寿司』を脇へ置いて 寿司を食べ 酒を飲んでいるうちに 船が水に流されて河のなかばへ出る・・・」というくだりがある。
 唐突だが、この「寿司を食べ、酒を飲む」という行為が、どういう感覚のものなのかを想像してみた。
 当時のこと、刺激のある飲料なんてものは、ない。現代なら、ビールだのジュースだのソーダだのコーヒーだの、なんでもある。しかし、当時、飲み物と言えば水、湯、茶、酒であったろう。つまり、酒がもっとも刺激的な飲み物であったはずである。
 一方、食べ物の寿司。これは、当時のファーストフードの最先端であり、今で言えばハンバーガーぐらいにもあたろうか。
 そして、物語の主人公のやくざ、石松。これは、「イキな小粋な、そして愛すべき馬鹿の石松」であって、マンガ雑誌「ヤングマガジン」に出てくるような、一部の人にはかっこ良いとしてあがめられる如き、先端ヤンキーであったかも知れぬ。
 つまり、こうである。
 「カッコイイ先端ヤンキーが、バドワイザーかマックシェイクを持って船に乗り、ハンバーガーをパクついている光景」
 ・・・コレが、石松三十石船道中の理解の仕方なのではアルマイカ、と。

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 自宅で無料ドメインを利用してWebサーバ・メールサーバを運用している。

 不正アクセスの試みが数多くある。

 サーバはかなりタイトに仕上げてあるから、それらの不正アクセスは寄るそばから全てドロップされ、クラックされることはなく、ログが残る。

 それらの攻撃の発信元の99パーセントは中国と朝鮮である。

 そのアクセスの仕方は、馬鹿のように執拗で、狂気じみている。何万回、何千台、何万IPアドレスから、繰り返し繰り返し、アクセスしようとする。

 怨念と狂気。

 相手にもしたくなく、馬鹿馬鹿しく、話題にもしたくないが、ちょっと書いてみた。

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 国防は既に、国民の手からは遠いものとなってしまった。
 「やりたくもない苦役」をムリヤリやらされる、というような意識ではなしに、国民の思ったとおりに出来なくなってしまった国防を、国民のたなごころに取り戻す、国民固有の正当な権利としての武力を国民のもとに正しく取り戻す、そういうようなひとつの手段として、多くの人間がともに苦しんでみることの出来る国防が出来ぬものか。
 それを徴兵制と呼ぶのなら、呼べばよい。言葉などどうでもよい。

参加する国防

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 憲法に、義務ではない「責務」として、国防を盛り込む研究がなされているという。
 参加する国防とは、国防について好き勝手なことを口々に言い合うことではない。規律と秩序の下に、まず自ら苦しむことである。