で、だからどうだと?

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……というか、誰だお前(笑)>アントニオ・グテーレス

いろは歌とABC

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 「いろは」順に合理性がない、という話と、合理性がないという批判が行き過ぎて、そもそもイロハなんてだからダメなんだ、だから日本はダメなんだという話になってしまうことと、それを言うなら米英の「ABC順」なんて生理的ないし発声メカニズム的合理性なんてまるでゼロであるばかりか「いろは」順より劣るということ。

入れ込み

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 池波正太郎の小説を読んでいると、飲食店の描写などで、よく「入れ込みの座敷」というのが出てくる。

 私はこの「入れ込みの座敷」というのを、「小上がり」のことだとばかり思い込んでいたのだが、昨日読み終わった「酒場百選」という本で、全然意味が違うということを知った。

 酒場百選によると、「入れ込み」というのは、「客が来た順にどんどん混ぜて座らせる」ことを言うそうである。繁盛している居酒屋の方式だ。

 だから、池波正太郎の「入れ込みの座敷」というのは、客がどんどん、「(そで)すり合うも他生(たしょう)(えにし)」とばかり座り合う、大衆的な座敷、のことなのであった。

 うーむ、知命(50歳)にしてまだまだ知らん言葉は多い。国語の勉強は果てしない。

【時事】専用車両の顛末(てんまつ)【妄想】

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 痴漢による列車事故が年間1万件を超えるようになり、政府もこれを無視看過すべからざる事態となった。冤罪(えんざい)だと屁理屈を言い立てる痴漢どもが線路に飛び降りて逃走し、あげく列車にはねられてオッ()ぬ。死ぬのは気の毒だが、半日がところダイヤが乱れ、大多数の無関係で善良なサラリーマンが会社に遅刻するのだから、これは経済上の影響も大きく、迷惑極まる。

 抑々(そもそも)こんな混雑する車両に男と女が十把一絡げ(じゅっぱひとからげ)の糞味噌一緒くたに詰め込まれ、混載されているからこういう悲劇が起きるのだ。女性は従来から痴漢の迷惑に耐えてきたが、堪忍袋の緒が切れて、扇千景国交大臣の頃に女性専用車が設定されるようになったのも記憶に新しい。

 だが、男の側からの「痴漢騒ぎの多くは冤罪だ!」という声も次第に大きくなり、政府も無視できなくなった。痴漢冤罪を未然に防止するべく、ついに、公共交通機関には男性専用車両、あるいは男性専用区域の設置が鉄道法等の関連法で義務付けられることとなった。痴漢冤罪などという面倒くさい状況に我が身を置きたくない向きは、男しか乗っていないことが保証されているこの専用車両に乗れば安心である。

 しかし、そんな専用車に乗ることを推奨・励行するほどまでにはラジカルでない人たちが世の中の大多数だ。過去も昔も痴漢なんかせず、整斉粛々(せいせいしゅくしゅく)と列車に乗って仕事に精を出してきたのがサイレント・マジョリティなのである。そこで、例えば列車なら、9両編成であれば、3両はサイレント・マジョリティのため従来通り男女混交、3両は男性専用、残り3両は女性専用、と言う風に、男女混交車両を残すことになった。3で割り切れない場合は、従来通りの男女混交車両の増減で調整する。

 しばらくはこれでうまくいくかに思われた。

 しかし、人間の性的嗜好は多様性に富む。ウハウハと鼻息の荒くなり出したのはホモ、ゲイ、カマと言った連中であった。これらが男性専用車両を「ハッテンバ」と看做すようになってしまったのだ。無論、女性専用車両もレズ、ナベと言った手合いの楽園となってしまった。

 こういった連中が車両内でヌチョヌチョグチョグチョと性行為(まが)いの痴戯(ちぎ)(ふけ)り始めると、さすがに性的にノーマルな、圧倒的大多数を占める人たちから怨嗟(えんさ)の声が上がり始める。

「何がダイバーシティだ」「ふざけるな。男は男、女は女だ」

……というふうな論が興奮の気味を帯び始める。

 政府は困惑する。たとえ少数者に過ぎない性的逸脱者達であろうと、平等に人生の幸せを享受し、人権が保証されて生きていかれるよう、折角これまで苦労して、政治を変え、世の中を変え、差別なき社会を目指してきたのだ。ダイバーシティは緒についたばかりなのだ。痴漢どものせいでこういう逆行的な差別論が復活してしまうと、政府のこれまでの苦労も水の泡である。

 そこで、公共交通機関の乗車区分は更に細分化されることになった。「男性専用車」「女性専用車」「女性同性愛専用車」「男性同性愛専用車」、すなわちこれである。8両編成の列車であれば、2両づつそれぞれに割り当てる。4で割り切れない両数編成の場合はノーマル男性専用車とノーマル女性専用車の編成数で調整する。

 だが、今日(きょう)び、少数派の意見は大きい。まずゲイの連中から不満が上がり始める。「俺はホモじゃない」。(しか)(しこう)して、ホモ連中もやりかえす。「バカにすんな。俺はゲイじゃない」。ここへ当節流行の「オネエ」などという一群が参戦してブーイングし始めたものだからたまらない。

 女性同性愛専用車に押し込められた連中も同じようなことを言い出す。「フザけんじゃないわよ、アタシはあんな連中とは違うのよ!」というわけだ。バイセクシャル、トランスジェンダー連中も大声を上げ始める。「政府はナニやってんだ!アベ政治を許さない!」……オイオイ、それは違うでしょ、などという普通の人たちの声など、この際完全に無視されるのであった。

 人間は差別をやめられない。差別を餌にして生きているばかりか、寧ろ差別を(たの)しんでさえいる。それは、被差別にして非差別の尖兵であるはずの同性愛者たちですら、思いのほか、外から見れば同類にしか見えない者同士で分け隔て、憎み合い、(さげす)み合い、差別し合うところに現れるのであった。

 ついに公共交通機関は厳密な性的乗車区分を施行せざるを得ない。「男性専用者」「女性専用車」「ホモ専用車」「レズ専用車」「ゲイ専用車」「オカマ専用車」「オネエ専用車」……

 混乱を生じ始める。なんとならば、ノーマルな「男性専用車」と「オカマ専用車」とでは、事情や状況が根本的に異なる。すなわち、男性専用車に乗っているノーマルな男連中は男に性的興味なんか抱かないから、性別乗車により性犯罪が起きなくなるのだ。ところが、ホモ専用車に乗っている連中は互いにホモが好きなのだから、やっぱり車内はハッテンバになってしまうのであった。これは「レズ専用車」も同じである。

 ところが、思いがけずこれに異を唱えだしたのはダイバーシティ活動家連中だ。「こんなのは差別を助長するばかりだ。人間は多様なんだ。多様な人と人との間に壁を設けてどうする」というのである。

 政府も馬鹿揃いで、またしても行政措置を変更する。「而今(じこん)以後、公共交通機関には『ダイバーシティ主義者専用車』を設けることを義務付ける」などと言いだしたものだから「それは違うでしょ!」と世論は爆発した。

 この異常な混乱を解決するため、性的逸脱者の乗車方法を統一することになった。ホモ、ゲイと言った連中は女に興味がない。逆に女の性的逸脱者も男に興味はない。それで、「性的逸脱専用車」を設け、これにさながら「市松模様」のように、生理的男と生理的女を、交互に規則正しく乗せることになったのである。

 これはつまり、車内で隣り合い、くっつき合う者同士、お互いに興味はないわけだから、痴漢冤罪は生じないという理屈になる。

 既に規律や規則正しさなどということには興味を持てなくなって久しい我々日本人である。従ってこのような乗車方法を徹底するのはまったくのところ困難を極めた。警察官が動員され、規則正しく交互に性的逸脱者を電車に乗せるのだ。

 ホームに警察官の警笛の音が「ビーッ、ビッ、ビッ!」と響き渡る。「そこのホモの方っ。列を乱さないで下さい!出生時の性別に従い、規則正しく交互に乗車して下さい!」

 列を乱すような者は「人類から差別を撤廃し、多様性を認めるべく改革に邁進する社会に対して、挑戦し反逆している不埒(ふらち)者」とされ、鉄道法その他違反容疑で検挙されるのである。

 数年前に流行した戯れ唄よろしく、男女男女男女、女男女男女男……という規則正しい整列こそが人類の多様性を守る行動の象徴となってしまった。

 人々は「多様性(ダイバーシティ)ってのは、こんなに疲れる、不自由な、カネのかかるものなんだな」と思って嘆息する。

 こうして、今日も差別を満載し、市松模様に男女が塗り分けられた珍妙な痴漢防止満員電車が東京へと走り去っていくのであった。呵々……。

紫陽花(あぢさゐ)

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あぢさゐのやうにあ奴も濡れてゐた   佐藤俊夫

#kigo #jhaiku #haiku #saezuriha 

紫陽花

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あら、嬉しいですな

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 ブログのアクセスログを見ていたら、Aidafruiteの小型TTLシリアルJPEGカメラの基本的な扱いについて書いた私の記事を参考にされた方があって、その方がブログに取り上げてくださっていることが分かった。

 取り上げていただいて、誠に恐縮なことである。

近所の花皐月(はなさつき)

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 私の住む新越谷駅(そば)、市民会館のある「サンシティ」の植栽の花皐月(はなさつき)が満開だ。

 もうすぐ梅雨だな。

読書

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 職場で時折読書の事を話題にする方があり、この方と私は偶々(たまたま)共通の本を読んでいることがある。読書の傾向が似ているか、その方の読書量が多く、私の読書範囲を包含しているかのどちらかで、多分後者だと思う。

 私が以前に書いたこのブログの記事で、吉村昭の作品に関するものがある。私の記事を見たその方が「漂流」という吉村昭作品を薦めて下さった。

 私は吉村昭の作品が好きだが、全部を読んでいるわけではなく、この「漂流」も未読である。

 先週借りた「酒場百選」という本を返しに市立図書館へ来たのだが、そのことを思い出し、さっそく吉村昭の棚へ行ってみた。だが、残念ながら文庫本・単行本ともに在架でなかった。

 代わりに、同じく吉村昭の「(はりつけ)」を借りてみた。文春文庫のものだ。

ラズパイからの量産移行

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 こんな製品があるんだなあ。

 ラズパイからの量産移行を助ける産業用ボード Digi (EETimes Japan 平成29年(2017)05月25日 09時30分)