ブログのページIDが面白いことに

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 ブログをWordPressに乗り換えて(しばら)()つ。いろんな部分が気に入っているが、記事のIDがデフォルトではシンプルなナンバーであることなども好きだ。

 そう思っていてふと見ると、この記事のIDは「19999」である。

 ずいぶん書き殴ったものだな、と思う。

 本当はこんなに記事は書いておらず、以前一度インポートしたTwitterでのツイートのまとめエントリを消しているのでこうなっている。

キーボードの充電コネクタが壊れた

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 愛用のモバイル、ASUSの「TransBook」T100 Chi。まことに便利で気に入っているのだが、欠点を()いて言うなら「たまにタッチパネルが動かなくなる」ことの他に、もう一点、「充電用のマイクロUSBコネクタが弱い」ことだろうか。

 どうもケーブル側との相性にも敏感なようで、うまく充電できないことが時々ある。

 それでも本体側はまだ大丈夫なのだが、キーボードのほうの充電コネクタがついに壊れてしまった。虫眼鏡を使ってのぞき込むと、真ん中の樹脂部分がどこかへ行ってしまって、もう完全に駄目である。

 他にもBluetoothのキーボードを持ってはいるので、それと組み合わせて使うことにし、純正キーボードは修理に出すことにした。

 ASUSの修理センターへでも直接送って修理かな、とも思ったが、ネットの評判によると、購入したヨドバシに持ち込んだ方がどうやら早いようだ。

 明日、持って行くとするか……。

思ってることなんか書くな

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 Twitterでこういうリツイートが流れてきて、なるほど、まったくだなあ、と思った。

 若いのに、私なんかよりもよっぽど苦労してるなあ、とも思うのだった。

 そりゃ、そうだよな。ネットで思ったことなんかズビズバ言ったり書いたりして、いいことなんか何にもないワイ。

 ……こういうことってのは、ネットでもリアルでも同じだ。お偉い政治家先生でも、いまだにこんな人だっているしな……。

 こんなの、「言っていいこと、悪いことを弁える」という、そういうごく簡単な話に過ぎないのだが、やってしまうわけだ。この人は古い政治家だから、よっぽど色んな辛酸を舐めている筈だと思うのだが、しかし、つい、こういうことを言ってしまう。この人、最近も確か、「学芸員はガン」ってなことを言ってしまってマスコミにそこだけ切り取られ、さんざん叩かれていたが、まだ懲りないと見える。多分ご本人は文字通り「少しブラックなジョーク」を閉じたグループの中で効かせただけだと思っているのだろう。

 「原爆落とされたのなんて自業自得」というふうに読まれてもしょうがないゴタクを無駄に多い文字数で並べ立てているこの人物も、まあそれと同断だろうなあ。

 この兄ちゃん、ちょっと前には「人工透析受けてる腎臓病患者なんか公費の無駄だから放置して死なせてしまえ!」みたいなことを言ってボロカスに叩かれてたんだよな……。ほんと、性懲りがないよなあ……。こういう人って、自分の身近にも、まあ、いるけどね……。

 「もう少し、戦争の原因と結果について、自分が出たという御立派な大学へでももういちど入学し直して、しっかりと勉強し直した方がいいのでは」と学のない私などは思うが、まあ、言うだけ無駄だし、こういう人物にはそれを容れるような懐もあるまい。すべて無駄だ。だから、本人が死ぬまで黙殺放置するしかない。

 本人たちに言わせれば、「いや、俺は違う」ってなものなんだろうけど、私から見ると、どっちも同じ、言語中枢に異常をきたしたバカモノにしか見えない。

 だからこういうことに関するセンスってものは、若い、年取っている、地位が高い、低い、そういうことには関係ないんだなあ、と思うのである。

 他山の石、っちゅうかね。私もよく心得ておき、発言や書くことを慎もう。

特に(こだわ)りもないが

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 平成18年頃からブログに読書記録を付けていた。使っていたブログサービス(OCNの『ブログ人』)が提供していたリスト化機能を使ったものだった。いつだったか、その機能のサービスが終了してしまうことになった。末端の一ユーザからは是非など言うべくもない。

 そのため、折角つけた記録が無くなってしまうことになってしまった。記録は100や200くらいはあったので、それが惜しく、「ブクログ」という今もあるサービスへデータを移し替えた。

 「ブクログ」を使ううち、ある時、「ブクレコ」というサービスの方が面白そうだな、と思った。友達がそっちを使い始めたから、ということもあった。それでブクレコへ移行した。データをインポートする機能がなかったので、手でゴリゴリと入力して移行した。

 ところが、先日、この「ブクレコ」はサービスを終了してしまった。慌ててデータを退避することになったが、以前と違ってデータも増えており、手作業にはちょっとつらいという量になっていた。なのにブクレコには読書データのエクスポート機能がない。やむなく、「wget」を使用してweb的に全部のページをダウンロードし、それをawkやperlなどを使って整形してデータ化した。

 データ化した読書記録はGoogle スプレッドシートに流し込んで保存した。

 消滅してしまった「ブクレコ」は、AmazonのASINにも対応していて、kindleの読書も管理できた反面、読書開始日や読書終了日を管理する機能が弱かった。そのため、上のようないきさつの際、日にちに関するデータが全部消滅してしまった。何を読んだかは記録が残っているが、いつ読んだかがわからなくなってしまったのは誠に残念なことであった。

 そんな今日この頃だったのだが、先ほどFacebookを見ていたら、突然、「4年前」と題してこのような記事が出てきた。坂口安吾の恋愛論の読書についてだ。

 そこで読書記録を見ると、この「恋愛論」から数えて、215冊の本を読んでいることがわかった。今日までちょうど4年だから、最近は年に50冊ほど読んでいるということになる。

 そこから分かる通り、私は決して多読家ではない。読書量は年によって多寡があり、この10年では100冊読む年があれば多い方である。しかも、100冊読むような年は、そのうち1割、10冊ぐらいが漫画である。また、kindleなどで「短編で1冊」のものを1冊とカウントしている場合もある。

 独身の頃は本代に糸目はつけなかったから、年に200冊とか、多い時で300冊ほど読んだこともあった。コクヨの事務本棚4本が一杯になっていたから、累年で数千冊は溜まっていたと思う。しかし、子供が生まれた頃、これらの本を全部捨ててしまった。今だったら「自炊」して取っておくところだと思うが――実際、数年前にも溜まりすぎた本を2000冊ほど全部デジタル化して、相当スッキリした――、20年前の当時は、そんなことなど思いもよらぬことであった。今でもその頃捨ててしまった本が惜しい。

 さておき、私は読書について、特に(こだわ)りと言うものがない。強いて言えば、自分が「読みたいなあ」と思う本を適当に読むことにしている。人に本を借りることや、人に薦められた本を読むことはあまりない。なんだか「読まなくちゃ」というような義務めいたものを覚えて面倒臭くなるからだ。

 流行している最新の本も、似たような理由で、結果としてあまり読まない。これは「読まないようにしている」というのではなく、単に読む気がしないだけだ。本屋の棚で見かけても、なんだか読むのが嫌なのである。同じ理由で、ビジネス本、啓発本の類も、結果として読んでいない。避けているのではなく、自分が読みたい本を自然な気持ちで選んでいると、そういう傾向になっていく、というだけのことだ。

 漫画は、面白そうだなあ、と思うと読む。娘二人が見つけてきた漫画などは、本当に面白いと思う。

 技術分野の本は沢山読むが、これは仕事なので、読書にはカウントしていない。いつ読んだかなんてことを記録しても、IT技術は進歩が速く、昔のことは覚えているだけ無駄になってしまう。読み方も「即実践」みたいな、「目を通す」というような読み方なので、あまり印象にも残らない。

 そんな読書傾向だから、多分、人に評されると「佐藤さんは変な本ばかり読むよね」と言われるようなことにもなる。

 ある時、参加している日本ITストラテジスト協会で、「ビブリオバトル」という書評レクリエーションに参加したことがあるが、その時は「日本書紀」の書評をした。熱弁をふるったが、ビブリオバトルは説明の良し()しではなく、紹介した本を読みたくなったかどうかで勝敗を判定するので、無論「日本書紀」を読みたくなるような人など多くいるわけはなく、負けたに決まっている。

売れる

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 普段通勤電車に乗っていて、周りの人を落ち着いて眺めると、この5、6年がところ、たいていの人は携帯電話(スマホ)をいじっている。

 その前は大人のくせに任天堂に没頭している人が多かったが、いまやゲーム専用機を電車に持ち込んでいる大人はほとんどいない。皆携帯電話(スマホ)収斂(しゅうれん)した。

 悪趣味との謗りを御免(こうむ)って、人々の手許(てもと)を覗き込むと、字を読み書きしている人はほとんどいない。大体皆、色とりどりの画面でゲームをしている。最近はメールを書いている人もあまり見かけない。(もっぱ)らゲームであって、たまに字を書いているなと思ったら、LINEでスタンプを打ち合っている。

 してみると、もはや文字を書く人は儲からない。文字を読み書きする人は頑固なもので、デジタルに辟易して紙に回帰しているようだ。

 パソコンやゲーム専用機のゲームは数学で作られているが、携帯電話のゲームはまだまだ絵と論理で作られているように思う。使用できるマシンリソースが少ないからだろう。

 そうすると、まだまだ、絵を動かし、効果を派手にし、イベント毎に音を鳴らし、「当たり判定」なんていう地味な処理を書く人が食っていける理屈もあるように思う。(ただ)し、日本国内ではダメなのだろう。もはや中国も高価だ。食える場所は更に辺縁に広がっているのだろう。

あはははは、言ってろよ馬鹿

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 ハハ、まあ、生き馬の目を抜く業界だとか何とか、言うだけ言ってりゃいいさ。

 こんなことやって言って書いて宣伝してて、真っ先に馘首(クビ)になるのは、お前らだと思うぜ、はっはっは。ザマぁ見やがれ。

冬薔薇

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冬薔薇(ふゆそうび)活けて日の()る二人かな   佐藤俊夫

#kigo #jhaiku #haiku #saezuriha

冴ゆ

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こぐまのケーキ屋さん

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 カメントツというと「オモコロ」などで明晰夢を見る実験などのフザけた漫画を描いている人、という印象だが、突然何を思ったのかカワイイ漫画を描き、しかもそれが10日ほどで書籍化決定というから恐れ入る。

 ネットオリエンテッドな時代だなあ、と感慨しみじみ。というか、「ど、どうしたんだカメントツ……!?」とネットワーカーは(いぶか)っているという(笑)。