悪い材料が腕前を鍛える

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 承前、図書館へ来て蕎麦本を読んでいる。

 戦前に名人と言われた蕎麦職人、「やぶ忠」こと村瀬忠太郎が口述し、昭和5年(1930)に「通叢書」シリーズの中の一冊として四六書院から発行されたのが「蕎麦通」という本である。最近になってこれを評論家の坪内祐三が、別本の「天婦羅通」と合わせて監修・解説し、廣済堂出版から発行したのが「蕎麦通・天婦羅通」だ。

 この中に、面白い記述があった。次のようなことだ。

「蕎麦通・天婦羅通」(廣済堂出版 平成23年(2011)12月1日 ISBN 978-4-331-65482-2) p.42~43から引用

 昔の蕎麦粉の製法は、蕎麦の実を殻そのまま石臼で()きつぶし、目の(あら)(ふるい)で手篩にしたのであるから、外皮や甘皮の壊れたのが交じっていて粉の色が黒くなり、したがって足(粘着力)がない。こんな粉を打って作った蕎麦はぼきぼきと折れやすいところから、自然つなぎというものをいれなければならなくなる。今でも田舎では商陸(やまごぼう)の葉や海草の一種をつなぎに用いているが、時間が経ると打った蕎麦が硬くなる憂いがある。薯蕷(やまのいも)や鶏卵でつなぐのは蕎麦の風味に影響するけれども、つなぎの方法として往々(おうおう)秘伝としていた地方さえあったのである。

 江戸では早くから饂飩粉をつなぎにしてその風味を向上することに研究を積んだ、二八(にはち)三七(さんしち)などの称呼が起こったのも、その調合の歩合をいったもので、実際蕎麦には他のつなぎよりも饂飩粉のつなぎが最も適当なのである。

 それに江戸向きの蕎麦は、殻を全然排除して外皮のついた実を臼に入れ、最初に出るアラ粉を除き、一番粉二番粉三番粉四番粉と取り分け、終わりのものは末粉として用い、最後に残るものはサナゴと称する。

 更科(さらしな)は一番粉で製する蕎麦で、色は白いが香気は乏しい。それは米の精白米のようなもので、香気を持つ甘皮を入れないからである。

 生蕎麦(きそば)、二八蕎麦には二番粉から用いる。ヌキから一番粉を取り、二番粉になると甘皮の香気を含み、蕎麦としては最も風味のあるものが出来る。

 三番粉、四番粉は()いところを抜いて次位のものであるから、値段も安くなる。これが第二流以下の蕎麦屋に廻り、安直な駄蕎麦に作られる。

 末粉に至っては馬方(うまかた)蕎麦に用いられる。馬方蕎麦は風味よりも盛りの多いのに重きをおいて、それで安直なものだから、原料の下るのは是非がない。この末粉にサナゴを加える蕎麦屋さえあって、打ち方には非常に骨が折れるのだが、板前の腕を磨くには、この馬方蕎麦の職人となったものほど達者であったのだ。

 私が注目したいのはこの末尾のほうにある、「板前の腕を磨くには、この馬方蕎麦の職人となったものほど達者であったのだ」というところである。

 兎角(とかく)ものごとの腕前を磨くのに高価なものを(もと)めては、大してものにもならず放り出すなどということは世間によくある。高価なジョギングシューズ、ダイエット器具、などと言われてズキリと痛みを覚える向きも多かろう。

 だが、この著者は「駄蕎麦粉が職人を鍛える」というのである。

 このこと、まことに示唆に富む。「弘法筆を不択(えらばず)」とはよく言われすぎて看過してしまいそうだが、まったくそのとおりと二肯三肯する。

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