ITと原爆

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 あるIT業界の人と話していて、ふとした話の流れで、私が「アメリカ人はこんな時にスプートニク・ショックを起こして、半ばパニックになったのにねえ」と言ったことがある。

 そうしたら、その人は「えっ、スプートニク・ショック、て、何ですか?」と言うのであった。

 私は驚くと同時に、業界の人にしてこれを知らぬとは、なるほど、そういう時代か、とも思った。私より若い人だったのをいいことに、「話してあげますから、ぜひ覚えてお帰りになるといいですよ、あなたも多少なりともインターネットにつながって口過ぎにしている方なのですから」と、小一時間ほども費やして一席をぶった。

 インターネットは黒船来寇からできている、と言ったら、「それは言いすぎだって」と皆笑うだろう。だが、私は真面目だ。「来航」と書かずに「来寇」と書くのも、私には気持ちがあってのことだ。

 インターネットはスプートニク・ショックを原因にして成り立ったのである。

 ニューヨークでもワシントンでも、アメリカの国土の好きな場所に、そして好きなときに、自分たちは安全なまま、「ツァーリ・ボム」、すなわち史上最強最悪の威力を持った水爆を叩き込む能力があるということを、ソ連は地球を周回する人類史上初の人工衛星スプートニクとその発信する電波信号によって証明した。

 アメリカ人はパニックに陥った。

 ただ、これだけのことならパニックにはならない。アメリカ人には拭い難い罪の意識があった。

 自分たちが戦争終結のための真摯な努力であり輝かしい人類の叡智であると強弁してやまぬ広島・長崎の惨劇と虐殺が、今度は自分たちの頭上に鉄槌のごとく振り下ろされるのだということを想像したから、パニックに陥ったのである。「今度は俺達の番だ…」というわけだ。

 スプートニク・ショックを原因としてアメリカ人が作り上げた、核戦争に備えるための疎結合ネットワークこそ、インターネットの前身のARPA Netであることは今更くだくだしくは書くまい。

 広島・長崎の惨劇はなぜ引き起こされたか。「天皇制と日本軍部の暴走のためだ」なぞいう屈折した論理は、私以外の日本人がほぼ全員言っているので、私がここであらためてわざわざ言うことはなかろう。だが、その馬鹿げた論理も、そのような教育によって注入され、思い込まされたものなのであるから、これを罪あるものということはできない。

 日本にとっての戦争の世紀の幕開けは、黒船来寇であった。黒船は開国というよりも明治の建軍につながり、それは日清・日露の役につながり、更に大陸経営、満州国、対ソ、と途切れることなくつながっていく。そして大東亜戦争につながり、広島に、長崎につながる。

 インターネットでビッグデータでウェブでクラウドでウハウハのバリバリだー、と言っているIT業界の人は、その活躍する環境、メシのたねの背景が、広島と長崎の、無辜の市民の惨劇に直接つながるのだということをよく心得ておいたほうがいい。

 こう書いてくると、「長崎型原子爆弾 “Fat Man”」、すなわちプルトニウム爆縮型原爆の最も重要な技術である、いわゆる「爆縮レンズ」を、その類稀なる数学的センスによって考案したのが、かのフォン・ノイマン、つまり我々が日々その恩恵に浴している「ノイマン型コンピュータ」の提唱者であるということも、なにやら因縁めいていよう。そして、親日であるとされていたかのアインシュタイン博士が、原爆開発へのゴーサインを後押し進言したことも、決して忘れてはなるまい。アインシュタインの相対性理論が、地球を周回するGPS衛星の時間をずらしていることを説明づけ、それによってカーナビの精度を上げると同時に無人機攻撃の精度を上げて人を殺している、と書くと、多少とがり過ぎているだろうか。

投稿者: 佐藤俊夫

 50代後半の爺。技術者。元陸上自衛官。2等陸佐で定年退官。ITストラテジストテクニカルエンジニア(システム管理)基本情報技術者

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