正義は子供の術語

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 PHM11_0038 「『正義』なんて胡散臭い言葉は、子供の使う言葉ですな、それは」

……と、もののはずみで某所に書いた。

 書いてしまってから、我ながらなかなか思ったことが言えたよな、と感じた。

 正義、なんてチャラチャラした言葉は、人を騙すときに使う言葉だ。

 フランス革命の殺戮の嵐は正義のために吹きまくったのであり、原爆だってパレスチナだってアフガンだってイラクだって、どいつもこいつも聞く方の耳が麻痺するくらい正義正義言ってるではないか。正義はスプラッターとか血みどろ、殺し合い、ウンコの仲間の言葉だ。

 「正義は戦争の属だから、俺は嫌いだ」みたいなことを言ったのは、誰だっけ、坂口安吾だっけ……。

 「正義」に比べると、「性欲」などはむしろ清潔な言葉だ、とも書いた。正義よりも苦悩、正義よりも煩悶、正義よりも堕落、正義よりも罪。

 なんというか、「正義」と言われると、子供の頃の同級生の、体力があって頭がよく、友達の面倒見がよくて女にモテ、みんなから好かれているリーダー役のA君に、「おい佐藤ッ!お前最近、ダラけてへんか!?しっかりせいや!」と責められている気がする。しんどいのである。「ケッ……」と吐き捨てたくなるのである。

 世の中、正しけりゃアいいってモンじゃない。「馬が屎まる泥の沼に……」こそ、蓮華の花はひらくのである。そういうクズのような人間を、認めなきゃアカン。

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