殺し合いはここにも

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 様々な物には、人間同士の血みどろの殺し合い、闘争の歴史が隠されており、平和のうちに発達してきたものは意外に少ない。

 例えば、平和で長閑(のどか)に見える農村の、田圃(たんぼ)や畑の広がる風景だって、太古の人類が狩猟・採集生活の頃の殺し合いと奪い合いの歴史を逃れるべく、流血の闘争から編み出した稲作文化の最終形であるかも知れず、かつ、その稲作も土地の奪い合いと覇権につながっていき、更なる流血と闘争を生んでいったことは、考古学者も()うところである。

 世界の人々を自由に交流させ、その文化の発展を急速ならしめる人類の画期的叡智の所産の一つに航空機技術がある。これはあたかも、ライト兄弟が完全に軍事と独立した技術的興味の向かうところに完成されたものの如く考えられがちである。しかしさにあらず、もし航空機がライト兄弟の作成した姿のままであったら、素人が凧揚げを楽しむ程度の意味しかなかったであろう。航空機は第一次、第二次の世界大戦の殺し合いがもたらした強烈な技術的洗礼を受けて現在の姿になっていったのだ。

 また、インターネットが核戦争の歴史につながることも、知る人ぞ知る。のみならず、現在の我々の生活になくてはならない通信や測位を支える人工衛星は、ICBMを敵国に叩き込んで皆殺しにする技術の延長上にできていることは、現在の北朝鮮のなすところなど見るまでもなく、60年も前、とっくの昔に冷戦中の米ソがやってのけてあることだ。

 そのようなことを踏まえつつ、ネットの広告を見ていると、こういうのがあった。

 米国の軍事研究の中には当然合成樹脂の研究もあり、ラップフィルムはその中で生み出されたフィルムなのであるという。

 食品用ラップフィルムは、家庭のお料理の風景になくてはならない、また、家族の団欒のテーブルにも楽しげに置かれる料理の一皿に、当たり前のようにかけられているフィルムだ。

 だが、実はそれは、上陸用舟艇に乗り込んで敵国の海岸に押し寄せる将兵の戦力を大いに発揮させるために開発されたものなのだ。小銃に巻き付けて潮気(しおけ)()かしめるのである。

 このような平和な物にすら殺し合いと闘争の暗い影が入り込んでいるなどということは、日々の安寧な生活を享受する現在の私たちには、簡単に想像することは難しい。

投稿者: 佐藤俊夫

 50代後半の爺。技術者。元陸上自衛官。2等陸佐で定年退官。ITストラテジストテクニカルエンジニア(システム管理)基本情報技術者

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