自分の見送り

投稿日:

 今日の私は、私を見送るためのセレモニーに出る以外、特に用がなかった。今の部署の最後の日だからだ。多くの人が時間を割いて私を励まし、見送ってくれた。まことにかたじけないことだった。

 昵懇の同僚二人が私を名残惜しんでくれ、「ちょっと今日、何か美味しいものを食べませんか、なにか、食べたいものってありますか?」と聞いてくれた。

 そこで、神田の名代の鮟鱇料理「いせ源」に行くことになった。

 鮟鱇のいろんな味と歯応えの身を、濃いめの出汁で煮て、積もる話を沢山した。菊正宗をたっぷり飲んで、鮟鱇雑炊をふうふう吹いて食べた。鮟鱇雑炊は、鮟鱇を煮たあとの出汁でめしをひと煮して、卵をとじ込み、葱を十分に散らして作るのだ。

 それから、先日同期生に教わった、秋葉原TX改札傍・トリム5Fの82エールハウスでビールやウィスキーを飲んだ。

 二人とも体を壊さないよう、これからも健康で仕事をしてほしい。

いせ源1
いせ源2
いせ源3
いせ源4
いせ源5

名代・あんこう料理専門店「いせ源」・甘味処「竹むら」

投稿日:

 このブログに、このような記事を書くことは非常に珍しいが、ちょっと楽しい飲み食いをしたので書きとめておきたい。

 秋葉原の駅を出て「中央通り」を南にゆくと、靖国通りに向かう途中に「万世橋」がある。ここから眺めると左手に萬世の通称「肉ビル」、右手に旧中央線の古色蒼然とした煉瓦造りの高架がある。

 「以前交通博物館のあったところの裏の一画」と言えば、ピンとくる方も多いと思う。

 秋葉原のカラフルなイルミネーションはすぐそこなのに、この万世橋の右手の、煉瓦造りの高架の一画だけ突然時代が遡ったように見えるのはなぜか。それは、あの一画だけ戦時中の空襲の被害をどうしたわけか免れ、戦前のままに街が残されたからである。しかし、米軍側の資料でも、どうしてあの一画を標的にしなかったのかはよくわからないという。

 さて、そんな万世橋と靖国通りに挟まれた秋葉原南西の一画、正確には神田・須田町と、同じく淡路町にまたがるところだが、「大人の人たち」は戦前への愛惜を込めてそのあたりを「連雀町」と呼ぶ。江戸時代、背負子を背負うための肩掛けに使う「連尺」を作る職人がここに住み着いていたので連雀町というようになったのだそうな。

 このあたりには、空襲の被害を免れたため、戦前の建物がゴロゴロと残っている。有名な蕎麦店の「神田・藪」や「まつや」も、この一画にある。

 その「神田・藪」にほど近く、あんこう料理の専門店があり、なんと創業180年(!)と言う老舗ぶりを誇っている。それが名代の「あんこう料理・いせ源」だ。この店は「知る人ぞ知る」名店で、他の料理もあるにはあるが、冬の「旬」になると「『あんこう料理』一本!」で勝負している。店舗は昭和5年築で、戦災を免れたため、東京都の「歴史的建造物」に指定され、保護・保存されている。

 一夕、この「いせ源」に行ってみた。

 あんこうは「七つ道具」と言って、身のあらゆるところがおいしく食べられることもよく知られる。グロテスクな姿態にもかかわらず、食味は繊細・淡白で、食べ飽きることがない。「肝」も俗に「アンキモ」と言われて、フォアグラに匹敵する珍味と言う人もいるほどだ。

 いせ源のあんこう鍋は、このあんこうの「いろいろなところ」を、秘伝の濃いめの割下で炊き上げて食する。仲居さんが何人もいてこまめに面倒を見てくれるから、私のような素人でも心配なかった。

 あんこうの「いろいろなところ」には、コリコリしたところやヌルヌルしたところ、ホクホクしたところや、プルプルしたところ、甘いところなどいろいろな身があり、とりわけ「アンキモ」のうまさと言ったら…!。菊正宗・上撰の熱燗が、それこそ「どこに入ったかわからぬ…」くらい、すいすい飲めてしまう美味しさである。

 あんこう鍋を堪能した後は、あんこうの身の「いろんな味」がじっくり溶け込んだ出汁にご飯を入れ、刻み葱をたっぷりと載せて、煮えばなに溶き卵をかけまわした「雑炊」がこたえらない。これも仲居さんがすばやい手際でこしらえてくれる。

 値段のほうは、あんこう鍋一人前3400円~と、「滅茶苦茶に高いわけではない」値段だ。むしろ、江戸時代から続く暖簾の、戦前から大切に保存されている店舗で、青森産の「本格のあんこう」を食って、和装の美しい仲居さんにお世話してもらってこの値段は、安い方と言えるだろう。

 さて、あんこう鍋で程よく飲んで酔った後、「甘味が欲しくなる」のもままあることだ。「酒後の甘味は体に毒」なぞと言うようだが、なに、言うヤツには言わせておけばよろしい(笑)。

 おあつらえ向きに、いせ源の向かいに、これも戦前からの老舗の甘味処「竹むら」がある。ここも戦災を免れ、都の歴史的建造物として保存指定を受けた、「なんともいえぬ風情の」店舗だ。

 「竹むら」では、最初に出される桜湯をゆっくりと味わい、それから迷わず「粟ぜんざい」をオーダーしよう。700円しない程度だ。ほかほかに蒸し上げた淡白な「粟飯」の上に、品よくこしあんをかけ回した味わいは、一緒に出される濃いめの煎茶ととけあって、「左党」のオッサンでも思わず膝を叩く美味しさだ。

 そして、土産に、老舗・竹むら自慢の「揚げ饅頭」。これは二つで450円。揚げ饅頭のふんわりとした軽い甘味は、家で待っている女子供を喜ばせること請け合いだ。

 いずれの店も、作家の故・池波正太郎が愛してやまなかったことでも有名である。秋葉原から歩いて5分、スグであるので、一度「ハードディスク代金をチト削って…」試してみては如何。

「ITストラテジスト試験」に合格

投稿日:

 「泊まり込み仕事」の最中、とても嬉しいことがあった。

 「ITストラテジスト」の合格発表があり、合格したのだ。世間では「IT最難関」ともされている資格だ。

 この資格がまだ「システムアナリスト」という名前だった頃、一度受けて落ちたことがある。5年前のことだ。その後、少し忙しかったこともあり、受験できなかった。

 前の上司や、今一緒に仕事をしている相棒から刺激を受け、もう一度頑張ってみようかという気になり、勉強した。去年の春から、夏をはさんで秋までかかった。そのために、この数年間、毎年出ていた次女のピアノの発表会の連弾相手は、今回は見送った。

 通勤電車の中で、毎日立ったまま論文を書いた。本番では予想していなかった論文題が出題されたが、今までの長い経験で3200文字をほぼ満杯に埋めつくし、押しきることができた。

 これで、「日本ITストラテジスト協会」正会員への入会資格を得た。さっそく加入申請をして、幅を広げたいと思う。

 今年は懐かしい人々に会えて、再び友達になれたり、年の瀬に近くなってから良いことが沢山あった。正月の酒は、だから、旨いだろう。

「かわせみ河原」

投稿日:

936725511jpg_awsaccesskeyid0zryp5x 5月1日(土)~2日(日)、去年の夏に行った「かわせみ河原」というところへ、知人のIさん御一家とキャンプに行った。

 実にいいところで、管理費を300円ほど払うほかは、お金はかからない。

 天気もよく、私たちは早発ちをして行ったので、場所も空いており、大変面白く遊ぶことが出来た。

 「かわせみ河原」は関越道花園ICの近くである。その花園ICのすぐ近くにいちご農園があり、今の季節はいちご狩りができる。

939254641jpg_awsaccesskeyid0zryp5x キャンプ場にテントを張ったあと、子供たちをつれ201005011401211ていちご狩りをした。1人1800円というと高いような気もしなくもないが、スペシャルコース60分、ドリンク飲み放題・いちご食べ放題・いちごパフェ作り放題で、オリジナルいちごジェラートがついていての値段なので、非常に満足感が高い。おすすめできる。

 キャンプ場に戻り、焼肉をするほか、燻製を作ったり、お好み焼きを焼いたり焼きそばを作ったりした。

 今の季節は暑くなく、夜は焚き火が良い。子供は遊びつかれて早々とテントで寝てしまい、大人は火のそばでウィスキーなんぞを試しつつ、夜更けまで語り合うなどした。

 安上がりで楽しいレジャーだった。

酒が旨いのも如何なものか

投稿日:

 よく飲む。

 酒量を誇ってうれしい歳でもない。むしろ酒量を控えたり、「カミサンに酒を隠されちゃいましてね」などと言ってみたりするほうがチト滑稽なシブいめの自慢になるだろう。

 だが旨いものは仕方がない。

 こう虫の声が響くと、夜が長くなってくると、どうしようもないのだ。

 昔持っていた開高健の「シブい」というハードカバーの初版本には、「まれにウィスキーを冷蔵庫に冷やしておくと言う仁を見かけるが、あれは大変聡明なやりかただ」というようなことが書いてあったように記憶する。

 私も若かったから、当時それをそのままマネしたものだ。だが、あまり旨いと思わなかった。青二才だったから、水で薄くなったウィスキーじゃないとダメだったのだ。氷にぬるいウィスキーを注げば、氷が解けて中途半端な水割りみたいな味になる。そのほうが旨いと思っていたのだ。

 ひとりの頃は、分不相応に高い酒をマズい飲み方で飲むようなアホなことばかりしていた。味も分からぬクセに、恥ずかしい自分だったと思う。ワイルドターキーだのメーカーズマークだの、中曽根内閣からあと、税制が変わる前、1本1万円もするようなものを、怪しいスナックで不味い氷に注いでもらって、今思えば爆笑もののツラで呷っていた。

 今ドラえもんかSFか魔法か、なにか天変地異でもあって、当時の酒場に突如降り立つことが今の私に許されたなら、そして都合よく私の手にコルトかスミスアンドウェッソンでも握らせておいてもらえたなら、躊躇なく全装弾数を若い自分に撃ち込むだろう。

 自宅の冷蔵庫で冷えているのは、無論そんなエエカッコシイの酒ではない。近所の薬局兼スーパーで買いこんできたものだ。小遣いで買ったに決まってますよ、ええ。サントリーに決まってるでしょ、問うまでもなく。いや、普通角瓶か「富士」でしょ。・・・角瓶買うくらいの見栄はまだワタシにもありますよ。

 それにしても、なんでこんなに角瓶は旨いのだ。

応用曲「エリーゼのために für Elise」その0.53

投稿日:

 平日だが、帰宅するなりせっせと「エリーゼ」の練習である。

 6回ほど弾いたが、今日は昨日に比べてヒドい出来で、とても録音しようなどと言う気になれず。

 虫の声が変わり、夜が長い。涼しい。ウィスキーや焼酎がうまい。喋らずにいると気分がいい。

「寿司を食べ、酒を飲んでいるうちに・・・」

投稿日:

 二代目廣澤虎造の浪曲、また、古くは講談のネタでも有名な「石松三十石船道中」というのがある。 「食いねェ食いねェ、寿司を食いねェ、酒を飲みねェ、もっとコッチい寄んねェ」というアレだ。
 この語り出しに、「親分には内証だが途中で買ってきた小さな酒樽 縁の欠けた湯呑へ注いで飲む 大阪本町橋の名物『押し寿司』を脇へ置いて 寿司を食べ 酒を飲んでいるうちに 船が水に流されて河のなかばへ出る・・・」というくだりがある。
 唐突だが、この「寿司を食べ、酒を飲む」という行為が、どういう感覚のものなのかを想像してみた。
 当時のこと、刺激のある飲料なんてものは、ない。現代なら、ビールだのジュースだのソーダだのコーヒーだの、なんでもある。しかし、当時、飲み物と言えば水、湯、茶、酒であったろう。つまり、酒がもっとも刺激的な飲み物であったはずである。
 一方、食べ物の寿司。これは、当時のファーストフードの最先端であり、今で言えばハンバーガーぐらいにもあたろうか。
 そして、物語の主人公のやくざ、石松。これは、「イキな小粋な、そして愛すべき馬鹿の石松」であって、マンガ雑誌「ヤングマガジン」に出てくるような、一部の人にはかっこ良いとしてあがめられる如き、先端ヤンキーであったかも知れぬ。
 つまり、こうである。
 「カッコイイ先端ヤンキーが、バドワイザーかマックシェイクを持って船に乗り、ハンバーガーをパクついている光景」
 ・・・コレが、石松三十石船道中の理解の仕方なのではアルマイカ、と。