交通事故を見た。
見たと言っても事故から数時間後の現場を通りかかっただけで、その瞬間を目撃したわけではない。
秋涼の3連休の初日だ。床屋へ行こうと思い、曇り空の下を出かけた。朝明るくなってもまだ草むらから虫の声がする。いつもと違う道を歩いてみようと自宅近くの角を曲がると、なにやら多数の赤色灯が閃いているのが見える。
それはちょうど、右の地図の場所の交差点だ。
近づいて行ってみると、トラックと乗用車の事故のようだ。野次馬が多く集まって眺めている。
事故の当事者らしい乗用車は交差点の北側、TBSハウジングという住宅展示場の近くの路側に大破して停まっている。一方のトラックは南側のマンションの玄関そばの植栽に突っ込んだ状態で、レッカー車が取り除けるための作業を始めようとしていた。パトカーが7、8台も集まっていたろうか。駅前の喧騒をはずれて住宅街のはじまるあたりのことで、一帯は通行止めになり、警察官が迂回を指示している。
大破している黒い乗用車は「DQNカー」と言われるようなワンボックスだ。火災を出したようで、交差点近くの歩道に粉末消火器のピンク色の薬剤が散らばっている。乗用車の見た目から、私は「ああ、これはこの乗用車が悪いのではないか」という先入観を持った。
とても引き出せそうにもないような状態のトラックを、レッカー委託の会社の人たちが手馴れた様子で吊り上げて引き出す。それを眺めていると、近所に住んでいるらしい60越えの風采のご主人が話しかけてきた。
知らない人だったが、話を聴いていると、事故の一部始終を全部見ていたらしく、問わず語りにあらましを教えてくれた。
その人が早朝、ゴミを集積場所に出そうと表へ出たら、黒い乗用車がスピードを出して突っ込んでくる。その後ろをパトカーが拡声器で「停まれ!停まれ!」と命令しつつ追跡している。
逃走する黒い乗用車は交差点へ差し掛かり、たまたま通行しかかった無関係のトラックに衝突し、トラックはマンションの植栽へ突っ込む。黒い乗用車は回転して歩道へ激突し、大破炎上したそうである。不幸中の幸い、交差点に歩行者はおらず、突っ込まれたマンションも建屋への損害はなかったようだ。
その人の息子さんが消火器を持って駆けつけ、火災を消し止めたそうである。
乗用車に乗っていたのは丸坊主の男と、若い女であるという。怪我人は出たものの、死人はどうやらないらしい。
飲酒運転ででもあったのかもしれない。しかし、そんなことで警察官の制止を振り切って逃げようとまではすまい。ひょっとすると何か疚しいことの一つや二つはあったものかもしれぬ。トバッチリを喰らったのはトラックのほうで、迷惑千万のことであったろう。
大して交通繁華な場所ではない。
一部始終を語ってくれたそのご主人によると、「ここには長いこと住んでいるが、ずいぶん前に交通事故があって以来、こんなことは絶えて久しくなかった。けれど、そのずいぶん前の交通事故の後、何件か同じようなことが続いたんだ。こういうことってのは、続くからねえ。……またこんなことがあるかもしれないよ」とのことであった。尤もなことだと思う。こういうことには何らかの原因があるものだからだ。
事件などめったなことでは起こらない静かな住宅街にあっては、これは大事だったが、しかし、ニュースなどをググッてみたところで、特にこの事故について何か出るわけでもなし、世間的にはありふれた日々の交通事故に過ぎず、詳細はさっぱりわからない。
……ま、私に関係ないッちゃあ、関係ないことだが。