で、それじゃ、IoT風味で

投稿日:

 で、私がやりたかったのはコレなんである。

……つまり、このオモチャを、インターネットにつなぐ。これがやりたかった。

 あとはもう、

「メールが来たら旗があがる」

とか、

「録画が終わったら、人形が手を上げる」

とか、もう、なんぼでもアレンジ可能である。

 チナミに、Linuxだとこういうことをするのに大したことは書かなくてよく、

tail -n 0 -f /var/log/httpd/access_log | grep --line-buffered 'HTTP/1.1\" 200' | sed --unbuffered -e 's/..*/1/' >/dev/ttyACM0

……ぐらいの「ワン・ライナー」で済んでしまう。

 Arduino側のソースコードは、結局最終的には

//
//  シリアルからサーボを制御
//    佐藤俊夫
//    27.05.01(金) 0946~
//
#include <Servo.h>
//
Servo flag;
int incomingByte = 0;
const int FLAGOFF = 5;
const int FLAGON = 90;
//
void setup() {
  flag.attach(9);
  flag.write(FLAGOFF);
  Serial.begin(9600);
}

void loop() {
  if(Serial.available() > 0){  //  もし受信したデータが存在したら
    incomingByte = Serial.read();
    if(incomingByte == '1'){
      flag.write(FLAGON);
    }else if(incomingByte =='0'){
      flag.write(FLAGOFF);
    }
    Serial.flush();
    delay(1000);
  }    
}

……ぐらいの、お気楽な感じのモノになった。



サーボが動かせたら、次は……

投稿日:

 次も、やることは決まっている。サーボが動かせたら、今度はそれをPCにつなぎ、シリアルから制御するのだ!

 ここでは、キャラクタ「’1’」を送信したら旗が立ち、それ以外だったら旗が降りる。

 やり方はカンタンだ。

  1.  サーボをArduinoにつなぐ。教科書通り電源をVinに、黄色をデジタル9番ピンに、茶色をアースに
  2.  プログラムを書く。
    //
    //  シリアルからサーボを制御
    //    佐藤俊夫
    //    27.05.01(金) 0946~
    //
    #include <Servo.h>
    //
    Servo flag;
    int incomingByte = 0;
    const int FLAGOFF = 0;
    const int FLAGON = 90;
    //
    void setup() {
      flag.attach(9);
      flag.write(10);
      Serial.begin(9600);
    }
    
    void loop() {
      if(Serial.available() > 0){  //  もし受信したデータが存在したら
        incomingByte = Serial.read();
        if(incomingByte == '1'){
          flag.write(FLAGON);
          Serial.println(incomingByte, DEC);
        }else{
          flag.write(FLAGOFF);
          Serial.println(incomingByte, DEC);
        }
        Serial.flush();
      }    
    }
    
    
  3.  IDEのシリアルモニタから「1」やその他の文字を入力・送信する。



それでまあ、Lチカで遊ぶ。

投稿日:

 買ってきたガイドブック、オライリーの「Arduinoをはじめよう」に載ってるLチカは1種類だけだが、それでは面白くないのである。LEDの光らせ方しかわからなくっても、並べればこうやってもうちょっと楽しくなるのだ。

……と、いうわけで、さっそく教科書通りにいかず脱線する私。

 そういえば、と思い出す。小学生の頃、理科の実験などあると、私はすぐ何かとアレンジを施したがり、「先生の言ったとおりにしていない」「教科書に載っていないことをしている」として周りの子に言いつけられ、厳しく叱られたものだった。

 いや、そりゃ、化学の薬品なんか使う実験で先生の言ったとおりにしないのは問題があるだろう。だから当時の先生に文句はまったくないが、あの微妙な実験カスタマイズの経験は後年の私に大きく影響を及ぼした。

 8ビットマイコンとBASIC言語全盛の頃、プログラミング雑誌が多くあった。「I/O」や「BASICマガジン」などと言った雑誌にはプログラミングリストが載っており、これを掲載のとおり打ち込めばゲームなどが出来たのであるが、私はこのプログラムリストを機械的に打ち込むのが大嫌いだった。載っている通りには絶対に打ち込まなかったし、しばらくすると、土曜日に本屋で立ち読みでリストを読んで「あらすじ」を覚えて帰り、日曜日に自分のPCで再現する、ということをよくやった。

 単に楽しかったからそうしていただけだが、振り返ると、あれでプログラミング力は大いについたように思う。



かつてラフマニノフピアノ協奏曲の2番というと

投稿日:

 名演はこれにとどめを打っていたのだそうな。

メモ;Google Mapなどで沖ノ鳥島を一発で表示させるコツ

投稿日:

 標記。

 紀伊半島南端、潮岬から真南、台湾とルソン島のちょうど中間から真東、この線を拡大すると、沖ノ鳥島がすぐ見つけられる。

“sm21525892 ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18 辻井伸行 / Nobuyuki Tsujii BBC Proms full Blind Pianist” を YouTube で見る

投稿日:

サティ「ジムノペディ1番」 その1.00

投稿日:

 引き続き稽古中の「ジムノペディ1番」である。

 今日も練習に励み、だいたいつっかえずに弾けた。

 これを「その1.0」としたい。


YouTube: Gymnopédies No.1

次女のピアノ発表会

投稿日:

 半日、次女のピアノ発表会に行って過ごす。

 次女がお世話になっているピアノの先生は伊藤先生という独立の方だ。ヤマハや島村楽器と言った大きな組織とは関係なく教えておられる。しかし、発表会を開くときには、場所を借りるにも楽器を借りるにも、スケールメリットというものがある。そこで、同じように独立して教えている近在の先生方が数人で「アンプレセ」というグループを作り、年に1回の発表会はこのグループで開くのだ。そのため、保護者も結構な人数が集まる。

 私が住む新越谷に「サンシティ」という市民ホールがある。今年のピアノ発表会も、ここ数年の例と同じくそこの小ホールで行われた。

 素人の、しかも子供のピアノ発表会である。ところどころリズムが怪しかったり間違えて弾き直したりもする。だがそれでも、どの子も見事な演奏ぶりだ。見覚えのある子達の、その1年それぞれの進歩が見て取れ、一人づつ頭を撫でてほめてやりたいくらいである。

 次女と同じ先生に習っている双子の姉妹が連弾するブラームスのハンガリー舞曲5番など、見事なものであった。この姉妹はもう大人に近く、花も恥じらう乙女である。次女が小さい頃から同じ先生にピアノを習っているので、私もこの可愛い双子姉妹がまだほんの小学生の子供の頃から知っているが、昔から上手な弾き手であった。

 例年男の子が少なく、ほとんどが女の子だが、一人、これは、という小学校1年生の男の子がいて、バッハのコラール「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」を美しく弾いた。選曲の趣味のよさもあって、期待が持てるな、と思った。

 次女はというと、今朝という今朝の、それもぎりぎりまで稽古して、それでまだつっかえずに弾くことができず、しまいには鍵盤をピシャンと叩いて癇癪を起こしかけていたのに、またどういうものであろうか、「本番タイプ」の子なのである。ステージに上がるとシレッと落ち着き、弾き出しは多少怪しく、また幾分のミスタッチもあったものの、無難に今年の演目、ジュゼッペ・コンコーネの「魔女のダンス」を弾いてのけ、シャアシャアと落ち着いている。


YouTube: 「魔女のダンス」佐藤智香演奏

 今年音楽大学に進学するというすばらしく上手なお嬢さんの協賛出演があったほか、最後に先生方の見事な模範演奏が行われ、目が覚めるような思いがした。

 この指導者グループ「アンプレセ」の主宰は中村肇先生という方だ。私は何度かこの発表会に次女の連弾相手として出たほか、一度はソロでも弾いたことがある。そのため、年に一度お会いするだけなのに中村先生は私を良く覚えてくださっていて、「智香ちゃんのお父様、もう、いけませんなア、来ておられるんだったら弾いてくれたらいいですのに(笑)」と冷やかし半分におっしゃるのだった。去年・今年と私も多少忙しく、ために出演できなかったのだが、そのことをとても惜しんでくださって、私が「いやあ、それでも、毎朝のピアノの稽古だけは欠かさず続けているんですよ、でも今年は出演できるところまで仕上がりませんでして」と言い訳に頭をかくと、「それならばなおのこと、来年はぜひ出演をお願いしますよー!」と励ましてくださるのだった。

 こうして半日、心地よくピアノを聴いて過ごしたことであった。