テレビ番組ふたつ

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 昨日の夜録画しておいたテレビ番組二つを見た。

 遠くアフリカに発生したホモ・サピエンスたちが、南は台湾から琉球諸島沿いに日本へ渡ってきた道筋と、樺太ないし沿海州から流入した道筋の二つを取り上げており、面白かった。しかし、当然考えられ得る「朝鮮半島経由のルート」は、意図的かどうかはわからないが、スッポリと捨て去られており、やや不満足な感じがした。

 出場していた若手ピアニストたちが、どの人も爽やかで、本当に真面目にピアノに取り組んでいる様子が伝わってきて、いい番組だった。

読書

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 庭(いじ)りに念入りな近所の家々では百日紅(さるすべり)が咲き始めた。一昨日は今年初めての蝉の声を家の前で聴いた。

 全国各地では停滞する梅雨前線の影響による豪雨被害のために(おびただ)しい死者が出つつある。気の毒だ。亡くなった方の冥福を祈り、またからくも命を拾った方には、なんとか災害から逃れられるよう祈りたい。

 ところが、一体に関東、特に東京周辺は静かなもので、そのギャップに(しば)呆然(ぼうぜん)とならざるを得ない。テレビをつけると、「ワールドなんとか」とやらで、延々とサッカーの試合を中継している。見て面白いものとも到底思えないような――いや、この折柄(おりがら)に大々的に面白がるなぞ不謹慎の極みなのだが――サッカーの中継しかやらないとは、まったく、テレビ屋の無味蒼白で機械的、ロボット的な無責任さに恐れ入る。

 Twitterなどちょっと覗いてみると、無策の政府を非難する声と、サッカーの中継以外に能のないマスコミを非難する声が交々(こもごも)(ののし)り合っている。

 そんな昨日今日であるが、個人が盲動また妄動してどうなるものでもない。垂れ込めて、引き続き開高健「最後の晩餐」を読む。

言葉
ベデカー

 ベデカー(独: Verlag Karl Baedeker)は、近代的旅行案内書の草分け的存在を出版しているドイツの出版社、および、その会社が出版する旅行案内書。

アウフヘーベン

 止揚(しよう)。一度否定し、さらにその価値を高めて昇華させることである。

手沢(しゅたく)

出典:デジタル大辞泉(小学館)

1 長く使っている間に、手のあぶらがついて自然に出たつや。転じて、故人が身近において愛用したもの。

2 「手沢本」の略。

類語
手垢(てあか)

大谷光瑞

 食通。著書に「食」。

 しかしマァ、ボンボンそのものではあるワナ。そりゃ、世界各地の野食美食のあれこれに精通もできようて。

邱永漢(きゅうえいかん)

 ずぅ~っと、ずっと、「ていえいかん」だとばっかり思っていた。漢字の(へん)が「氐」ではなくて「丘」なので、これは「キュウ」であるはずのものだ。

 しかし、Googleに「ていえいかん」と入れると、検索アシストに「(てい)永漢 (きゅう)永漢」などとたちどころに出てくる上、検索すると「次の検索結果を表示しています: 邸永漢/元の検索キーワード: ていえいかん」などと表示されるから、多分私のように、邱永漢(きゅうえいかん)氏のことを「邸永漢(ていえいかん)」だと思い込んでいる人は多いのではあるまいか。



 郷里では(くや)み事があった。

 小さい頃から可愛がってくれた伯母だ。弔電を打ち、香典を書留で送る。しかし折柄、身動きもならぬ。仕方もなし。

 じっとしているより他ない。夕刻、バタピーなぞで一杯やる。言うなら「乾きて(そうろう)」というところか。黙然。

おっ、葛飾応為か

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 明日、葛飾北斎の娘、葛飾応為(おうい)を題材にしたドラマがNHKで放映されるという。

 これは面白そうなので、録画予約をして見ることにする。

 確か同じ題材で、だいぶ昔、「北斎漫画」という映画があったと思う。緒形拳・西田敏行・田中裕子出演だったか……。ちゃんと見ていないので、どんな作品かよく覚えていない。

認められぬ

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 NHKスペシャル「戦慄の記録 インパール」を見る。

 インパール作戦に関して、何度読み、何度聞いても、酸鼻、酸鼻、ただ酸鼻、これである。

 ただ、インパールが無謀だったというなら、はなから大東亜戦争のすべてが、始めから終わりまで、なにからなにまで無謀であったというべきだろう。

 悲しくてならないのは、ごく一部の戦後世代が、その愚劣な作戦指導にもかかわらず、航空特攻を美しく潔い武士道ででもあるかのようにもてはやすくせに、ニューギニアで、ガダルカナルで、アッツで、サイパンで、硫黄島、沖縄で、無論このインパールで、泥まぶれ、血まみれ、糞まみれとなり、病み、飢え、狂い、焼かれ爛れ、砕かれ、痛みと絶叫の中で死んでいった兵たちを、いやそれだけではない、広島で、長崎で、東京で、大阪で、満州で、シベリアで、焼かれ四散し、刺され犯され切り刻まれ、あるいは飢えて死んでいった人たちを、美しいとか潔いとかよくやったとか言ってやる者などまったくの皆無であり、その死の重さ、命の値を誰も認めないことだ。もっと言おう、誰もその責任をアメリカにもイギリスにもオランダにも中国にもロシアにも求めないことが、悲しく、悔しくてならない。

鎮魂の祈りを北辺へ

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 終戦日にちなむ4日間の放送の3日目だ。昨日、一昨日は翌日録画で見たが、今日はほぼ放映と同時に見た。

 今日の放映はどうもいただけなかった。国家体制の愚劣、現地軍の無能が全ての元凶だとでも言いたげな番組編集には不快感を覚える。

 また、樺太が、日露戦争終結間際、明治38年(1905)7月7日から始まる樺太侵攻作戦によってロシアから奪取した領土であったということや、この昭和20年の樺太戦当時、早期停戦のために日本から差し向けた軍使がソ連側に射殺されたことなど、触れなければならない重要な事項が番組内で触れられず、抜け落ちてしまっている。

 どうも、前二日の番組と、制作骨子が異なるようだ。

 日本の指導層と軍部がどれだけ腐っていたかと言う糾弾のみに終始し、ソ連の卑劣に言及することが一切ない番組の編集方針は、残念ながら不可と言わざるを得ない。

 したがって私はここから、番組の制作陣が期待するような反戦や文学的悲嘆などは学ばない。私が改めて確信することは、

「断固としてソ連(ゆる)すべからず」

……すなわちこの一点あるのみ、である。

 ただ、それと現地住民の痛み苦しみは別である。今となっては亡くなった数多のひとびとの鎮魂を祈るよりほかはない。

今日から放映のNHKスペシャルがなかなか

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 今日から4日間のNHKスペシャルは、なかなか見られそうな内容である。録画してゆっくり見よう。

 終戦記念日が近いからこその力の入った内容なのだろう。15日放映の「インパール」、ひょっとすると生前の牟田口廉也のコメントなどが聴けるのかもしれない。

「破獄」見た

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 先月から心待ちにしていたテレビ東京の記念ドラマ「破獄」の放映が去る12日にあり、録画しておいたのを昨日15日になってから見た。

 あまりテレビを見ないが、たまにこういうものは気が向いたら見る。

 映像も俳優も良く、見応えがあって面白かった。

 脚本は原作に概ね沿ってはいるが、人物への焦点の当て方はだいぶ異なっている。原作の主人公は稀代の脱獄王・佐久間清太郎なのだが、このドラマでは佐久間を担当する看守の浦田が主人公であり、それをビートたけしが演じている。

 さすがはビートたけしで、もはや入神と言える演技力だが、戦前の窮乏した看守を演じるには肥満し過ぎなのと、呂律(ろれつ)が老い過ぎているところは何としても惜しかった。

 佐久間清太郎を演じる山田孝之の演技は鬼気迫るものがあり、一点非の打ちどころのないものだった。彼を過酷に扱った看守が出征し、程なくして戦死する。その報が届いた時の一瞬の表情など、人間の業の深さ、混沌とした心の闇などを凝縮して表現しており、息を呑むほどだった。

 BDにダビングして、とっておくことにした。

いいコマーシャルだと思う。

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 日本人は差別が好きで、差別感を楽しみながらでないと生きられない。……のだそうな。

 受け売りだ。しかもどこの馬の骨が書いたかも判然とせぬ匿名ブログの受け売り、というかそこからインスパイアされた考えだ。だが、そのブログはどうやら人気ブログらしいから、それなりに真実を含んでいる、とも言える。

 さておき、有名企業に勤めている連中は無名企業に勤めている連中を(さげす)み、ホワイトカラーはブルーカラーを蔑み、大卒は高卒を蔑む。

 忘れてはならないのは、そのすべての逆もまた然りであることだ。無名企業の連中は有名企業の連中を、ブルーカラーはホワイトカラーを、高卒は大卒を、徹底的に憎み抜き、強烈に蔑み返しているのだ。知能の高い者が知能の低い者を蔑む以上に、実は逆に、知能の低い者は知能の高い者を激しく憎悪している。私は統計学者ではないし、新聞屋でもないからそこに証明だのなんだの、裁判所じみた根拠は持っていない。だが、実感としてそれはよくわかる。

 面白いことに、覚醒剤中毒者などの最底辺の人種どもですら、煙を吸引する主義の奴は注射をする主義の奴を激しく見下し、また注射をする連中は煙を吸う奴を蔑んでいるのだという。更に言えば脱法ドラッグをやる奴と覚醒剤をやる奴、大麻をやる奴とシンナー中毒、シンナー中毒と咳止め剤中毒はお互いに相手をバカにしているそうである。まさしく「目糞鼻糞を(わら)う」の(たぐい)だが、そうやって「俺はアイツより偉い」と思って安心するそうな。

 私の父は刑務官を長年務めて定年で辞めたが、かつて語ったところによると、人殺しは窃盗、窃盗は強姦犯、強姦犯は詐欺師、詐欺師はやくざ者、という具合に、全部が全部お互いを「下らぬ連中」と言って馬鹿にするそうである。

 私は長い間、人から見下されるような変な職場で働いてきたので――それももう35年を超えた――、人から見下される気持ちがよくわかる。まして、生まれつき備わったものではなく、自分で選んだもので見下されるのだから、文句の言いようもない。これがもし、生まれつき備わったこと、肌の色や髪の色、知能などで見下されるのであれば、それこそやりきれないだろう。

 「日本人は差別が大好き」と書いたが、アメリカ人だってヨーロッパ人だって中国人だってアフリカ人だって、世界中の人間はどいつもこいつも差別が大好きだ。結局は政府にそれを利用され、煽られて戦争へ行き、殺し合うわけだ。

 そうした差別意識の渦巻く社会にあって、この「ジョージア缶コーヒー」のテレビコマーシャルは一服の清涼剤のように思えた。非常によくできている。爽やかで、それでいて泥臭く、そして、なにより差別でなく、つながりのない社会人相互の尊敬(リスペクト)をテーマに持って来たということに好感を覚える。

 実は、私はテレビが嫌いで、あまり見ない。テレビのニュースもドラマも悪意に満ち、差別意識を煽るようなものしかやっていない。見ていて腹が立つ。身銭で電気代を払って腹を立てることほど馬鹿々々しいことはないから、できるだけ見ないようにしているが、(たま)さか妻子が付けているテレビを瞥見(べっけん)したらこのコマーシャルが流れていて、珍しくいいコマーシャルだな、と思ったのである。

Twitterは最善ではないが、マシだと思う

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 う~ん?これは、こんなふうに伝えるアメリカの新聞やテレビ、あるいはアメリカの新聞やテレビがそう伝えていないのだとすればこんなことを言うNHKの方がおかしいんじゃないか?

 ワケのわからんヘンな記者が思うさま捻じ曲げた嘘記事を読まされたり、自称ジャーナリストのテレビタレントが都合の悪いところを端折り、都合のいいところばかり切り取って伝えるニュース紛いなんか見せられるより、本人の直接ツイートでも見た方が、よっぽどましなんじゃないか?新聞やテレビに「コイツの言っていることは間違っていますよ」と教えられるより、直接本人のツイートでも見て、「あ、コイツの言ってることは間違ってるな」と自分で思った方がよっぽどいい。そのほうが新しいと思うけどなァ。

 発信側の政治家にしたって、そうしたほうがよっぽど国民とインタラクティブに交われるのと違うか?ドナルド・トランプはウソばっかり報道されて足を引っ張られたから、新聞やテレビを全然信用してないんだろうし。

 「つぶやくなーッ!」って言うのが一般の人だったらいいんだけど、新聞やテレビが「つぶやくなーッ!」はないと思うんだよな。お前ら、呟くより前に取材してちゃんと書けよ載せろよ、と。だいたい、そういう本来の仕事をしてないから、お前らが書いたり撮ったりする前に呟いてしまうんじゃないの?

 まあ、何年か先、日本もこうなるワケだよ。

詐欺師グラフ

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 まあ、私も、池上何某みたいな「詐欺師グラフ」を描いたことは、ありますよね……。

 はっきり言って相関係数0.3以下というようなどうしようもない離散データを、両対数でプロットして、「両対数にとれば線形に収束します」などと、「中卒の佐藤がなんか難しいことを言っている」みたいな言い方で博士さん修士さんを騙す、という。

 そんなもん、あんた、グラフなんて、どうにだって描けてしまうんだから、池上彰ばかり責めるわけにもいかんですわ……。