江戸時代の赤ちゃんポスト

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 先日より岩波の「北槎聞略(ほくさぶんりゃく)」を読んでいる。通勤電車内の楽しみのための読書だから、ゆっくりゆっくりと読み進めている。

 「北槎聞略」は、江戸時代、伊勢・白子浦の千石船の船頭大黒屋光太夫(こうだゆう)が、太平洋周り航路で難船して漂流し、ついにアリューシャン列島に漂着、ロシア帝国領内で呻吟(しんぎん)すること10年、ついには首都ペテルブルグに達して女帝エカテリーナに拝謁、帰国の許可を得て日本に送還された後、その語る所を幕府の学者桂川甫周が書き留め、整理したものだ。

 このロシア帝国での見聞録の中に、驚くべき内容が含まれていることを知った。著作権はとうに消滅しているので、以下に現代語訳とともに摘記してみる。

北槎聞略(岩波文庫、ISBN978-4003345610)p.188~189の「幼院」の現代語訳(訳者:佐藤俊夫)

〇 赤ちゃんセンター

 ロシア帝国には「赤ちゃんセンター」というものがあり、これは親から手放された赤ちゃんを育てるところです。ペテルブルグに1か所、モスクワに1か所あります。

 四方を取り囲むように3階建ての長い建物があり、部屋ごとに「第1」「第2」などの番号がついていて、看板が掛けられています。

 敷地の中央には学校や各種の技術を教える専門学校が置かれています。

 赤ちゃんを預けるところは高い窓になっており、その窓に大きな箱状の引き出しがついています。

 様々な事情で赤ちゃんを育てられず、手放したいという人がいる場合、その人は夜中の目立たない時間に窓のところへ行きます。赤ちゃんの誕生日を札に書いて首にかけてやります。それから壁をトントンと叩くと、内側から引き出しが押し出されて開きます。その引き出しに赤ちゃんを入れ、もう一度壁を叩くと、引き出しが向こう側に引き込まれます。

 赤ちゃんセンター側では引き出しの中から赤ちゃんを引き取り、今度はその引き出しに5万円のお金を入れて外へ押し出します。赤ちゃんの親はそのお金を貰って帰ります。これは、血のつながった赤ちゃんすら育てられない程の貧困を憐れみ、救済のため政府から支給されるお金です。

 あくる日の朝早く、赤ちゃんセンターの門に札がかかります。その札には「昨夜何時ごろ、確かに赤ちゃんを預かりました。その子の誕生日は何月何日で、こういう色の服を着ていて、お守りに何々を持っており、そのほか、これこれこういう特徴があります。その子は第何番の部屋で育てることになりました」と、それとわかるように大きな字で書かれ、また同じものがその部屋の入り口にも掛けられます。赤ちゃんを手放した親は、こっそりとそれを見に来て、わが子が無事引き取られ、育てて貰えるようになったことを確かめ、安心して帰ります。

 赤ちゃんセンターの門には番兵がいますが、通り抜けは禁止されていません。それは、赤ちゃんを手放した親が時々ひそかにやって来て、わが子が無事かどうか、それとなく様子を見ることができるようにしているのです。

 センターにはベテランの女性や保育士が多く勤務しており、彼女らによって赤ちゃんが育てられます。赤ちゃんが成長して子供になると、学校や専門学校に入れ、その子の希望や適性によりそれに応じた勉強をさせます。

 もし赤ちゃんの実親の事情が変わり、もう一度赤ちゃんを取り戻して育てたいと希望する場合、赤ちゃんを預けた年月日や誕生日、第何番の部屋の子ということを書類に書いて、赤ちゃんを預けた引き出しに入れれば、すぐに赤ちゃんがその引き出しに入れられて親の元へ帰されます。

 こうして育てられた子供が大人になれば、軍曹に取り立てられて官職に任じられ、社会に出たり、あるいは親元に帰ることができます。

 以下は上記現代語訳の原文である。

北槎聞略(岩波文庫、ISBN978-4003345610)p.188~189より引用

〇 幼院

 幼院は(これ)棄児(すてご)を養育する処なり。ペートルボルグに一処、ムスクワに一処あり。四方に三層(さんがい)連房(ながや)(たて)めぐらし、(へや)毎に第一、第二の字号(あいじるし)を書たる(ふだ)をかけおくなり。かまへの正中(まんなか)に学校及び百芸の院を設く。()を送り入る所は高き窓にて、内に大きなる箱を活套(ひきだし)のごとくに仕かけおく。児を送り入る者、夜陰(やいん)に及び小児(ように)誕辰(たんじょうび)(ふだ)(しる)して(えり)にかけさせ、彼窓(かのまど)の下につれ(ゆき)(かべ)をほとほとと(たた)けば、内より活套(ひきだし)の箱を押し出す。やがてその内に小児を(おき)、また墻をうてば活套を内に引いれ、小児を取出し、其箱に銭五百文入て又押出す。児の親その銭をうけて帰るなり。是は肉親の()を養育する事さへ(あた)はざる程の困窮を憐れみ、救ひの為に(こうぎ)より給はるなり。(それ)より翌朝未明に(あの)院の門に(ふだ)をかけ、昨夜何時(なんどき)に送り(いれ)たる児何月(いく)日の誕生、衣服は何色、(まもり)は何、その外(しるし)(なる)べき程の事を(つまびらか)に書しるし、其()は第幾号(なんばん)(へや)に養ひおくと大字にて書て(かけ)、その房にも左之ごとくに(しる)したる(ふだ)(かけ)おくなり。其親人しれず来りて彼牌を見合せ、其居所(いどころ)(とめ)て帰るなり。幼院の門には番卒(ばんにん)あれども通りぬけを禁ぜず。(すて)たる親のおりおりに来りてその児の安否をよそながら見る為にしたるなり。院中は老嫗(ろうにょう)乳母(うば)を多くおきて児を養育せしむ。漸々(だんだん)に成長すれば学校作院(さいくじょ)に入れその児の好む処を学ばしむ。其親また取戻し(やしなわ)んと(ほっす)れば、送り(いれ)たる年月日日時及び誕辰(たんじょうび)幾号(なんばん)(へや)()といふ事を(つまびらか)書記(かきしる)して(くだん)の箱に入るれば、即時に其児を箱に入て押出(おしいだ)すなり。其内にも(ぎょう)(なり)たる児をばセリザントに(ほう)じて帰さるゝとなり。

 世界史的にはこの頃はフランス革命前後の時代だ。しかし、これほど帝政ロシアという国が爛熟・成熟した文化を持っていたとは、驚くほかはない。多分、イギリスや、文明の先頭を突っ走っていたフランスだって、こんな制度は持っていなかったのではないだろうか。

さすがは

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 さ、さすがはプーチン。

 喝破してのけたもので、

「どのようなものであれ、この状況下で制裁という手段に訴えても無駄だし効果もない」

……というのは、よくぞまあ、言いにくいことを言ってくれたな、というところだ。

金ちゃん妄想

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 ああ、北朝鮮を俳優に仕立てた茶番、ロシア・中国共同プレゼンツのドラマが見えてきた。

 狡猾そのものじゃないか。

 実は、原爆や水爆と見えたものは、デブの金チャンが爪に火を(とも)すようにしてため込んだTNT火薬だったのだ。何キロトン、何メガトンとか言うが、文字通り、本当に爆薬を千トン、一万トンとため込み、せっせと山岳地帯の洞窟に運び込み、炸裂させただけなのだ。

 その爆薬は、ロシアと中国からどしどしと運び込まれた石油を遺憾なく注ぎ込んで合成したものだ。

 すっかり騙されて怒った米国が「大量破壊兵器許すまじ」とばかり北朝鮮に攻め込む。だが、もとより核開発なんかする力もないから、北朝鮮国内をいくら家探ししようが大量破壊兵器の「ヘ」の字も見つからない。

 つまり、米国は、イラクの繰り返しをもう一度やらされて、世界中に恥晒しをしてしまうのだ。

 赤っ恥をかかされて吠え面のアメリカを、ロシアと中国が糾弾する。「戦争までしておいてそのザマかよ!」「弁償しろ馬鹿野郎」「謝れアホが」……というわけだ。

ほほぉ~、そう来た……

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 舌を巻くほど老獪だわ……。なんてったって、オバマ氏よりうんと前からロシアの舵取りしてるオッサンなんだもんな。

 こうなってくると後の祟りが怖い。

 あと、このCNNの写真の選び方、絶妙だなあ。記事とベストマッチ。

慰安婦像~ロシア

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逆に、慰安婦像を大量に送り付けるのはどうか

 これ、もうどうしようもない。そこで、私に名案があるのだが。

 日韓合意で10億円もやったのだから、その約束の不履行などを理由に、どうにかしてその10億円の運用を日本に任せてもらう約束を取り付ける。なに、韓国に10億やることには違いはない、ただ、その運用をさせてくれ、贖罪(しょくざい)のために使うから、とか何とかうまい具合に連中を(だま)して、コッチで使わせてもらうのだ。

 で、その運用方法なのだが、1個1円くらいのコストで収まるよう、ソフトビニールなどで「慰安婦像」のミニチュアフィギュアを大量に作るのだ。7~8億個も作ることができれば申し分ない。

 そのフィギュアは、元の慰安婦像をできるだけいやらしく、エロ萌えアニメ調にデフォルメし、慰安婦像に似てはいるが韓国人が激怒しそうな失礼な感じ、微妙にいやらしい手つき体つきに作る。多少なら、髪の毛の色を青・赤・緑などのアニメファン向けに変更するのもよかろう。但し、シャレで済む程度の微妙な線に抑え、元の渋い金色の造形は踏襲する。

 この数億個のフィギュアをこれでもかというほど大量に韓国に送り付けるのだ。無論、こんなフィギュア如き、送り付けられても糞の役にも立たぬ。

 これを「日本国民一同、反省していますので、どうぞご受納ください」と、ヌケヌケとわざとらしくあらゆる機関、自治体、団体などに数千万個ずつ贈呈する。そのたびに贈呈式だ。事務手続きが増えるよう、5000個とか1万個づつ、ダラダラネチネチと贈呈するのも一案だ。

 要するに、数億個の慰安婦像で飽和攻撃するのである。バラ()いてもいいかもしれない。韓国以外の各国大使館などにも「こんなもんいらんわ!」と怒り出すくらい、1000万個ぐらいづつブチまける。

 ネットにも変な慰安婦像サイトを立ち上げ、だがしかし、それは不真面目で猥褻な感じに演出する。動画も作り、映画も撮る。しかしそれは、ポルノ映画(まが)いの歪んだものにすればよい。

 そして、電通・博報堂を動員し、「慰安婦像ちゃん」という萌え系美少女アニメを作らせて仕掛けさせ、変なブームを煽らせて、慰安婦像騒ぎの角度を歪め、無効化してしまう。なに、最近電通はボロカスに叩かれているから、持って行き方次第では、多少の手間賃でホイホイ乗ってくるだろう。

 慰安婦像ばかりでは女性陣が怒り出すから、弟の慰安夫像も作ると良かろう。ショタコン腐女子も参戦する。そのうち、昔「リカちゃん」に親父やお袋や彼氏や友達が続々と発売され、リカちゃんハウスまでヒットしたように、従軍慰安婦像フィギュアにも父母兄弟ライバル、オンドル付きの家まで発売され、世界的大ヒットになるだろう。二次創作で弟の少年慰安夫像と慰安婦の彼氏像のBL(ボーイズ・ラブ)などが出てくれば尚良い。日帝の特攻隊の少年兵とのボーイズ・ラブ三角関係なども日韓両国の腐女子に受けるだろう。

 向うが怒り出したら、西村ひろゆきみたいな口調「え~、何でですかあ~、折角(せっかく)反省して慰安婦像の普及を図ってるのに、なにがいけないんですカア~??!!」とでも言い放つと良い。

ロシア外交官送還

 へ~、こりゃまた、一挙に緊張だねえ……。

 外交官35人ったら、半端ではない数だよ。ロシアもアメリカの外交官を送還するだろう。報復と言うよりむしろお約束の外交儀礼みたいな感じで。

甲冑と日本刀のやり取り

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 なかなかいい感じに緊張感のあるやり取りなんじゃねえの?なれ合ってる雰囲気も醸し出しつつ、さ。

 ……その昔、豊臣秀吉はスペインのフェリペ2世から脅しともなんともつかぬ(てい)で西洋甲冑などの武具を贈られたそうだが、その返礼としてこちらも(きたえ)の鎧兜と刀を贈ったという。

 それらはスペインでも大切にされ、19世紀に火災で一部を損傷したものの、今もスペイン王室兵器博物館に陳列されているという。

本当に腹の底から悲しめ原爆忌

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 原爆忌である。

 思うだに、考えるだに、いたましい(かな)、悲しい哉。多くの人が(こうべ)を垂れ、遠いかの日に思いを致している。

 だが、本当のところを喝破(かっぱ)すれば、実は(ほとん)どの者が悲しんでもいなければ(いわん)や反省などしてはいるまい。

 その証拠に、本当に悲しみ、本当に反省しているのならば、核兵器で死ぬ者が二度とないように現実の物理的努力をしているはずだ。だが、殆どの者はそんな物理的努力などしていない。政治家から学者、有名人、金持ちから貧乏人、一般人に至るまで殆どが、だ。

 日本は中国・ロシアという核兵器保有国に隣接している。日本に向けて照準を定め終わり、いつでも発射可能な核弾頭の数は数百を下らない。それらはポチッとスイッチを押せば、地獄の業火となって私たちの頭上に降り注ぐ。軍事施設ではない、無辜(むこ)の一般市民の頭上に降り注ぐのだ。かてて加えて、新興核武装国にして敵国、北朝鮮は、この凄惨な兵器の開発を()めぬばかりか更なる増産増備の構えを強めてさえいる。

 この冷厳な事実に対抗するための具体的で物理的な努力に関して、人々はあまりにも冷淡である。はっきり言えば「何もしていないし、何も考えていない」のが実際である。それが、私たち共通の悲劇のこの日、広島原爆忌に、多くの者が悲しんでいるフリを実はしているだけだと、露悪的に私が()所以(ゆえん)だ。

 日本はある程度の弾道ミサイル防衛の実力を持ってはいる。だが、1発2発なら器用に撃ち落とす見事な腕前くらいは見せられても、20発30発と撃ち込まれれば、もう弾切れになり青息吐息だ。これを「飽和攻撃」と言う。そうなれば広島どころではない。何十万、いや、何百万もの人が焼け爛れて死に、中性子線による放射線障害でのたうち回って死に、遺伝子に対する甚大な影響で子孫までがおかしくなってしまうのだ。

 中国もロシアも、50発でも60発でも核兵器を日本に打ち込む実力を潜在している。戦争は弱い者いじめだ。中国もロシアも、アメリカ本国に撃ち込めば苛烈な仕返しに遭って自分たちが困る。核戦争を開始するなら、まず弱小な敵国・やる気も覇気もない日本に数十発がところを撃ち込み、その親分アメリカの出方を見るだろう。ま、本当にやるかどうかは別問題として……。

 まして、仮に、仮にだ。今もってなお世界一の軍事国家、水爆の殿堂にして核兵器の巣窟、かのアメリカ合衆国が、万が一にも日本の敵となる日が来たら、どうなるか。

 反省するなら、悲しむなら、ポーズやフリではなく、本当に反省し、本当に悲しんでほしい。情緒的に悲しんで見せるのなど、中学生以下の子供でもできることだ。

 ただし最後に言おう、本当の反省は、情緒よりする悲しみから出発する。だから、まず腹の底から慟哭(どうこく)し、悲しまねばならぬ。それがスタートだ。

悪い冗談だろ……

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 あーあーあーあー、よしてくれ、悪い冗談だろ。

ほんっと、ややこしいのう

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 トルコとロシア。

・ 今々のここらへんのニュース

 ここであらためて、シリアのややこしさをすごく雑に書くと、

  •  アメリカはシリアの現アサド政権を倒したいから、反政府勢力を支援した。
  •  その中に、マズいことに「イスラム国」連中がいて、そいつらまで強くしてしまった。これは、昔アフガンの連中を支援して、タリバンを強くしちまって9.11につながったのと同じ図式。
  •  アメリカにとって、イスラム国はビミョーに敵なような味方なような、ややこしい事態。反政府勢力を支援しつつ、同じ反政府勢力のイスラム国を選択的にやっつけるなんざァ、どだい難しい話。
  •  ロシアは「アメリカが反シリア政権なら、じゃ、俺らは親シリア政権ね」って、真逆。つまり、シンプル~に「イスラム国」は敵。
  •  で、フランスはこの前のことで激怒して空母出したでしょ。
  •  そこへ、シリアの隣国トルコ。トルコはどっちかっつーと反アサド。そこへ今回のややこしい領空侵犯事態。

 こんなグチョグチョなことになって、それで、シリアもう何年も前からこんな惨状でしょう?

 で、さ。な~んにもしてないし、政府や国や外国なんてものにどうしてほしいわけでもない、普通の弱いオッサン・オバハン・子供たち、ぼろ雑巾みたいに扱われて踏みにじられてバタバタ死んでンだよなあ。

 思うに、日本の、意識の高ぁ~い、時事に詳しい人だって、そういう弱い一般人の痛み苦しみをどうしたいとか、あんまり言ってねえんだよな。これは左右どっちもそうなのよ。

 だからさ、そういうトコ、アメリカ人も反省しろ、って思うワケなのよ。だいたい、もともと話をややこしくしてる張本人って、アメリカなんだぜ?

昔のソ連のほうがよっぽど怖かった

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 (かね)てから「新聞ばかり読んでいると、アホになるばかりか、死ぬぞ」なぞという極論、暴言を振りかざしている私である。

 例えば、昨今、新聞記事の影響でか、軍事問題への関心が高まっているように感じられる。日本をとりまく軍事的脅威はますます高まっている、不安だ心配だ、国はなにをやっている、憲法はどうなんだ、官僚は軍備を真面目に整えとるのか、自衛隊はどうなっとるんだ……というような論調に傾いてきたように見えるのだ。

 が、私は、現在の我が国を取り巻く軍事情勢、就中(なかんづく)中国や北朝鮮がどれほど怖いかということは、比較論で言って、昔の対ソ連の時代の足元にも及ばないと思っている。

 ところが、どうも、人々は「昔のソ連や北朝鮮なんか怖くなかった、はっきり言って日本に関係なんかなかった、戦後の日本は戦争を放棄して、安心で安全だった、あの頃はバブルでお金もいっぱいあって幸せだった」と思い込まされているように思う。あるいは、単にその頃若かったか子供だったかして、そういう感覚を持っていなかった、という人もいるかも知れない。

 昔のほうが切実な軍事問題があった、ということには、感覚に訴えやすい好例がある。よく思い出してみてほしい。昔の北朝鮮のほうがよほど怖かった。その例は拉致問題である。

 気の毒にや、日本人が北朝鮮に相次いで拉致されていた頃。考えても見てほしい、かの横田めぐみさんがさらわれたのは、今を去る30年以上も前のことなのだ。今の北朝鮮はさすがに人(さら)いなどしていない。つまり、今の北朝鮮が怖いのではない、「30年前の北朝鮮のほうが現実の意味で怖かった」のである。

 その一方で、30年前の一般の人々の意識はどうであったか。かわいそうに、30年前、拉致の被害者なぞ一顧(いっこ)だにされなかった。自分が30年前、そんなことを問題にしていたかどうか、思い出してほしい。金があった者は財テクなどと言って利殖にうつつを抜かし、かわいそうな拉致の被害者なんかほったらかしだった。北朝鮮だけを例にとってさえ、このとおり、昔のほうが怖かったのだ。

 そればかりではない、ソ連によって日本に照準された核ミサイルはいつでも発射可能な状態に温められ、その数は何百発という途方もない数だった。しかもなお、彼らには上陸戦闘をやってのける潜在力があった。

 韓国も恐ろしく、竹島近辺で拿捕された何百という日本の漁民の中には殴り殺される者すらいた。

 そして、何千万という粛清が続いていることだけが断片的に伝わってくる、国交のない中共の不気味さと言ったらなかった。しかも、中共は昭和39年にはとっとと核実験をすませ、核武装国になりおおせていた。田中角栄大活躍の国交回復後、日本がせっせと献上した金で、せっせと核ミサイルを増備して日本に照準を合わせていたのだから、笑えぬ冗談もいいところだ。

 たとえ日本に直接の関係はなくても、子供の頃、クラスにインドシナ難民の子がいたという人もいるだろう。兵庫県の人には覚えがあると思う。難民キャンプが姫路にあったからだ。ベトナム戦争を持ち出すまでもない。あの頃、人々が国を捨てて逃げ出すようなアジアの戦乱は、即、日本にも指向されておかしくなかった。

 そして、日本に原爆を叩き込んで虐殺の限りをつくし、沖縄の人々を虐げていたアメリカ人を、誰も彼もが大好きという、もう、脳味噌はどうなっているんですかと言わざるを得ない、狂気のような状況に日本はあった。

 昔のほうがよほど、日本とその周辺国がそういう不気味な殺戮の嵐に包まれていたのに、ほんのごくわずかな人しかそれを直視しようとせず、何とかしようという努力を誰もしていなかった。そして、防衛費はGNP比1%の枠に(かたく)なに固定され、軍事問題に理解のない国民が圧倒的大多数を占め、自衛隊は土木作業員か賤民のような地位にしかなく、弾薬すらないありさまだった。

 新聞にそれらの問題が論じられることはまったくなかった。狂気の中でちいさい平和を見つけては、平和経済大国日本万歳とみんながみんな言い続けていた。

 私に言わせれば、むしろ最近は日本をとりまく軍事的脅威の絶対量なんか弱まっている。そうなってから、みんな軍事問題に首を突っ込み出した。

 勝手なものだ。

 アラビア~イスラムと言うけれど、9.11でどれほどの人が死んだか、広島・長崎の10倍も人が死んだのか、アメリカ人もよくよく自問自答すべきだ。

 これらがすべて、新聞の作用によると言ったら、言い過ぎだと非難されるだろうが、私は言い過ぎだと思わない。

 ただ、なにか、私自身がルサンチマンめいたねじれ方をしている、ということは、多少なりとも認めざるを得ないとは思う。