まいったなあ

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 愛用のモバイル、ASUS T100Chi「TransBook」、まことに気に入っているのだが、やはりMicro USBの充電コネクタは傷みやすく、なんだか怪しくなった。

 ついにキーボードの充電コネクタ内部にある「舌」のような構造が折れてしまい、充電不能になってしまった。

 販売店の秋葉原ヨドバシへ修理持ち込みをしてまずは見積もりをとることにした。見積には2週間ほどかかって、返事が来たのだが、それがなんと、修理には2万数千円を要するという。

 いやはや、全部で3万いくらのモバイルの、キーボードの電源コネクタの修理に2万いくらってのは、これはちょっと払い過ぎですわなあ……。

 それで、修理はあきらめて、品物は引き取ってきた。

 うーん、しかし、気に入っているから、困ったなあ。

 中古の完動品を探して、そのキーボードを使う、ってのもあるが……。うーん。どうしよう。

キーボードの充電コネクタが壊れた

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 愛用のモバイル、ASUSの「TransBook」T100 Chi。まことに便利で気に入っているのだが、欠点を()いて言うなら「たまにタッチパネルが動かなくなる」ことの他に、もう一点、「充電用のマイクロUSBコネクタが弱い」ことだろうか。

 どうもケーブル側との相性にも敏感なようで、うまく充電できないことが時々ある。

 それでも本体側はまだ大丈夫なのだが、キーボードのほうの充電コネクタがついに壊れてしまった。虫眼鏡を使ってのぞき込むと、真ん中の樹脂部分がどこかへ行ってしまって、もう完全に駄目である。

 他にもBluetoothのキーボードを持ってはいるので、それと組み合わせて使うことにし、純正キーボードは修理に出すことにした。

 ASUSの修理センターへでも直接送って修理かな、とも思ったが、ネットの評判によると、購入したヨドバシに持ち込んだ方がどうやら早いようだ。

 明日、持って行くとするか……。

財布の修理

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 15年ほど前に財布を作った。

  •  財布を縫う(このブログ、平成15年(2003)7月13日(日)17時09分00秒 JST)

 自分の生活の仕方、お金の使い方、持ち歩き方にちょうどよい、持って楽で便利で長持ちする財布がなかったから自分で作ったのだ。右の写真は、15年前、作ったばかりの時に撮ったものだ。

 「システムやパソコンやソフトウェアなんてものは道具(ツール)だ!だからパソコンやソフトウェアは人間に拝跪(はいき)すべきだ」なんてことをのたまう向きはよくいるが、肝心の、「道具(どうぐ)道具(ツール)だ!」という当たり前のことを言う人は少ない。「道具の方で人間に合わせ、奉仕するべきだ」ということを言う人はほとんどおらず、たいていの人はツールに身の丈を合わせることに汲々とするばかりか、職人的な人ほどツールに奉仕することを喜んでいるふしがある。

 私はそういうのがガマンならない。自分の使うものは、物のほうで私に合わせるべきだと思っている。いきおい、既製品は自分に合わないことが多く、合うものを見つけるのに苦労するか、いっそのこと自分で作ってしまう、ということになる。だから、DIYで物を作ることが多い。

 余談ながら、私がコンピュータのプログラムなど作るようになったきっかけは、ソフトウェアがなかったから自分で作ったということだ。DIYの延長である。それが紆余曲折を経て、口を糊する術、今の身過ぎ世過ぎの発端になっているというのも、考えればおかしなものである。

 さて、そんな理由で自分で作ったその財布、安くて丈夫なオイルレザーで縫ったから、頑丈そのもので、まだ使っている。(ほころ)びが生じても縫い直せばよく、それで今まで使ってきたのだ。写真は同じ頃作った名刺入れやメモ帳入れ、キー・ケースである。一番上の写真と見比べると、特に財布は毎日持ち歩くせいもあって、相当くたびれている。だが、単に汚れているだけで、機能上何の問題もない。

 ところが、小銭入れの部分は金属である小銭がこすれ合うせいか、さすがに傷みが激しく、いつぞや雨に濡れた時に、ついに革が破れてしまった。

 これでは財布から小銭が漏れてしまう。

 もともと自分で縫った財布であるから、こういう場合は修理すればよいのである。

 「革細工」というとなんだか難しそうに聞こえるが、素人が財布を縫う程度の事であれば、大して難しくない。服などを縫う方がよっぽど難しい。道具類もそんなに高くはない。針や糸なんて数百円だし、穴を開けたりする道具なども500円だの250円だのと言った値段だから、出来合いの本革の財布を買うよりも、作った方が絶対に安いし、自分のお金の持ち歩き方に合った大きさのものができる。

 休みだったので、朝から三郷ピアラシティにあるクラフト専門店「VC’s(ヴィシーズ)」へ行って革を買ってきた。2mm厚のオイルレザーで、写真のような大きさのものが1300円ほどである。

 壊れた財布の糸をほどき、分解する。破れた小銭入れの部分の革を取り外してしまう。

 この革をよく伸ばして、買ってきた新しいオイルレザーに寸法を写し取る。この小銭入れの大きさも、自分が普段どれくらい小銭を持って歩いているかを測って作ったものなので、私の日常の行動にピッタリで、手放し難い理由の一つだ。


 寸法を写し取ったら切り取り、「菱目打ち」という道具で縫うための穴をあける。菱目打ちと言うのは皮革を縫うためには必ず必要な道具で、フォークのような形をしており、歯の一本一本は菱型になっていて、鋭い刃がつけてある。これで穴をあけると、等間隔に菱型の穴があくのだ。

 寸法取りをして切り取ったオイルレザーはこのようになる。(ふち)に点々とあいた穴に糸が通る。


 次に、小銭入れのふたを閉めるためのスナップ・ファスナーを取り付ける。専用のポンチでトントンとかしめるのだ。

 いよいよ縫いにかかる。麻糸に皮革用の蠟をひく。この麻糸の両端に皮革用の縫針を通し、交互に平縫いにするのである。布を縫うのと違う点は、一本の糸に2本の針をつけ、同時に平縫いをすることだ。返し縫い、あるいはミシン縫いに見えるがそうではない。手で平縫いにすると、ミシン縫いとは違って、一か所糸が綻びても縫いはほどけない。ミシン縫いだとそうはいかず、一か所の綻びで全部の縫いがほどけてしまう。


 新しく作り直した小銭入れの部分は写真のような箱状になる。


 箱状になった小銭入れを財布本体に縫い付けていく。

 こうして、小銭入れの部分だけ、すっかり新しくなった財布に生まれ変わる。

か、歌舞伎町じゃなくて

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 携帯電話のパネルの、一番下の行、Androidのいわゆる「バック・ホーム・アプリ切替」の三つのボタンがまったく反応しなくなってしまった。

 時節柄、職場関係の連絡がつかないと困るので、昼間に時間を貰って、職場の近くのドコモショップへ持って行った。そうすると、担当のお姉さん、にこやかに、

「修理すると悪くすれば4万円、待ち時間は40日。機種変更は今すぐ可能だが、今のと同じクラスの機種なら9万。」

……と、端的に言えばそういうことをまことに親切かつやさしく言ってくれちゃうのであった。

 ぬぅ、デフレ脱却への寄与とはいえ、こ、ここは一体、どこのぼったくりバーですかのう、あうあうあう……。確かに新宿区ではあるが、歌舞伎町ではないぞ。

 まあ、以前、「月々通話料に2年間上乗せしますと実質負担はxxxx円です」なんていうややこしい説明が槍玉に挙がったものだから、最近は正直な値段を端的に言うようになってしまい、結果として「9万円でござい」なんつー説明をせざるを得ない店頭のお姉さんも、会社の方針に振り回されているだけであって、別に営業が下手なわけでもあるまいけれども……。

 それにしても数字が心臓に悪い。高齢化社会への対策のためワシの生命を縮めて平均寿命などの数値を低下させようとでもいうのか。

 お姉さんが悪いわけでもないのだが、「いやあ、お姉さん、9万って数字は、心臓に悪いよ~……」と、一応言ってみたら、お姉さんもそんなこたぁ分かりきってることですわよ、おじさんだってわかってるでしょ、と、テレパシーで伝わってくるほどの複雑な無言の笑みで答えてくれるのであった。ぬぅ、勤労者ってものはツラいねえ、お互い。

 とりあえず、モバイルSuicaがないと定期が使えず、帰宅できなくなってしまうから、代機はおサイフケータイ付きのを出してもらい、修理金額の見積もりだけたのむ。

 さて、爾後(しかるのち)の行動方針じゃのう。……3万以下なら修理、3万以上なら、ドコモ即解約、Nexus5にOCNのMVNO挿したやつに乗り換えだ。キャリア回線は海外出張でローミング使った時には、さすがは日の丸キャリア、文字通りどこでも通じるわい、と思ったが、そんなこと10年に1度もあるでなし。やめたやめた。もうMVNOにいっちゃえいっちゃえ。

無題

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 パソコンが壊れて修理。自作だからメーカに電話してポン、というわけにもいかぬ。




どうやらHDDの自然劣化らしい。新しい Deskstar 80MB(IBM ATA100)を購入してきて取り付ける。また壊れたらイヤだから、ファンをケースに増設した。
 苺、かなり繁茂しつつある。



 こうなってくるとなんだか植えた場所も狭苦しく、なんだか気の毒。
 しかし、ミョーに草花がいとおしい。子供のころ、草花を植えるとその育つスピードの遅さにやきもきしたものだったが、いまは草花が音を立ててぐんぐん伸びているように見える。
 結局、俺もオッサンになってしまい、人生おしまいだってことだね、ほんと。草花がいとおしいようじゃオシマイだよ。しかしまた、そんな自分自身がいとおしかったりもする。