晩秋

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 晩秋の感が濃い。二十四節季ははや寒露を過ぎ、霜降(そうこう)も近い。

 つい先日まで冷房を入れており、ネットの天気予報ページには「熱中症指数」が掲載されていたが、いつの間にかそれも消え、肌寒さを覚えるようになった。

 日が短い。柿が赤い。秋思(しゅうし)深し、と言ったところか。

 八百屋の店先に柚子を見かけた。青柚子ではなく、黄色く熟している。柚子味噌でも焼こうかと一つ(もと)めた。

 柚子味噌は酒によい。最近、よく酒肴の動画をYouTubeにアップロードしている。今度はこれで呑むところを上げてみよう。

名乗り出てくれたら面白かろう

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 台風シーズンである。すなわちコロッケの旬(?)でもあるわけだが、それにしてもしかし、平成13年台風11号の時、コロッケ16個買って3個喰ったというその御仁が名乗り出てくれたら、どれくらい面白かろう、とも思うのである。

111 :こちら横浜:2001/08/21(火) 13:10 ID:V2iqkNlA
念のため、コロッケを16個買ってきました。
もう3個食べてしまいました。

 これでイオンなど大手販売の食品売り場の売り上げが左右されるほどにまでなったというのだから恐れ入る。

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 今日は盆である。

 日本は夏中「盆の連続」である。そのことは、以前このブログにも書いた。

  •  (このブログ、平成29年(2017)08月13日(日)08時34分)

 いわば、今日が盆のスタートである。今日については、盆・新暦旧盆・旧盆と、いろいろと呼び方もあり、ややこしい。

 もともとの盆は旧暦七月十五日だ。今年の旧暦七月十五日は新暦8月25日の土曜日にあたる。だからまだまだ先のことではある。

 酷暑の一日が暮れかかる。月は三日月。烈日をそっと追いかけてゆく。都会に限らず、低い空を(さえぎ)る建物が込み入った街では、いまや三日月を見ることも難しい。

 盆とはいえ、また、仏教徒を僭称しているのにもかかわらず、自宅に仏壇をしつらえているわけでもない私は、ともかく飲酒に及ぶ。ウィスキー。オンザロック。

 神道ならば清めに酒を用いもしようが、仏教にそれはない。無理やり、神仏習合を強弁して、酔う。

梅雨(つゆ)最中(さなか)の月

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 仕事帰り、東の空をふと見ると、大きな月が昇り始めた。今日は旧五月十五日の望夜、さてこそ大きな月であるはずだ。

 ちょうど真南に赤々とした大きな星が見える。多分木星かな、と、帰宅してから調べてみると果たして木星であり、ほぼ20時南中である。

梅雨半ばの猛暑

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 蝉の声の聞こえぬことが奇異に感じられるほどの猛暑の一日となった。

 去年の梅雨明けも早かったが、今年は果たしてどうだろう。

 早々と帰宅し、ウィスキーを一杯。

梅雨(ばいう)あかるし

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 さすがは夏至過ぎ、梅雨(つゆ)の雨模様だというのに、まだ明るい。しかし梅雨(ばいう)前線は長々と日本列島南側をのたくっており、さながら竜の如し、である。

 庭づくりの丁寧な近所の家々では、百日紅(さるすべり)が咲き始めた。梅雨寒のなか、そこだけポッと燈がともったように見える。

自分と季節の邂逅

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 同じ季節に同じ季語で()んだ自分の過去の俳句を見ていて、どうも私は変わり映えがしないなあ、と思う。

 なのに、その時の私は、やはりそこに写し取られている。

 季節は千古不易に何度も巡ってくるが、今日の汝は今日しかいない、汝をこそ見よ……と、誰かに耳元で(ささや)かれたような気がした。

 しかし、観念を直接詠むのは普通の俳句ではない。

 一方、季節はよほどの長寿の人でも、せいぜい100回程しか来ない。たった100回の春、たった100回の桜の開花なのである。

 それを惜しむ、ということなのだろう。惜しむ気持ちを直接文字にしては駄目で、自分の見たものを文字にしたら自然とその目線が写し取られているのがよい。

 悲しくても惜しくても、「悲しい」とか「惜しい」とかいう言葉を使って詠まないことだ。

忠魂碑と梅と目白

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 近所に忠魂碑がある。

 目立たない場所にあるが、私の家から駅までの通り道にあるので、いつも早朝にその前を通る。朝早くから遺族会員らしい年配の方々が黙々と手入れをしておられる。

 敷地の柵の(そば)がごみステーションになっているのはいただけないが、それでも四季折々の花が植えられ、静謐な鎮魂の場、あるいは武勇の顕彰の場らしく荘厳(しょうごん)されている。

 今の時季は幾本かの梅が、香りも(ほの)かに、やさしく咲く。

 今日も出かけるついでに忠魂碑前を通りかかった。ふと見ると、それらの梅に2羽の目白が来て蜜を吸っていた。2羽交々(こもごも)、いい声で鳴いている。

 これは春らしくて面白い、と思ったので写真に撮った。

 しかし、何分小鳥のことでじっとしていず、撮りにくいこと撮りにくいこと。何度もシャッターを切って、やっとものにした。

秋らしくなる

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 近所の百日紅(さるすべり)が散り始めた。立秋からひと月も過ぎれば、初秋が仲秋にかわり始める。三()九十日の花が散るのも、(けだ)(うべ)なるかな、である。

 名月にはもうひと月待たなければならないが、今日はひと月前の「居待月」、旧暦七月十八日だ。

 今朝は曇り模様だったが、昼から秋らしい空が広がり、まことに良い午後になった。

 少し気分も晴れ晴れとする。週末のこととて、楽しく帰宅してみると、東から居待月らしい、明るく、大きな月が上ってくる。

 全く秋はのんびりとして、良いものだと思う。なんと言っても、月が良い。
 

立待

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 今日は旧暦五月の立待月(十七夜)である。立待月は狭義には旧暦八月の十七夜のことで、仲秋の名月の二夜後だが、広義には普通の十七夜のことをこう呼んでもよい。

 気象庁から「梅雨入りらしい」という発表があったのは先週のことだが、暦の上の「入梅」は今日で、名実ともに梅雨入りしたと言えるだろう。

 それにしても雨が降らない。今のところ空梅雨らしい。一昨夜も昨夜も晴れて、夕方には月が綺麗だった。昨夕など気圧が下がったか、水の匂いがして風向きが変わり、遠雷が聞こえ、頭上に積乱雲が成長する気配すらあったが、結局私の周囲には雨は降らなかった。その後晴れて、暑い夜になった。

 こんな夕方には明るいうちに風呂をつかうにかぎる。

 さっさと汗を流したら、冷蔵庫から氷の塊を出してカチワリをたくさん作り、ウィスキーを飲むのが良い。飲み慣れたバランタイン、ひと瓶千円しない。風呂上がりに飲むなら、(つまみ)も水もいらないや。

 あちこちの植栽の、花皐月(さつき)のよっぽど遅咲きのものもそろそろ(しお)れた。少しすれば盛夏、ある意味また別れと出会いの季節である。