靖国神社参拝

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 表に出るとサウナにでも入っているのかと間違うくらいの暑さである。気象庁発表の36度、37度ではもう驚かない。しかし、それにもかかわらず、雲は(いわし)の群れ、あるいは羊の群れのように模様をなし、なにやら風の匂いもうっすらと異味を帯び、蝉の声も戸惑うように違う音色となっている。

 つまりは初秋であり、月遅れの盆である。そして、今日は終戦記念日である。

 終戦記念日は靖国神社へ行くことにしている。

 拝むまで1時間ほどは並んだと思う。

 どうして靖国神社なのか、どうして日本人は戦争の世紀を経なければならなかったのか、アメリカ人は有罪で間違いないか、……そんな問いは、私にとっては既にどうでもいい。

 鎮魂これあるのみ。

 誰かに何かを訴えかける気持ちも、もはや、ない。

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 それから歩いて神田へ行き、蕎麦屋で一杯やる。

 帰宅して、到来の塩昆布で一杯。大阪・小倉屋山本の箱入り。

ほっつき歩き

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縄文―1万年の美の鼓動

 上野の国立博物館で特別展「縄文―1万年の美の鼓動」というのをやっていることを知った。電車の車内広告のポスターで知ったのだ。ポスターでは学校の教科書で何度も見たことのある火焔型縄文式土器がフィーチャーされている。

 面白そうなので行ってみた。多くの縄文式土器や土偶が集められ、何と言っても国宝の土偶・土器が6点集結していたが、これは初めての試みだそうだ。

 ポスターに載っていたあの有名な国宝「火焔型縄文式土器」や、これもまた有名な重要文化財「遮光器土偶」の実物もあった。

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 かつて岡本太郎は考古学上の資料にすぎなかった火焔型土器に芸術を感じ取り、これを激賞したことから、以後縄文式土器の芸術性を鑑賞することが普及したのだそうである。

 なるほど、実際、間近にこれを見てみると、燃え盛るような躍動感が伝わってくる。教科書で見る限りは植木鉢程度の大きさなのかな、と思っていたが、実物はかなり大きいことも分かった。

 常設展も少し見て回った。

銀座「そば所 よし田」

 午後を過ぎても博物館でうろうろしていて、朝から何も食べていなかったので腹が減った。折から猛暑である。上野公園ではパキスタンの親善イベントが開かれていて、パキスタンの音楽やカレー料理などの出店があったが、この暑さではちょっと敬遠せざるを得なかった。

 思いついて銀座まで行き、有名な蕎麦舗「よし田」へ行ってみることにした。

 「木鉢會」のホームページでは、銀座すずらん通りにあると書かれているが、移転したらしく、この場所に行っても、ない。

 今の店舗は左の地図の場所にある。「銀座6-4-12 KNビル2階」だ。それと、実はもう1か所、このすぐ近所の「銀座7丁目5 銀座7丁目5−10 第2一越ビル 3F」にも分店があるから気を付けないといけない。

 ここの名物は「コロッケ蕎麦」だ。こう書くと、立ち食い蕎麦屋の安物を思い浮かべるかもしれないが、そうではない。「よし田」のコロッケは、この店独自のアレンジを施した独特の和食揚げ物なのだ。これは鶏肉を細かくたたき、鶏卵・山芋などと練り合わせて粉を付けて揚げたもので、パン粉は使われていない。食感は鳥のつみれ団子のようなもので、天つゆと山葵で食す。歯ごたえよく、噛むと油と鶏肉のうまみがゆっくりと味わえる。

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 盛夏で、熱いコロッケ蕎麦はさすがに食べる気はしないが、もちろんこれはコロッケだけの「皿盛り」でも出してくれる。これをつつきながらの蕎麦前の一杯はこたえられない。

 盃一杯ほど酒の残っている頃合いに「もり」を一枚たのむ。旨い。

値段
コロッケ天皿 500円
日本酒 630円
もり 600円
合計 1730円

 満足して店を出る。値段はそんなに高くない。

KITTE

 帰り、東京駅で途中下車して、丸の内南口駅前の「KITTE」に寄る。

 4階の書店で立ち読みして、何も買わずに帰る。

ドラマ×マンガ 「戦争めし」

 これもまた電車の車内広告で知ったテレビ番組。

 録画して見ることにした。最近テレビよく見るなあ。

飲み喰い

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 用もないのになんとなく秋葉原へ行き、磯丸水産へ入って刺身で一杯飲んだ。

 出てきてガード下を通ったらすし屋銀蔵が開いていたので、これも何となく入って寿司を食った。浅利汁に茶わん蒸しがついて980円は安い。ここでも菊正宗を1合飲んだ。

 秋葉原からは神田駅が見えるが、なんとなくそこまで行き、せっかく来たのだからと室町砂場へ入った。

 突き出しの蒟蒻(こんにゃく)酢味噌と、冷やし冬瓜でまた1合。

 それから、「もり」を1枚手繰(たぐ)った。

 疲れていたのか、3合程飲んだだけなのに酔っぱらってフラフラになった。

 帰ろうと思って山手線へ乗ったら寝込んでしまった。そのまま2周か3周、ぐるぐる回ってしまったのだったか。

 目を覚まし、秋葉原で日比谷線に乗り換え、そのまま何もせず帰宅。

 最近はあまり飲み喰いをしない私としては、大食してしまったな、と思う。

一杯

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 料峭(りょうしょう)、……と言えるほどの晴れやかさでもなかったが、しかし、春らしい、風の光る一日だった。

 今日の肴はちょっと刺身などをはりこんでみる。

 ぬるい燗で安いところを一杯。旨い。

一杯

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 一杯。

 さて今日もキコシメそうかな、何か肴は……と思ったが、適当なものがない。

 そういえばこの秋は柚子味噌(ゆずみそ)を作らなかったな、などと思い出す。柚子味噌は晩秋の青柚子でも旨いし、冬のさなかの、黄色く大きく熟れた柚子で作っても旨い。

 しかし、冷蔵庫に柚子はない。

 台所をあさるとレモンがあった。饂飩(うどん)にレモンを絞りかけたり、輪切りを浮かべたりするととても旨いことを思い出した。特に肉饂飩(にくうどん)などには非常に合い、肉が柔らかくなるばかりか、肉の臭み消しにもなる。

 そこでまったくの思い付き、「レモンの焼味噌」を作ってみた。

 レモンを半個輪切りにし、絞って果汁をとる。このとき、種を丁寧に取り除く。絞りかすの内側の果肉を袋ごとスプーンでこそぎ取り、まな板の上で細かく刻み、包丁でよく叩く。これを果汁に混ぜ合わせる。

 レモンの皮も細かく刻み、包丁でよく叩き、これも果汁に混ぜ合わせる。

 八丁味噌を大(さじ)(ふた)匙ほど、上記果汁に混ぜ合わせる。

 電子レンジで3分ほど火を通す。

 熱く煮え、水分が少し飛んだ味噌を木杓文字(しゃもじ)か木(べら)に塗り付け、火で(あぶ)って()がせば出来上がりだ。

 ほろ苦く、香りがよく、塩気が利いて旨い。好みで葱のみじん切りなどを混ぜても旨いだろう。

 写真に木箆ふたつ分が写っているが、これで4合くらいは飲んでしまえそうである。

蕎麦屋の梯子(ハシゴ)

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 旧友にして畏友のF君と、蕎麦屋の梯子(ハシゴ)をした。

 F君は関西へ単身赴任中であり、(たま)さか東京の自宅へ帰る際には、どうも東京らしいものを食べたくなるようで、いきおい「佐藤、蕎麦屋に行こう」ということになるのである。

 実のところ、いい蕎麦屋は年明けの初店(はつみせ)が遅く、多くの蕎麦屋が今年はだいたい1月6日土曜日からの営業だ。今日(1月4日)と言う日に開いている蕎麦屋はなさそうである。また、空いているかいないかも、座していては実のところはっきりしない。電話して確かめるにしても夜間となれば詮ないことで、またWebで見るにしても、老舗(しにせ)の、いい蕎麦屋に限ってWebサイトの更新がどうもいい加減なので仕様(しょう)がない。

 東京の藪・砂場・更科の御三家で、すぐにわかるところでは更科堀井がFacebookページの更新に熱心で、1月4日から開店しますとはっきり書いてある。そこでとりあえずF君とは麻布十番で待ち合わせということになった。

 晴れ上がる。青い空、良い天気、寒いことは寒いが、まことにいい日である。

 私は自宅の埼玉・越谷から、東武線・日比谷線・大江戸線と乗り継いで、エッチラオッチラ「総本家・更科堀井」へ向かったのだが、F君と落ち合う前、ついでに「永坂更科・布屋太兵衛」の方も覗いてみた。そうしたら、開店準備をしており、今日は店が開くことがわかった。それで、まず布屋太兵衛へ入ることにした。

 F君を待つ間、漫然と付近を歩いていたら、麻布十番に野口雨情の「赤い靴」(『♪赤い靴履いてた女の子』の歌い出し)のモデルになった女の子の記念像があることを知り、そこへなど行った。

 像の近くに記されている由来記などによると、この「きみちゃん」という女の子は、貧しい家から米国人宣教師の養女として貰われていき、その実母は娘が米国で幸せに暮らしているものとばかり思っていたという。ところがその実、女の子は麻布の孤児院で病死してしまっていたのである。悲しい物語である。

 うろつくうち、すぐ近所に、幕末の日米修好通商条約当時、最初の米国公使館となった寺があると知り、そこへ参詣してみた。善福寺と言い、遠く弘法大師空海の開山と伝わる。

 写真は往時の「勅使門」の再建であるという。

 F君と麻布十番駅で落ち合い、布屋太兵衛へ。

 布屋太兵衛ではぬる燗でお銚子を1本、名代(なだい)の御前蕎麦を1枚。

 それから更科堀井へ。

 焼き海苔、焼き味噌で「名倉山」のぬる燗を1本、2本。

 蕎麦は「太打ち」と「変わり打ち」をとって、これを二人で分ける。変わり打ちは「桜海老打ち」で、ほんのりと海老の香りがして旨い。

 更科堀井を出て、一応「麻布永坂・更科本店」の方にも足を延ばしてみたが、やはり営業は1月6日からで、開いてなかった。店の前で「梯子(ハシゴ)蕎麦記念写真」を撮った。

 F君と相談し、新橋まで行って見る。これはまあ、何か別の物でも飲み食いしよう、その前にチラッと日本橋近辺まで足をのばし、「虎ノ門・大坂屋砂場」の店構えでも見てからにしよう、というくらいの気持ちである。

 ところが、店の前まで行って見たら、1月4日でまだ17時前なのに、大坂屋砂場が開いていた。以前、ここは確か夜までの「通し営業」をしていなかったと思うのだが、どうやら変わったようで、おおっ、この機を()がすべからず、というわけで、すかさず入る。

 まずぬる燗を1本、それから「もり」を1枚。

 帰り、烏森(からすもり)神社に寄ってみたりなどする。

 その後、新橋駅周辺をうろつく。居酒屋1軒、焼き鳥屋1軒、ガード下の居酒屋にもう1軒入って、そろそろ二人とも呂律(ろれつ)が怪しくなり、22時ごろだったか、F君と別れた。

 明日は仕事だが、千鳥足で帰宅し、入浴、就寝。いやはや、手繰りも手繰ったり、飲みも飲んだり、というところである。

正月は米尽くし

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 「米尽くし」と言ったって、米国(アメリカ)尽くしではない。同じベイコクでも「米穀尽くし」のほうである。

 なにしろ、米の精である日本酒を飲み、酔い醒ましに玄米茶を飲み、小腹が減ったと言っては糯米(もちごめ)を練り上げた餅を食い、またこれを入れた雑煮を啜るわけである。

 まこと、よく豊葦原の瑞穂のうまし国にこそ生まれて生きざらめやも、なぞと思うわけである。

 これで、(ぬか)漬けを御菜(おかず)に白米の飯でも食えば、更に更に、まっこと、まこと、と思わずにはおれまい。何しろ糠は米の胚芽その他を()いて熟成させたものなのである。