翔んで埼玉

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 「翔んで埼玉」というと、魔夜峰央の怪作品で、知る人ぞ知る漫画だが、何か、この度映画化されるようだ。

 きたる平成31年2月22日封切らしい。

 ……GACKT主演だそうな。

 面白そうなので、ちょっと観たい、……かな。

ボヘミアン・ラプソディ

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 巷間(こうかん)話題の映画、「ボヘミアン・ラプソディ」を妻と見に行った。

 私は特別にクィーン・ファンというわけではないし、また、クィーンがスターとして脚光を浴びるようになった頃の私は小学校の低学年で、洋楽に耽溺するには幼すぎ、ためにそれほど強い思い入れはない。

 だが、私の兄は不良のロック小僧で、ボヘミアン・ラプソディのバラードとオペラの間に挟まる間奏の、♪ミ~レドソー、ミーラ~……というところをしょっちゅうギターで練習していたり、「バイシクル・レース」や「伝説のチャンピオン」「ドント・ストップ・ミー・ナウ」「ウィー・ウィル・ロック・ユー」などを繰り返し聞いたりしていたから、自然と私もクイーンの曲をいくつも知ることになった。

 しかし、そのヤンキーの兄は、成人する前に野垂れ死にしてしまった。

 そんな事情のため、間違いなく、他の多くの歌謡曲同様、私の少年時代から青春時代を通じた音の原風景に、こうしたクイーンのいくつもの曲が微音で流れているのである。

 映画はフレディ・マーキュリーの一代記とでもいったところだが、彼の生い立ちなどまでが克明に描かれているわけではなく、無名のアマチュア・バンドにフレディが我が身をねじ込み、そしてスターダムにのし上がり、伝説の「ライブ・エイド」に出場するまでを焦点に定めて描いている。

 もちろん表題作「ボヘミアン・ラプソディ」の制作秘話や、フレディの性的逸脱、メンバーの不和とそれを乗り越えての団結など、胸の熱くなるようなストーリーの合間合間に、名曲の数々がちりばめられていく。

 世間でも話題であるが、映画の最後は「ライブ・エイド」の忠実な再現だ。YouTubeなどであらかじめその動画を見ておくと、あまりにも完璧な再現、モノマネなどというには素晴らし過ぎる映画化に舌を巻くことは間違いない。だが、そういうテクニカルだけではなしに、まるで当時のライブ・エイドの観客としてその渦中に飛び込んだような、いや、それ以上の体験、クィーンの内面、ステージの奥にまで自在に入り込んで、時間を超えた興奮と熱狂の共有をしているような気にさせてくれる、見事な出来栄えであった。

 パンフレットとオリジナル・サウンドトラックのCDを買い込んだ。

 そのあと、妻と外で晩御飯を食べながら、この映画についてひとしきり語り合ったことであった。

フルメタル・ジャケット

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 それで、思わず「フルメタル・ジャケット」を見た。

 Amazon Prime Videoは誠に便利である。見たい時にすぐ見られる。壱金壱佰圓(ひゃくえん)也。

リー・アーメイ氏死去を今知る

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 「ミリタリー・チャンネル」の銃器レビュー番組などにもよく出ていた「サージ・ガニー」ことリー・アーメイ氏が死去していたことを今知った。

 「この人、そういや長生きだなあ、いくつなんだろ」などと思い、ウィキペディア見たら没年の記載があって、今年の4月とあるものだから、驚いた次第である。

 祈冥福(めいふくをいのる)

雨あがる

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 梅雨のさなかである。

 山本周五郎原作の、かれこれ18年前の映画、「雨あがる」がAmazon Prime Videoにあるのを見つけた。黒澤明の未完の脚本だという。

 この映画を知っていたわけではないし、特別な黒澤ファンというわけでもないのだが、惹き付けられるようにして見てみた。

 いやもう、こういういい映画を、見て暮らしたいモンだよねえ。

ロシアン・スナイパー

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 Amazon Prime Videoで「ロシアン・スナイパー」を見た。戦時中のソ連の女狙撃手、リュドミラ・パブリチェンコを描いたものだ。

 「スターリングラード」のような狙撃手と狙撃手の緊迫戦を期待して見たのだが、何だか、「リュドミラ・パブリチェンコのイメージビデオ」のような趣で、あまり面白くなかった。

 原題は「BITVA ZA SEVASTOPOL/BATTLE FOR SEVASTOPOL」となっており、これだと「セヴァストポリの戦い」という日本語訳になるが、文字通り「セヴァストポリの戦い」という題のままのほうがよかったのではないか。

 しかし、この主演のユリア・ペレシルドと言う人は、なんとも言えぬ変わった美しさで、作品はなんとはない暗い作品なのに、どこかしら茶目っ気が垣間見え、魅力的だなと思ったのだが、後でYoutubeを見ているとこんな動画があり、ロシア語で何を言っているのかわからないのだが、なかなかの演技派女優なのだなということが何となく分かるのである。

ICHI

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 流感(インフルエンザ)による風邪籠(かぜごもり)である。節々が痛く、熱も高熱で、しんどい。だが、静かに横臥していると、もともと所謂(いわゆる)「寝腰」のひどい私は、腰痛のためにたびたび起き上がらざるを得ない。

 しんどいのに、暇だ。

 家族が感染を用心しているため、リビングに出ていけない。寝室でPCでも見ているか、読書ぐらいしかすることがない。

 そこで、前から見たいなあと思いつつ見そびれていた映画をAmazon Prime Videoで見る。綾瀬はるか主演の「ICHI」。もう10年も前の映画だ。

 公開時にこれが「座頭市」へのオマージュ映画だということを、私は全く気付かなかった。なので、見なかった。最初から知っていたら見に行ったのに、と残念でならない。と言って、DVDなどを買って見るのも、高いので二の足を踏んでしまう。

 しかし、Amazon Prime Videoだと、Prime会員特典で見ることができる。

 面白かった。「座頭市」へのオマージュがふんだんに盛り込まれ、また、あの「泥まぶれ、血まみれ」の世界観もキッチリ踏襲していて、良かった。

 勝新太郎にせよビートたけしにせよ、主人公座頭市をややコミカルな人物として描きかつ演じている。しかし、「ICHI」ではコミカルな部分は助演の大沢たかおが受け持ちである。

 「あの人」というような扱いで、主人公が少女の頃の父代わりのような人物として、「座頭市らしき人」が出てくる。これがまた、味があって面白い。

 宿場町、賭場、イカサマ、博徒(やくざ)野伏(のぶせり)との対立、危機(ピンチ)、クライマックスでの対決など、もう、これほど忠実な座頭市映画もあるまい。毎週放映の「水戸黄門」を見るような安心感の中にも、座頭市を若い女に置き換えるという新たな設定が光る。いい仕事しているなあ、脚本家。

 ネットの評判はいろいろとあるようだが、座頭市が好きな私は、当然映画も好きだな。

 クレジット・ロールに、原作は子母澤寛の「座頭市物語」と出るが、これはわずかに誤りである。なんとなれば、「座頭市物語」で子母澤寛の書籍を探しても、ないからだ。あるのは童門冬二の「新・座頭市」か、子母澤寛の座頭市物語を含めたアンソロジーものである。座頭市物語は正確には子母澤寛の「ふところ手帖」の中にたった6ページほどしか出てこない短編なのである。勝新太郎の座頭市シリーズでも、作品によって「ふところ手帖」とクレジット・ロールに出る場合があったように記憶する。

ロッキー

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 先週いつだったか、タイムラインかウォール上に「実は『ロッキー』という映画は逆差別の映画だ」というリンクを見かけた。なるほど、そりゃ確かに……と思ったものの、よく考えてみたら私は「ロッキー」を見たことがないということに気付いた。

 Amazonプライムで見られることがわかったので、見てみた。

 見ているうちに差別がどうとかはもうどうでもよくなり、貧しい主人公たちの純愛に思わず涙ぐんでしまった。脚本はスタローン自身が書いているわけだが、よくこれだけのものを作る才能があったなあ、と思う。否、努力と言うべきか。

安藤親分

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 へええっ……というか、まだ生きてたとは知らなんだ。昔の人だとばかり思っていた。