Amazonアヒルちゃん(ネコちゃん?)

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 Twitterでこんなことを書いている人がおり、ほう、……と思って確かめてみたら、本当で、笑った。

 トップページのソースの一番最後、6341行あたりから。

暑くても秋

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 暑い。

 玄関先に半野良の老猫・ハートが寝そべっていて、出入りの邪魔だが、畜生をむげに扱うとバチがあたると思ってそのままにしている。

 長女が何か辛い料理を拵えている。夏だからという。出かけていた家内が疲れて帰ってくる。

 冷蔵庫から氷を取り出し、いつものとおりアイスピックを突き立てる。手許(てもと)が狂って、左の薬指をかすめ、少々血など出てしまう。それを舐めながらウィスキーを一杯。

 「秋隣(あきどなり)」はゆかしい季語だが、あんまりにも暑いものだから、とてものことに()めなかった。

 夏既に去る、一昨日立秋。だからこそ「残暑」とも言う。

 子供の頃は大人が交わす見舞状に「残暑御見舞」などという文字を見出しては、「夏真っ盛りなのに、なんで『残暑』??」などとも思ったものだ。

 これからどんどん暮れやすくなる。この(ゆうべ)も、窓の外にはなかなかになまめかしい色合いの空が拡がる。

 台風はゆきすぎて雨もなし。好日。

近所の老猫(ろうびょう)ハート

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 近所の老猫(ろうびょう)ハート。

 最近ますます億劫がるようになってきて、寝てばかりいる。猫の語源は「寝子」だというが、いかにも、である。

 基本的に野良なのだが、上がり込んできては人様の座布団の上で気ままに寝たりする。

 今日もなんだか、眠っているのかなんなのか、ニギニギもみもみと変な行動をとるので撮った。

半野良のハート

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 近所に住む半野良猫のハート、最近どうも老いてきたようで、厳しい寒さもあってか、餌を飼ってやると玄関に香箱(おまる)を作って座り込み、なかなか家から出て行かなくなった。玄関の上がり(がまち)に置いてある座布団に丸まり、放っておくと半日も眠っている。どうかすると知らぬ間にリビングのクッションに丸まり込んで、家の者が気づかぬのをよいことに一日がところ寝ていたりする。一体どこで脱糞などしているのか、謎だ。

 別に邪魔でもないので放っておいている。癖になるとよくないのはわかっているが、老猫(ろうびょう)なのでこっちにも惻隠(そくいん)の情というものが湧き、あまり苛烈には扱っていない。弱いものを扱うのに、万物の霊長たるの鷹揚悠然はあって之然(これしか)るべきだろう。

 近所に住み着いてからかれこれ8年ほども経つ。猫は人の6~7倍のスピードで歳をとると言うから、ハートも近いうちに死ぬように思うのだが、どうすればよいかは、まあ、その時考えればいいだろう。あいつも、苦しくとも自由な半野良のほうがきっといいに違いない。

猫の恋

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()ゐ寝(いね)()こゑ()高し猫の恋   佐藤俊夫

#kigo #jhaiku #haiku #saezuriha (季語は「猫の恋」)

猫の恋

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今週

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月曜日

○ 竹田圭吾氏の死去がデビッド・ボウイのそれにかき消されてしまっているようであることに、そぞろ「もののあはれ」のようなものを感じてしまった。なんというか、不覚というか。

 いや、デビッド・ボウイも竹田圭吾も、ハッキリ言ってどっちも知らんのですよ、私。……あっ、デビッド・ボウイのほうは、若い頃に見た「戦場のメリー・クリスマス」に出てたから、ちょっとだけ知ってるっちゃあ知ってますがね。だが、そもそも、だいたいからがして、何の歌を歌ってたどういう人物かとか、全く知らんのですわ。だからと言って、竹田圭吾に至っては「……誰?」状態であって、何の興味も関心もない他所(よそ)の人である。すみません、バカなんです私。

 どうあれ、人が死んだことは悼むべきことなので冥福を祈るが、誰か知らない、自分に関係のない人が死んでも、今いち腹の底からの悲しみは湧きにくいと言うのが正直のところである。

○ 先週のお笑い国会は、もうあれはアレでああいうもの、ということで忘れていたのだが、夕刊ゲンダイの大見出しで「年金4兆円」って書かれていて、笑いが蘇ってしまった。

○ 「菊正宗」のCMって、れっきとした歌手のシングル・リリースの曲だということをある方のFB投稿から知って興味深かった。

火曜日

○ 月曜は祝日ではあったが、泊まり込みの仕事だった。それが引けて、火曜の夜は新年会だった。

 職場の新年会は忙しいこともあって人が集まりづらい。そこで幹事が脳漿を絞り、「持ち寄り会」で気楽に集まろう、ということに一決した。

 帰省していた人などが多いため、北海道から沖縄、はては海外からも山海の珍味酒肴が集まった。

 その中に石川県は能登名産の「河豚子(ふぐこ)」があった。河豚(ふぐ)のはらこを糠漬けにして熟成させたものだ。噂には聞いたことがあったが、実物を食べてみたのは初めてである。

 これは聞きしにまさるもので、誠にうまかった。

 言わずと知れたことだが、河豚の卵巣は有毒で食うことはできない。しかし、石川県名産の河豚子は古くから伝わる独特の製法によって毒が消え、逆に得も言われぬ旨味を生じるのである。河豚子の調理は法律で厳しく制限されているが、石川県の河豚子のみは特に製造を許されているのだという。

 塩辛く、酒に合う。同じく持ち寄りの山形県の名酒「出羽桜」、紙コップに注いだのが、さながら消えるが如くすすむのであった。

 河豚子はネット通販などでも買えるようだ。

○ 突然老眼鏡のフレームが壊れた。何もしていないのに「パチン」と蔓が切れ、レンズがはじけ飛んだのだ。うーん、不吉である。新しい老眼鏡買わなくっちゃ。

○ 「千一夜物語」1巻、読了。2、30年ぶりの再読。面白い。以前どこかで、「旅、食、エロ。この三つが含まれていると、漫画でも小説でも映画でも、おっさん連中は喜んで読む。鬼平犯科帳など、一連の池波正太郎作品なんか、そうでしょ?」という意見を読んだことがあるが、そこへいくと千一夜もそうである。なるほど。

 1巻から2巻へかけての話中話に出てくる鬱陶しい床屋なんか、抱腹絶倒間違いなしの面白さだ。

 引き続き第2巻にかかる。

水曜日

 SMAPのメンバーのうち4人までもが事務所を移籍する、残るのは木村拓哉だけという噂、要するにもうほとんど解散か!?……というような内容の芸能ニュースが流れていた。そうなったらカンニング竹山とかビビる大木などの「コンビ名つけたピン芸人」みたいに「SMAP木村」とかわざわざ名乗るようになンのかなあ、などと想像してワロタ。

 「ピンアイドル」「SMAP木村」て、アンタw。

木曜日

 今週は急に気温が下がった。

金曜日

○ ゴミ捨て当番だったので、ゴミを取りに行ったら前日の当番が仕事をしておらず、前々日もそうだったらしくてオッソロシイゴミの山。シュレッダー屑から食い滓から空き缶から瓶から、とても一人では運べない。さすがに前日と前々日の当番に文句を伝えたら手伝いに来て、なんとかなった。

○ FBのウォールにこういうのがシェアされてきた。

 うーん。私、ここに書いてあること、全部やってるんですけど、貧乏人なんですよねえ。ToDoリストはもちろん作ってるし、テレビなんてほとんど見ないし、読書なんてもう、それ以外の楽しみったら駄文書きくらいだし、有酸素運動なんざ言わずもがなだ。

 ToDoは、私が勤勉・几帳面だから作ってるんではない。どうも私はバカなので、やることを紙に書いて、それに従ってやらないと、忘れたり、混乱したり、うまくできなかったりするんですよ。

 ある時、発達障害(ADHD)の人がなんとか他人に迷惑をかけずに社会生活を送るには、「やることリスト」を作ってそれに従って生活するとよい、みたいなことが書かれたものを読んだことがある。ははあ、俺もToDo作らないとモノを忘れる、ってことは、俺、かなり発達障害じみてンだなあ、などと、なにやら悲哀を覚えてしまった。

 そのことを考え合わせると、金持ちどころか、病気直前じゃねえか俺、……と思うのである。

○ やっとこさ休前日なので、酒はコッチ。

休前日のブラックニッカ・リッチブレンド
休前日のブラックニッカ・リッチブレンド

土曜日

 センター試験に行く長女。頑張るのじゃぞー!と、送り出す。

 今(19時ちょうど)、マフラー巻いて白い息吐いて、地域猫のハートと「ただいま~」と帰ってきた。

一発で消し飛ぶ

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横綱空母 フランスでは、珍しい上下両院の合同緊急国会が開かれ、全議員あげて「♬オー ザルム シトワイヤン、フォルメ ヴォ バタイヨン……」と国歌ラ・マルセイエーズをがなり立て、断固断然、空母シャルル・ド・ゴールに陸海空の将兵を満載、これをしてシリア正面への征途に向かわしめたという。日本で言えば与野党衆参全議員が歩兵の本領か海ゆかばを絶唱し、旭日旗を振り立てつつ興奮のまま敵国へ自衛隊を投入するようなものである。

 日本人一般のセンチメントとしては憤怒に狂ったフランスを泣く、と言ったところだったのだが、それがまた、白鵬の「猫だまし」一発の威力たるや。ニュース・ヘッドラインはそれ一色、ソーシャルのアバターをトリコロールに彩って気分を出していた人々の頭から、パリの惨劇なんか跡形もなく消し飛んでしまったばかりか、苦言を呈した北の湖親方その人が急死したとあればもう、心はソッチに完全スイッチである。

 人の気分の中ではものごとの大きさ重さなんてものは、結局感情的に自分に関係あるかないかだ。シリア方面で手塞がりになった欧州ひいては米国は、老獪化したプーチンロシアにブチ切れ気味の難癖つけつつ、

「こらっ!日本ッ!!なにボケッとしとんねんっ!ワシらは忙しいんじゃ!何が猫だましじゃアホンダラ!……何?南シナ海?知るかそんなもん。お前ら自力でどうにかせんかい!ワシは知らんッ!」

……みたいな、ねえ。そうなってみないと自分の気分には関係してこんわナ。

 今日も人はバタバタと死ぬ。罪ある者も罪なき者も、一緒くただ。悲しい哉、悲しい哉、悲しい哉。悼む他にできることがない。悼むべし、悼むべし、悼むべし。

登戸稲荷社

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47597487 近所の稲荷社「登戸神社」の縁起や、地域の旧家、関根家、浜野家の来歴なども簡単に知るなど。

 祭神を「倉稲魂命」といい、こう書いて「うかのみたまのみこと」と訓むそうな。

 日本書紀を紐解くと、岩波の「日本書紀(1)」では、40ページあたりに、

(日本書紀〈1〉(岩波文庫)、40ページより、下線太字筆者)

 一書曰、伊弉諾尊與伊弉冉尊、共生大八洲國。然後、伊弉諾尊曰「我所生之國、唯有朝霧而薫滿之哉。」乃吹撥之氣、化爲神、號曰級長戸邊命、亦曰級長津彥命、是風神也。又飢時生兒、號倉稻魂命

 一書(あるふみ)に曰く、イザナギノミコトとイザナミノミコトと、共に大八洲國(おおやしまのくに)を生みたまふ。しかりしてのちに、イザナギノミコトののたまはく、「我が生める国、ただ朝霧のみありて、薫り満てるかな」とのたまひて、すなはち吹きはらふ氣(いき)、神となる。號(みな)をシナトベノミコトとまうす。またはシナツヒコノミコトとまうす。これ風神なり。また飢(やは)しかりし時に生めりし兒(みこ)を、ウカノミタマノミコトとまうす。
()み下し筆者

……と見える。

 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)は「稲荷」の神である。稲荷は「稲」「荷」の字にも表れている通り、稲がたくさん集積されたところの神で、豊穣の穀物神である。

 この神が使役するところの手下がすなわち「キツネ」で、そこからオイナリさまと言えばキツネということになったのであった。