熱いやんけッ!!(笑)

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 いやもう、ホンマのホントに暑い。いや、字が(ちご)うたある、「熱」い。

 クーラーがブンブン唸りを上げるから、温度計持って表に出てみたら、どないだ、この始末でっせ大将。

 ……とまあ、おもわず大阪弁になってしまうほどの暑さだ。

画像 「Yahoo!天気」から引用

 天気サイトその他ではこれほどのことにはなっていないから、これは私の住む住宅密集地のアスファルト上の特性なのだろう。

 それにしても熱い。蝉が鳴いていなくても暑さでジーィ~……、と耳鳴りがするような気がする。私の住む越谷市は、ヒートアイランド現象が名物でもある。

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 今日は盆である。

 日本は夏中「盆の連続」である。そのことは、以前このブログにも書いた。

  •  (このブログ、平成29年(2017)08月13日(日)08時34分)

 いわば、今日が盆のスタートである。今日については、盆・新暦旧盆・旧盆と、いろいろと呼び方もあり、ややこしい。

 もともとの盆は旧暦七月十五日だ。今年の旧暦七月十五日は新暦8月25日の土曜日にあたる。だからまだまだ先のことではある。

 酷暑の一日が暮れかかる。月は三日月。烈日をそっと追いかけてゆく。都会に限らず、低い空を(さえぎ)る建物が込み入った街では、いまや三日月を見ることも難しい。

 盆とはいえ、また、仏教徒を僭称しているのにもかかわらず、自宅に仏壇をしつらえているわけでもない私は、ともかく飲酒に及ぶ。ウィスキー。オンザロック。

 神道ならば清めに酒を用いもしようが、仏教にそれはない。無理やり、神仏習合を強弁して、酔う。

暑ッ……っつーか、熱ッ(笑)

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画像 Yahoo!天気予報から引用

 いやはや、参ったなコリャ、……というほどの暑熱。

 越谷市は全国有数のヒートアイランドが名物で、暑熱で知られる群馬・前橋、埼玉・熊谷に時折勝ち、(たま)さかには那覇にも勝つという炎熱シティなのである。

 自宅は冷房をかけており、室内はどうということもないが、昼になるにつれエアコンの作動音が猛然と唸り出す。屋外がよほどの高熱であると知れる。

 今や誰しもスマホやタブレットにMVNOのSIM挿して、繋がりづらいし変な通信も発生するからいきおい過熱、そりゃあ、屋外ではこうもなろうて。

入れ歯

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 先々月来受診中の右上奥歯全部喪失の件。

 今日ようやく入れ歯の型をとった。再来週には入れ歯が出来上がる。

 インプラントは1本30~40万円。奥歯3~4本をインプラントにして100万以上も使うぐらいなら愚娘(ぐじょう)どもに学費その他としてくれてやったほうがまだしもである。

 そういうわけで、自分の歯は入れ歯の「一択」である。

ワロタ

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 うん、あるある。端的過ぎてワロタ。

梅雨(つゆ)最中(さなか)の月

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 仕事帰り、東の空をふと見ると、大きな月が昇り始めた。今日は旧五月十五日の望夜、さてこそ大きな月であるはずだ。

 ちょうど真南に赤々とした大きな星が見える。多分木星かな、と、帰宅してから調べてみると果たして木星であり、ほぼ20時南中である。

梅雨(つゆ)の晴れ間の夕焼け

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 梅雨の晴れ間だというのに、まるで秋のような見事な夕焼けになり、あたりが真っ赤に染まった。

 今年の梅雨明けは、どうだろう、早いだろうか。

 十一夜の月が青く(かす)んで浮かんでいる。

梅雨(ばいう)あかるし

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 さすがは夏至過ぎ、梅雨(つゆ)の雨模様だというのに、まだ明るい。しかし梅雨(ばいう)前線は長々と日本列島南側をのたくっており、さながら竜の如し、である。

 庭づくりの丁寧な近所の家々では、百日紅(さるすべり)が咲き始めた。梅雨寒のなか、そこだけポッと燈がともったように見える。

通勤電車内寸描

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 梅雨も半ばとはなったか、通勤路の紫陽花が曇り空に色を添え、殺伐とした気持ちを少し和らげてくれる。

 近所の駅からいつもの電車に乗る。

 いつ頃からだろうか、通勤客のほとんどがスマホを持ってなにか見ているようになったのは。

 少し前ならスマホのゲームに没頭しているのなど、若者の専売特許みたいなもんだったが、いまや中年どころか、50がらみ、いや、下手すりゃ60代とおぼしい、頭に霜を置いた分別盛りがゲームに没頭している。

 残りは眠っている。

 眠っているか、ゲームしているか。

 私の家には長女が飼っているハムスターがいるが、眠っているか、餌を食っているか、暴れているかの三態なので、通勤時に限って言えば、通勤客よりはハムスターのほうが多態性において勝る。

 そういえば、今私が乗車している周囲5メートル半径だけに限って言えば、「『紙』の新聞」を読んでいる人がいない。いつのまにか車内の景色は変わった。こうなってしまっては、新聞も、もうダメだろう。人々を思想的に洗脳するために、新聞社や新聞記者に工作するのなど、こうなっては時代遅れだということだ。

 私も、もうかれこれ17、8年前から新聞を購読していない。金がもったいないと思うようになったのと、ウソ記事ばかり読まされるのに辟易したのと、大きくはこの二つの理由からである。あの頃はまだ新聞は健在だったから、その点、私は結構新しい。