海の日

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天皇陛下万歳

 祝日「海の日」である。朝から真夏らしく暑い。青い空の下、玄関先に国旗を掲げる。

 四面環海の我が国柄を思う。今日の小笠原あたりの海は、どれほど青く、海風が渡り、暑いだろうか。

 (かしこ)し、そういえば、眞子内親王殿下の婚約者小室圭氏は、「海の王子」だったなあ。

 皇室の平安を祈るとともに、若い二人が世間に揺さぶられず、平穏に愛を成就できるよう祈ってやまない。

こどもの日

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天皇陛下万歳

 祝日「こどもの日」である。

 かつては「子供の日」と書いたが、「子供という言葉は差別だ」などというわけのわからない差別団体の運動により、ゆかしい「子供」という言葉が廃せられようとしているのは、残念なことである。しかし、「悪法も法なり」ということもあるから、屈従してこれを受け入れよう。

 いつも書くことであるが、この「こどもの日」は、法定の「母の日」でもある。

 祝日法を以下に引いてみよう。

国民の祝日に関する法律(祝日法)より引用

第二条 「国民の祝日」を次のように定める。
(中略)
こどもの日 五月五日 こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。
(後略)

みどりの日

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天皇陛下万歳

 祝日「みどりの日」である。

 先帝陛下は生物学者であらせられた。そのため、植樹祭などにはことのほか御熱心であらせられた。

 そのことを思い出しては、熱いものが胸に迫るのである。

憲法記念日

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天皇陛下万歳

 祝日「憲法記念日」である。

 生憎(あいにく)天気は良くないが、国旗を掲揚する。

 私はふざけて「日本国憲法は大日本帝国憲法に定められた改正手続きを正しく()んでいないから憲法それ自体が『違憲』であり、即時破棄が憲法上正しい」というキチガイのような冗談を書くことがあるが、これは無論冗談であることは言うまでもない。

 憲法記念日にあたり、そのような冗談は脇へ置き、よく護憲精神を称揚し、銘肝したいと思う。

昭和の日

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天皇陛下万歳

 祝日「昭和の日」である。

 昭和ももう遠くなった。既に30年。懐かしい。

春分の日

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天皇陛下万歳

 祝日「春分の日」である。

 あいにくの雨模様だが、国旗を掲揚して拝礼する。

 かつてこの日は「春季皇霊祭」という皇室行事に(ちな)む日であったが、戦後祝日「春分の日」と改められたものである。

建国記念の日

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天皇陛下万歳

 祝日「建国記念の日」である。玄関先に掲揚した国旗は新春の青空と陽光に映えて美しい。

 言うまでもなく今日は昔でいう「紀元節」であり、神武天皇即位の記念日である。日本人すべての新春だ。

成人の日

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天皇陛下万歳

 祝日「成人の日」である。

 曇天だが、軒先に高々と国旗を掲揚する。

 長女がようやく成人式を迎えることができた。まだ学生の(すね)(かじ)りだが、なんとかここまできた。

 長女は気分が乗らないらしく、今日は特に衣装を整えたり盛り場に出かけたりと言ったことはしないようだ。せっかく準備していた振袖も、キャンセルしてしまった。それもよい。いろいろな成人式があるということなのだろう。

 私自身も、30年前、自分の成人式に出ていない。これは、長女と違って、その日は仕事をしていたからである。

 だから、数年前まで「荒れる成人式」というようなニュースを見聞するたび苦々しく思っていた。しかし今は、そういうふうに思っていない。自由に喜べ、と思う。乱痴気騒ぎをする無軌道な若者も許され、また、長女のように、静謐に成人式を送る喜び方も、また許容されるのだ。

 成人式だけではない。いまや、人のあらゆる()り方を許容しなければならなくなった。挨拶をしない、性を転換する、ホモ、レズ、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、別姓の夫婦、一生独身、子供を作らない、子育てをしない、学校へ行かない、仕事をしない……私などからするとこうしたことどもは生理が許容しないのであるが、しかし、そこを、「理性で許容せよ」と社会が求めているように思う。なかなか許容は難しいが、しかし、寛容はできる。許容と寛容は違うし、寛容されている側の立場になれば、今風な言い方をすれば「上から目線で憐れむのはやめろ」ということにもなるだろう。だが、許容できないのなら寛容するより他にない。

 たとえ苦しくとも、間尺に合わないと感じようとも、これまで自分が我慢し、それを受け入れてきた、というようなことを、相手も同様に受け入れられる、相手もできるはず、それを相手がしないのは、相手が怠けているからだ、相手に忍耐の精神がないからだ、相手の努力不足だ……などと思うのは、自分の思い上がりと言うものなのだろう。

 私などは、国民たるもの、(すべか)らく「一旦緩急あれば義勇公に報ず……」べき、というふうに考えているが、そんなの、断じて嫌だ、と言う人だって、世の中たくさんいる。というか、そんな人ばかりである。

 私は、それをも寛容しようと思う。

 しかし付言しておけば、だから、逆に、かつて「一旦緩急あれば義勇公に報……」じてきた人々、というものも、相手に受け入れられ、寛容されなければならない、というのは自然の流路と言える。

天皇誕生日

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天皇陛下万歳

 祝日「天皇誕生日」である。冬麗の空に向け、玄関先に国旗を掲揚する。

 昔の言い方なら「天長節」である。「天長地久」の意であるという。

文化の日

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天皇陛下万歳

 祝日「文化の日」である。

 いうまでもなく、明治天皇の生誕記念日、「明治節」が変化した祝日だ。

 祖父母が生まれた明治を思う。曾祖父母は当然のことながら江戸時代に生きていた。

 昭和の戦争の時代も激動の時代であったには違いないが、明治もまた、革命的な男の時代だっただろうと思う。