秋分の日

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天皇陛下万歳

 祝日「秋分の日」である。国旗を掲揚し拝礼する。

 戦前は秋季皇霊祭であったが、民間でも昔から「彼岸の中日」でもあり、「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」というこの祝日の主旨と一致する。
 

敬老の日

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天皇陛下万歳

 祝日「敬老の日」である。国旗を掲揚し拝礼する。

 今や、老人があまりにも複雑な状況に置かれる世相となった。しかし、老害だなどと批判に晒されるのは、半面手厚い保護と尊敬があるからでもある。

 何にせよ、老いることを忌避すべきことと思うまい、悲しむべきことと思うまい、懊悩すべきことと思うまい。それは寿(ことほ)ぐべきことだ。もし自分の老いる日々が想像の外にあったとしても。

 なぜなら、その日々は全く来ないか、確実にやってくるかの二者択一なのだから。老いる前に死ぬか、老いるかの二者だ。

 まったくやって来ないものは、確実に来るもの同様に現実感をともなって感じられる場合もある。つまり、老いる前に死ぬのを想像することは、現実に老いるよりもなお老いの感覚を濃厚にする。

海の日

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天皇陛下万歳

 祝日「海の日」である。朝から真夏らしく暑い。青い空の下、玄関先に国旗を掲げる。

 四面環海の我が国柄を思う。今日の小笠原あたりの海は、どれほど青く、海風が渡り、暑いだろうか。

 (かしこ)し、そういえば、眞子内親王殿下の婚約者小室圭氏は、「海の王子」だったなあ。

 皇室の平安を祈るとともに、若い二人が世間に揺さぶられず、平穏に愛を成就できるよう祈ってやまない。

こどもの日

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天皇陛下万歳

 祝日「こどもの日」である。

 かつては「子供の日」と書いたが、「子供という言葉は差別だ」などというわけのわからない差別団体の運動により、ゆかしい「子供」という言葉が廃せられようとしているのは、残念なことである。しかし、「悪法も法なり」ということもあるから、屈従してこれを受け入れよう。

 いつも書くことであるが、この「こどもの日」は、法定の「母の日」でもある。

 祝日法を以下に引いてみよう。

国民の祝日に関する法律(祝日法)より引用

第二条 「国民の祝日」を次のように定める。
(中略)
こどもの日 五月五日 こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。
(後略)

みどりの日

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天皇陛下万歳

 祝日「みどりの日」である。

 先帝陛下は生物学者であらせられた。そのため、植樹祭などにはことのほか御熱心であらせられた。

 そのことを思い出しては、熱いものが胸に迫るのである。

憲法記念日

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天皇陛下万歳

 祝日「憲法記念日」である。

 生憎(あいにく)天気は良くないが、国旗を掲揚する。

 私はふざけて「日本国憲法は大日本帝国憲法に定められた改正手続きを正しく()んでいないから憲法それ自体が『違憲』であり、即時破棄が憲法上正しい」というキチガイのような冗談を書くことがあるが、これは無論冗談であることは言うまでもない。

 憲法記念日にあたり、そのような冗談は脇へ置き、よく護憲精神を称揚し、銘肝したいと思う。

昭和の日

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天皇陛下万歳

 祝日「昭和の日」である。

 昭和ももう遠くなった。既に30年。懐かしい。

春分の日

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天皇陛下万歳

 祝日「春分の日」である。

 あいにくの雨模様だが、国旗を掲揚して拝礼する。

 かつてこの日は「春季皇霊祭」という皇室行事に(ちな)む日であったが、戦後祝日「春分の日」と改められたものである。

建国記念の日

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天皇陛下万歳

 祝日「建国記念の日」である。玄関先に掲揚した国旗は新春の青空と陽光に映えて美しい。

 言うまでもなく今日は昔でいう「紀元節」であり、神武天皇即位の記念日である。日本人すべての新春だ。