なんだか涙まで

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 真昼間ッからウィスキー喰らって酔い()れていたら、なにがなんだかもう、さっぱりワケが分からなくなってきちゃって、朦朧となっちゃって、音楽も映像も一緒くたになって、なんだか涙まで出てきた。

一杯

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 ショットグラスに金平糖を少し入れ、そこにウィスキーを()いで飲むとけっこう旨い。

 この次はこれを江戸切子の気の利いた硝子でやってみたいが、いかんせん金がない。そのうちにやってみよう。

一杯

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 料峭(りょうしょう)、……と言えるほどの晴れやかさでもなかったが、しかし、春らしい、風の光る一日だった。

 今日の肴はちょっと刺身などをはりこんでみる。

 ぬるい燗で安いところを一杯。旨い。

稽古オーバーホール稽古飲酒

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 このブログは「オッサンとバイエル、ピアノ等」と題している割には、一昨年ごろからピアノの記事がほとんど、というか、全然、ない。

 理由は簡単で、単純に「仕事が忙しかったから」である。

 今日は久しぶりにピアノの稽古を少しした。レパートリーは激減し、今弾けるのは「ノクターン」だけだ。それでも、できるだけよい音で弾こうとする。

 愛用のデジピ「Roland FP-7」は、少し前から鍵盤のバランスが狂いはじめ、いくつかの特定の音だけ硬くて大きな音が出るようになってしまってきている。そろそろメーカーに頼んでオーバーホールかなあ、と思いつつも、予約したり出張修理に来てもらったりというのが億劫で、手を出しかねていた。

 しかし、今日のように少し真面目に練習しようとすると、その音が気になって仕方がない。最近稽古をサボっているのをその音のせいにしてしまう。

 今日の何回かのノクターンの稽古で、強く出てしまう音だけソッと弾く、などということをしているうち「ええい、面倒なッ!!」と、ドライバーと工具をつかんで立ち上がる私なのであった(笑)。

 クパアアアアッ!……とピアノをヒンむく。

 分解してみるとFP-7は割合に簡単な構造で、電源やペダルのコネクタを全部抜き、楽譜立てを外し、底面のネジを全部外せば、本体の上蓋が向こうへ外れるようになっていた。

 案の定ピアノの内部は(ほこり)まみれだ。10年以上もリビングに放置したまま、次女ともども弾きまくったんだもんな。

 恐らくはゴミや埃の類が打鍵センサーの表面や鍵盤とセンサーの間などに蓄積し、打鍵圧の検知をおかしくしているのであろう。

 フロンガスのダストブロワーや掃除機、硬く絞った雑巾などを総動員してゴミや埃をきれいに取り除き、元通りにふたを閉め、ネジを締める。

 気を取り直してノクターンを弾く。一部、ひどかった鍵はまだ大きな音が出てしまうが、その他の気になっていた鍵盤はこれでほとんど直ったようだ。

 午後の日が明るく、窓の外の空が青い。ノクターンは文字通り夜の曲だが、美しいメロディは今日のような春昼(しゅんちゅう)にも弾いて楽しい。

 ホッとしてウィスキーを一杯。

一杯

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 まだ昼めしの前だが、一杯。

 肴は、昨日の帰り、九段・増辰海苔店で買った九州産の「金曜焼きたて」。

一杯

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 一杯。

 さて今日もキコシメそうかな、何か肴は……と思ったが、適当なものがない。

 そういえばこの秋は柚子味噌(ゆずみそ)を作らなかったな、などと思い出す。柚子味噌は晩秋の青柚子でも旨いし、冬のさなかの、黄色く大きく熟れた柚子で作っても旨い。

 しかし、冷蔵庫に柚子はない。

 台所をあさるとレモンがあった。饂飩(うどん)にレモンを絞りかけたり、輪切りを浮かべたりするととても旨いことを思い出した。特に肉饂飩(にくうどん)などには非常に合い、肉が柔らかくなるばかりか、肉の臭み消しにもなる。

 そこでまったくの思い付き、「レモンの焼味噌」を作ってみた。

 レモンを半個輪切りにし、絞って果汁をとる。このとき、種を丁寧に取り除く。絞りかすの内側の果肉を袋ごとスプーンでこそぎ取り、まな板の上で細かく刻み、包丁でよく叩く。これを果汁に混ぜ合わせる。

 レモンの皮も細かく刻み、包丁でよく叩き、これも果汁に混ぜ合わせる。

 八丁味噌を大(さじ)(ふた)匙ほど、上記果汁に混ぜ合わせる。

 電子レンジで3分ほど火を通す。

 熱く煮え、水分が少し飛んだ味噌を木杓文字(しゃもじ)か木(べら)に塗り付け、火で(あぶ)って()がせば出来上がりだ。

 ほろ苦く、香りがよく、塩気が利いて旨い。好みで葱のみじん切りなどを混ぜても旨いだろう。

 写真に木箆ふたつ分が写っているが、これで4合くらいは飲んでしまえそうである。

蕎麦屋の梯子(ハシゴ)

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 旧友にして畏友のF君と、蕎麦屋の梯子(ハシゴ)をした。

 F君は関西へ単身赴任中であり、(たま)さか東京の自宅へ帰る際には、どうも東京らしいものを食べたくなるようで、いきおい「佐藤、蕎麦屋に行こう」ということになるのである。

 実のところ、いい蕎麦屋は年明けの初店(はつみせ)が遅く、多くの蕎麦屋が今年はだいたい1月6日土曜日からの営業だ。今日(1月4日)と言う日に開いている蕎麦屋はなさそうである。また、空いているかいないかも、座していては実のところはっきりしない。電話して確かめるにしても夜間となれば詮ないことで、またWebで見るにしても、老舗(しにせ)の、いい蕎麦屋に限ってWebサイトの更新がどうもいい加減なので仕様(しょう)がない。

 東京の藪・砂場・更科の御三家で、すぐにわかるところでは更科堀井がFacebookページの更新に熱心で、1月4日から開店しますとはっきり書いてある。そこでとりあえずF君とは麻布十番で待ち合わせということになった。

 晴れ上がる。青い空、良い天気、寒いことは寒いが、まことにいい日である。

 私は自宅の埼玉・越谷から、東武線・日比谷線・大江戸線と乗り継いで、エッチラオッチラ「総本家・更科堀井」へ向かったのだが、F君と落ち合う前、ついでに「永坂更科・布屋太兵衛」の方も覗いてみた。そうしたら、開店準備をしており、今日は店が開くことがわかった。それで、まず布屋太兵衛へ入ることにした。

 F君を待つ間、漫然と付近を歩いていたら、麻布十番に野口雨情の「赤い靴」(『♪赤い靴履いてた女の子』の歌い出し)のモデルになった女の子の記念像があることを知り、そこへなど行った。

 像の近くに記されている由来記などによると、この「きみちゃん」という女の子は、貧しい家から米国人宣教師の養女として貰われていき、その実母は娘が米国で幸せに暮らしているものとばかり思っていたという。ところがその実、女の子は麻布の孤児院で病死してしまっていたのである。悲しい物語である。

 うろつくうち、すぐ近所に、幕末の日米修好通商条約当時、最初の米国公使館となった寺があると知り、そこへ参詣してみた。善福寺と言い、遠く弘法大師空海の開山と伝わる。

 写真は往時の「勅使門」の再建であるという。

 F君と麻布十番駅で落ち合い、布屋太兵衛へ。

 布屋太兵衛ではぬる燗でお銚子を1本、名代(なだい)の御前蕎麦を1枚。

 それから更科堀井へ。

 焼き海苔、焼き味噌で「名倉山」のぬる燗を1本、2本。

 蕎麦は「太打ち」と「変わり打ち」をとって、これを二人で分ける。変わり打ちは「桜海老打ち」で、ほんのりと海老の香りがして旨い。

 更科堀井を出て、一応「麻布永坂・更科本店」の方にも足を延ばしてみたが、やはり営業は1月6日からで、開いてなかった。店の前で「梯子(ハシゴ)蕎麦記念写真」を撮った。

 F君と相談し、新橋まで行って見る。これはまあ、何か別の物でも飲み食いしよう、その前にチラッと日本橋近辺まで足をのばし、「虎ノ門・大坂屋砂場」の店構えでも見てからにしよう、というくらいの気持ちである。

 ところが、店の前まで行って見たら、1月4日でまだ17時前なのに、大坂屋砂場が開いていた。以前、ここは確か夜までの「通し営業」をしていなかったと思うのだが、どうやら変わったようで、おおっ、この機を()がすべからず、というわけで、すかさず入る。

 まずぬる燗を1本、それから「もり」を1枚。

 帰り、烏森(からすもり)神社に寄ってみたりなどする。

 その後、新橋駅周辺をうろつく。居酒屋1軒、焼き鳥屋1軒、ガード下の居酒屋にもう1軒入って、そろそろ二人とも呂律(ろれつ)が怪しくなり、22時ごろだったか、F君と別れた。

 明日は仕事だが、千鳥足で帰宅し、入浴、就寝。いやはや、手繰りも手繰ったり、飲みも飲んだり、というところである。

正月は米尽くし

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 「米尽くし」と言ったって、米国(アメリカ)尽くしではない。同じベイコクでも「米穀尽くし」のほうである。

 なにしろ、米の精である日本酒を飲み、酔い醒ましに玄米茶を飲み、小腹が減ったと言っては糯米(もちごめ)を練り上げた餅を食い、またこれを入れた雑煮を啜るわけである。

 まこと、よく豊葦原の瑞穂のうまし国にこそ生まれて生きざらめやも、なぞと思うわけである。

 これで、(ぬか)漬けを御菜(おかず)に白米の飯でも食えば、更に更に、まっこと、まこと、と思わずにはおれまい。何しろ糠は米の胚芽その他を()いて熟成させたものなのである。