猛暑を漫歩

投稿日:

 近所の家々の庭の百日紅(さるすべり)が文字通り(あか)い。桃色のもの、真っ赤なもの、珍しいのには青いのもある。

 このところ、気象庁によれば災害と言ってよい暑さだという。各地で気温が40℃を超すのは確かに尋常ではない。しかし百日紅にとっては生を謳歌すべき暑さのようで、どのお宅の百日紅も、内側からもりもりと膨れ上がるように咲いている。

 神田へ行き、気になっていた「オリーブ天ぷら 玉衣」という天婦羅屋に入ってみた。よく行く蕎麦の名店「室町砂場」の向かいに、穴子めしの専門店「玉ゐ」がある。先日そこへ入って舌鼓を打ったのだが、その時店頭に置かれていたショップカードでこの天婦羅屋を知ったのだ。系列店であるらしく、同じ「たまい」の店名である。

 定食と酒を一杯。まことに旨い。

 それから、銀座へでも行ってみるかと歩を進め、思いついて途中で有名な蕎麦屋「日本ばし 吉田」へ入ってみた。

 酒と焼海苔を頼んだのだが、海苔がグニャグニャに湿って反っており、残念だった。焙った跡はあったので、たかが焼海苔にずいぶん時間がかかるな、というほど待たされたところからして、さしずめ出すのに手間取り、厨房の湯気のあたるようなところに放っておかれていたのだろう。ま、有名店だから忙しいのだろうとは思う。文句を言っても仕方がない。「もり」を一枚。蕎麦については可も不可も特になし。

 諦念めいて飲み食いしていたら、隣に下駄履きの横柄な和服老人が座った。私の隣の奥の席にドカと座り、ふんぞり返って店員さんを試しでもするかのような嫌な声色で「大もり」とだけ一言。見ていて不愉快だった。ツイと立つと「手洗い」と吐き捨てるように言い、「階段を上がったところです」と丁寧に答える店員さんが気の毒になった。これだから老人は嫌いだ。口に出す言葉は名詞だけ。「大もり」「手洗い」て、お前は名詞しか言えんのかい。自分ちで女房に「フロ」「メシ」しか言ってねえんじゃねえか。自宅じゃねェんだよ馬鹿野郎。

 別に腹も立たない。そういう体力がもはや、ない。悄然、面白くもなく店を出る。

 ふと見上げると、「貨幣博物館は↑」と案内の矢印看板が出ている。日銀の博物館だ。前から見てみたかったところだ。

 前にこの近くに来たことがあって、入ろうとしたのだが、閉館時間がわりと早く、あと30分ほどしかないということで、その時はあきらめて帰ったのだ。

 今日はまだ3時になっていず、閉館は17時30分だという。まだ時間がある。フラリと入ってみた。

 小さな資料館なのだが、相当に見応えがあった。律令以前の「富本(ふほん)銭」から現代の1万円札まで、時代を追って日本の貨幣の歴史を見ることができる。元は田中啓文(けいぶん)と言う人が明治時代から収集を始めた私的コレクションの収蔵庫だったが、終戦直前、戦禍に遭うのを避けるためこれら膨大なコレクションを日銀に寄贈したのだという。

 閉館時間が迫ってきてもまだ見足りなかった。図録を買って帰る。

 帰りの電車で、妙に和装の若者が目立つな、と思った。帰宅して聞くと、今日は草加、足立、板橋、朝霞など、周辺のたくさんの自治体で花火大会があるという。次女も高校の友達と草加の花火を見に行ったらしい。

 夕暮れ、どれ、私も花火でも見てみるかな、と近所の陸橋まで散歩する。暑いが風が出ていて、幾分しのぎやすい。

 なるほど、4か所ほどから花火が揚がるのが見える。南部埼玉は高いところに登れば遮るもののない平地で、私の家の近所からでも富士山が望めるほどだ。関東平野の多くの花火大会が指呼の間に見える。

 昔はこんな風に半ズボンを履いて宵に出歩くと決まってひどく蚊に刺されたものだが、この歳になると血も蚊にとって不味(マズ)いらしく、ただのひとつも刺されない。痒みのない快適を楽しめばいいほどだが、逆になにやら悲哀めいてくるのはどうしたわけか。

徹夜明けふらりへろり

投稿日:

 最近続いているパターンだが、今週末も金曜日から泊まり込みで徹夜仕事、土曜日の今朝(けさ)引けた。疲れた。まあ、大変だがこれで口を糊しているのだからしかたがない。稼ぎの分は働く。

 朝9時頃に「七里蹴ッ灰(けっぱい)……」くらいの荒涼たる気持ちで職場の門からまろび出て、帰途についた。秋色が濃い。天気は曇りで、陽光が散乱し、却って眩しい秋の朝だ。樹葉もそろそろ緑に倦み飽いているように見える。

 すっかり涼しくなった風の中を歩く。

 職場近くのスターバックスでコーヒーなど飲んでいるうち、せっかく国会図書館の近くにいるのだから、もう少し「太平記」でも読んでみようか、という気になる。

 無論、あの日本最長の古典文学を今日一日で全部は読めない。だが、国会図書館の活用法として、すばやく資料を調べる、ということがあるから、ひとつ、太平記全40巻、岩波文庫では全5巻だが、このなかから、もともと興味を持った()()けの、楠正成に関する記述の部分ばかり抜き出した目録でも作ってみようではないか。

 市ヶ谷の職場から国会図書館のある永田町までは3~4km程で、さほど遠くない。秋色など味わいつつ歩いても構わないが、どうせなら開館間もない午前9時半の()いているうちに入りたいから、有楽町線か南北線で(ふた)駅、地下鉄で行く。

角川俳句大歳時記でさえずり季題

 先日も書いたが、国会図書館はWiFi完備で、閲覧室ではコンセントも使える。

 そこで閲覧室の机にさっそく店をひろげていると、Twitterの俳句知り合いの@donsigeさんからリプライが来た。「来週の『さえずり季題』出題よろしく」とのことである。

 無論応諾、なんと都合のいい時に国会図書館に来ていることか。いつもは使っていない歳時記をここで借りて、そこから出題しよう、と思いつく。

 私が所有している歳時記は、角川の合本、それから同じく文庫、平凡社のポケット、他にノーブランドのものが一つ二つ、そんなものなのだが、今日は前から手元に欲しいなあと思いつつも高価だから手を出しかねている、あの浩瀚な「角川俳句大歳時記」の秋の巻を借り出して、そこから知らない季語を拾って出題しようではないか。

 さっそく借り出して捲ってみると、あるある。いろんな季語があるじゃあないのグフフフ、というわけで、その中から面白そうなのを選び、来週の出題を作った。

 来週の出題をお楽しみに、というところである。

太平記・楠正成登場の段の題目録

 さて本題の、今日国会図書館へ来た目的、標記のまとめをした。

 次のとおりである。


岩波第1巻

第三巻 笠木臨幸(かさぎりんこう)の事 1

第三巻 (くすのき)謀反(むほん)の事、(ならびに)桜山(さくらやま)謀反(むほん)の事 3

第三巻 赤坂(あかさか)(いくさ)の事、(おなじく)(しろ)()つること 8

第七巻 千剣破城(ちはやのじょう)(いくさ)の事 3

岩波第2巻

第九巻 千剣破城(ちはやのじょう)寄手(よせて)南都(なんと)に引く事 8

第十一巻 正成(まさしげ)兵庫(ひょうご)(まい)る事 5

第十五巻 (おな)じき二十七日京合戦(きょうかっせん)の事 7

第十五巻 (おな)じき三十日合戦(かっせん)の事 8

第十五巻 手島(てしま)(いくさ)の事 11

第十五巻 湊川(みなとがわ)合戦(かっせん)の事 12

岩波第3巻

第十六巻 正成(まさしげ)兵庫(ひょうご)下向(げこう)子息(しそく)遺訓(いくん)の事 7

第十六巻 尊氏(たかうじ)義貞(よしさだ)兵庫湊川(ひょうごみなとがわ)合戦(かっせん)の事 8

第十六巻 正成(まさしげ)討死(うちじに)の事 10

第十六巻 (かさ)ねて山門(さんもん)臨幸(りんこう)の事

第十六巻 正行(まさつら)(ちち)(くび)()悲哀(ひあい)の事 14


 多少漏れがあるかもしれないが、太平記には楠正成に関する記述がこれだけの段にわたって含まれていることがわかった。

 調べながら楠正成の人生を読み、いやもう、涙、涙。

東京・日本橋 室町砂場

 朝からそんなことで、徹夜明けの目をムリヤリ見開いて本なんか(めく)った。

 昼過ぎて腹も減ってきた。

img_4631 図書館を出て、いつもあまり気にしていない、ベンチに座っている銅像にからんでみたりなどする。

img_4635

 もう昼も遅い。そこで、今日はひとつ、前から行こうと思っていた、砂場御三家の一軒、「室町砂場」に行ってみようと思い立った。

 この木曜日にも代休で午後がヒマだったから、虎ノ門の砂場に行ったのだ。なんだか、毎回毎回蕎麦ばかり手繰って、我ながら好きだなあ、と思う。先週行った三ノ輪の砂場総本家を勘定に入れるなら、東京の砂場御三家はコンプリートということにもなろうか。

 室町砂場は日本橋に本店、赤坂にもう一軒支店がある。国会図書館のある永田町からなら、赤坂の方が歩いて行けるくらい近いのだが、室町砂場自体に行ったことがないので、今日はひとつ、半蔵門線に乗って日本橋まで行ってみようではないか。

 室町砂場の最寄駅は、神田か、三越前、あるいは大手町である。

 今日の場合、永田町から半蔵門線に乗れば、皇居の北ッかわをぐるりと回り、三越前までものの10分ほどで着く。

img_4648_tern 地下鉄「三越前」の駅の、「A10」という出口から、国道17号線に出られる。「室町砂場」までは歩いて3~4分もかからない。

 奥に坪庭、その左に別仕切りの小部屋、奥に入れ込みの座敷があり、テーブル席が十幾つか。せせこましくなく、ゆっくり座れる。

img_4641 今日も焼海苔に酒をたのむ。これは単純に好物だから。

 チョンと赤いものが乗った小鉢は通しもので、海月(くらげ)を梅肉で()えたものだ。塩気が効き過ぎず、紫蘇(しそ)のいい香りがして、海月はほどよい大きさと歯ごたえだ。飲もうと思えばこの小鉢だけで五合くらい飲んでしまえる気がする。店員さんに訊くと「これだけでお肴のご注文もできますよ」とのことであった。

 この肴と焼海苔、酒を交々(こもごも)やって、杯ひとつ分の酒が残った頃に(おもむ)ろに「もり」を一枚注文する。

img_4646 この店の蕎麦は白くて歯ごたえの良い「さらしな粉」で、つゆは濃いめ、まことに品のある、旨い蕎麦だ。

 薬味の葱は他所でよくあるようなビショビショしたものではなく、香りがよく、しかもシャキッとしていて旨い。栞を見ると、「当店の葱は千住の葱で、水で晒さないようにしています」という意味のことが書いてあって、なるほどと思った。

 テーブルに置かれている栞に、「当店は『たぬき』と『きつね』を置いておりません。それは、お客様を『ばかす』のもいかがなものかという考えからです」という意味のことが書いてあり、なかなか洒落が効いていて、いいなあ、と思った。

 東京屈指の綺麗な名店で気持ちよく一杯飲み、上等の蕎麦を手繰って、全部でちょうど1700円だから、これはそんなに高くない、実に楽しい飲み食いだと思う。

 火災に遭う前の連雀町「かんだやぶそば」、閉める前の上野「池の端藪蕎麦」、それから今も盛業の浅草「並木籔蕎麦」、それぞれ既に行った。

 つまり、これで、東京の蕎麦の名店のうち、籔・砂場と、コンプリートしたわけだ。次は麻布十番の更科(さらしな)、これは3店あると聞くが、この3店へ順番に行って見ようと思う。

 焼ける前の「かんだやぶそば」と、閉店した「池の端籔蕎麦」は、惜しいところでギリギリ滑り込みだったな、という気がする。先日池の端へ行った時、思いがけず重機で取り壊しているのを見て、愕然としたものだ。

道路原標

 微醺(びくん)を帯びて室町砂場を後にし、川沿いに日本橋のほうへ歩く。

 東京・日本橋の名物といえば、かの有名な「道路原標」というものがある。残念なことに、今までにこれを見たことがなかった。実は先日神田川クルーズに乗船してみた時に日本橋に来ていて、その時見れば良かったのだが、道路原標のことは全く念頭になく、すっかり忘れていた。

 この「道路原標」は、日本の道路里程はすべてここから測られるという原標で、日本橋の中央の道路表面に埋め込まれている。いつもは車がビュンビュン通るので、実物は遠目にしか見られない。観光客は橋の北詰めにある複製の道路原標を見学するのがならわしだ。

 ところが、今日日本橋まで来たそのとき、たまたま、日中にもかかわらず、信号の成り行きで自動車が日本橋上から一台もいなくなった。北の信号も南の信号も赤で、車が入ってこない。交通量は結構多かったのに、本当にたまたま、そういう瞬間が訪れた。

 今だ、というわけで、ゆっくりと日本橋の真ん中まで歩き、落ち着き払って、真正の「道路原標」を写真に収めることができた。これはラッキー。

img_4651 これがその写真である。

 

また川に出てみたり

投稿日:

 毎日のように野暮用があって、不自由きわまる。

 今日もなにかと用事があり、ああ不自由だ、嫌だなと思っていたら、ふとキャンセルされてしまう。こういうことが必ずあるとハナからわかっているから、かえって責任のある約束をすることもできず、面白くない。

 ただ、こうしてポッカリと空いてしまった時間と言うのが逆に自由なもので、これはこれで悪くない。

 だから、これしきのことで腹など立てないのが処世というものだろう。

IMG_4361 それならばひとつ、というわけで、毎回同じことばかりだが、こういう時には好きな食い物に限る。都内の職場近くにいるならまっすぐここだ。「神田・やぶそば」。

 まず菊正宗を一合、焼海苔をたのむに決まっている。

IMG_4362 飲み終わったら、そりゃあ、もう、決まったように「せいろ」を一枚、ツルツル~、……と、これに限る。

 今日は曇りのち雨との天気予報だったのだが、雨などとは言うも愚か、真っ青な空がどこまでも広がって、しかも秋の匂いがそこかしこに吹き散っている。

 万世橋のあたりから水面を眺めているうち、そういえば、この川にも観光船があったな、と思い出す。たしか、「神田川クルーズ」というようなことだったはずだ。

 スマホは便利なもので、「神田川クルーズ」で検索すると、すぐに出てくる。日本橋のたもとから出発すると言う。

IMG_4364 地下鉄・神田から日本橋までは二駅。「やぶそば」から神田の駅までは、ダラダラ歩いて10分弱ほどだ。

IMG_4541 銀座線に乗り、日本橋駅を適当に降りると、銀座高島屋のあたりへひょいと出る。地上は紺碧の空が眩しい。

IMG_4367 日本橋の看板のある、この景色の右手に観光船の乗船場がある。神田川観光は90分で2500円だ。近くのミニストップでウィスキーのポケット瓶を一本買って、迷わず乗ってみる。

 築地に魚市場が移る前は、今の日銀があるところの対岸辺りが「魚河岸」で、ここで江戸の食べ物を引き受けていたのだそうである。

IMG_4379 観光船は出ると早速、ガイドさんの名調子で日本橋の下側の焼け焦げを案内する。これぞ関東大震災で火だるまになった船によって焼け焦げた、まごうかたなきその跡だそうな。

神田川クルージングGPSトラック 船は日本橋川から神田川、隅田川にも出てぐるりと一周する。都内の「濃い……」ところを、年季の入ったガイドさんの案内でミッチリ90分回るわけだから、面白くないわけがない。

 IMG_4441 明治時代から変わらない橋や建造物も多い。が、バリアフリーのために工事中である、という、一時的に殺風景なものも多くあり、これは東京オリンピックを睨んでのものでもあろうか。

IMG_4496 隅田川まで出てくると東京スカイツリーの眺めも良く、残暑とてまだ暑いものの、青天白日、補って余りある川風の豊かさである。

 ウィスキーのポケット瓶を空けてしまい、面白おかしい暇つぶしになった。

IMG_4550 帰宅してホワイトホースの残りを飲み直す。至福至福。