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 吉村昭の「光る壁画」読み終わる。

 戦後まもなく、世界に先駆けて胃カメラを開発したのは他でもない日本人技術者たちと日本人医師であったことは知られているところだが、この作品はその開発にまつわるドラマを描いたものだ。

 胃カメラは、実話では東大附属病院の医師宇治達郎、高千穂光学工業(現オリンパス株式会社)の杉浦睦夫と深海正治らの手によって昭和25年に完成している。その歴史はオリンパス(株)のサイトにも詳しい。

 作品では実在のオリンパス株式会社を「オリオンカメラ株式会社」という架空の会社に、また開発の主要メンバーであった深見正治を曾根菊男という架空の人物にそれぞれ置き換えてある。作者は実在の深海正治氏の承諾を得た上で彼の境遇などをまったくのフィクションに作り直し、その視点から胃カメラの開発を描き出した。このことは作者による「あとがき」に簡単に断り書きが記されている。

 こうして一部をフィクションにしたことにより、物語が解りやすくなっているように感じられる。歴史を補完すべき作家の想像力がフィクションの部分に遺憾なく発揮されたのであろう。その結果として、読みやすくなっているように思う。読者としてはありがたいことだ。

 吉村昭作品と言うと淡々と冷静な中にも緊張感の緩むことがない作風が思い浮かぶ。この作品はそれだけでなく、敗戦後の屈辱をバネに、なんとか世界的なデカいことをやってやろうという男たちの夢のようなものや希望が生き生きと描き出されていて、読んで面白い。

 また技術的な試行錯誤も克明に描写されていて、興味深い。人間の口から入るような小さなカメラなど、一体どのようにして作ったらいいのか、主人公たちは皆目わからぬまま議論と検討を重ねるうち、ふと「胃の中は真っ暗闇だ」ということに気付く。真っ暗闇だということは、暗室と同じだということで、カメラを複雑・大型にする原因の一つ、シャッター機構や絞りの機構がまったく必要ない、ということだ。こうして露出はランプの発光時間で、絞りはランプの明るさで調整できることに主人公たちが気づくシーンは、この小説の中の名場面の一つだ。