最近時事

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おっと、こう来た
ぐははははは、ザマァ見やがれ馬鹿野郎

 けっこうなこっちゃ。朝日新聞如き、潰れるといい。

スポーツ嫌い

 ま、こんなことがあるからプロスポーツがますます嫌いになるわけだ、野球にせよサッカーにせよ。

塩味好き
新し過ぎてついて行けん(笑)
なるほど、そのテがあったか

 なるほどなあ、IMEの変換履歴か。さすがはサイバー警察。

パキスタンの新春凧揚げ

禁止でも消えぬ春の風物詩 パキスタンのたこ揚げ「バサント」(産経、平成28年(2016)05月03日(火)05時00分)

 ものすごすぎて、亡くなった方の冥福を祈りはするものの、なんだか笑ってしまった。

今週時事

投稿日:
新手のハラスメントかと

 パッ、と見たらてっきり、「ソレハラ」という新たなハラスメントのことかと思った。(参考:全ハラスメント総覧(佐藤俊夫作)1445行目あたり(笑))

大丈夫かい

 ……って、大丈夫かい、軒先の傾いたところ同士で。婆抜きの(おもむき)があるぞ。

素早い開発も結構だが

 あのGoogleでさえこのくらいのことはやらかすわけだから、まして他に()いてをや、()して知るべし、というところである。

これはつまりイスラム化みたいなことか

 イスラム教徒は800年くらい昔から、「女性が肌や顔を見せて表に出ると、それは内面の美しさの判断を狂わせ、人を人として正しく評価する妨げとなる。したがって、女性は肌を隠さねばならぬ」として、ヒジャブやブルキニのような服飾を発達させた。

 すごいねアメリカ。イスラム化するんだ。へぇ~。……あんなに嫌い抜いてるクセして、ねえ。ま、勝手にすれば?

 私、イスラム教徒、わりと好きだよ。平和な宗教だしな。

クールジャパン、こんなことになってたとは

 この古谷(ふるや)経衡(つねひら)という人、最近Googleニュースでよくフィードされてくるようになった。たしか以前、テレビでひろゆきとか堀江何某に論破されたとして話題になっていた人だ。

 しかし、なかなかしっかりした評論を書く人だな、とは思う。

あるいは#MeToo的な話でもあろうか

 記事には「セクハラ」とか「#MeToo」などとは書かれていないが、そういう含みは濃厚だ。

 ロシア人のようにすぐに誰にでも抱き着く習慣も色濃いアメリカ人がこういうことを取り沙汰するようになったのであるとすると、もはやこの傾向は不可逆だ。

 わが日本は、「アメリカ人のすることはすべて正しい」みたいなところがあるからなあ……。いずれこうなる。

梅雨入り

 国立天文台の暦要綱によれば、暦の上での入梅は週明けの月曜、6月11日だが、梅雨前線の気象学的状況から言うとこの水曜日、6月6日だったようである。

コッホと悦痴(エッチ)

投稿日:

 今日の「Doodle」は、ローベルト・コッホ祝福、とある。明日12月11日がローベルト・コッホの生誕日であるかららしい。

 改めて言うまでもなく、コッホはドイツの医師であり、結核菌の発見者として知られる。だが、その赫々(かくかく)たる業績とは裏腹に、彼は最初から学者として約束されたレールを歩んだ人ではなかった。村の若い開業医として、彼にもまた、蹉跌(さてつ)し、迷い、求道する日々があった。それを乗り越えて、世界に燦然(さんぜん)と輝く微生物学の金字塔を打ち立てたのがコッホその人なのである。

 そうしたことを、私は子供の頃、ド・クライフの古典的名著「微生物を追う人々」で感動とともに知った。

 この本は、実は今でも私の愛読書で、大阪の実家から持ち出して手許に置いている。

 ISBNもない時代の本で、もはや「古書」の部類に入るから、改めて探しても手に入らないと思う。その代わり、岩波文庫から、「微生物の狩人」という題で、同じ原書の別の翻訳が出ている。翻訳者は同じ秋元寿恵夫という人なので、確かめてはいないけれども、題が違うだけで中身は同じなのかもしれない。

 この「微生物を追う人々」/「技術のあけぼの」の合本と、イリーンの「燈火の歴史」、ファラデーの「ろうそくの語る科学」と言ったところが小学生の頃の私の読み物だった。「燈火の歴史」は岩波の文庫本で読んだ記憶が強いのだが、今調べると「微生物を追う人々」と同じ平凡社の世界教養全集に「ろうそくの語る科学」と一緒に収められているから、多分両方を読んだのだと思う。

 子供の頃の私の実家は、今から思うと容赦もなく大人向けの本ばかり本棚に並んでいる家だった。大して裕福でもない割には、家族5人が(ひしめ)いて住んでいる6畳と4畳半の間取りに、ところも狭しと本棚が並んでいた。この40巻近くもある平凡社の世界教養全集もズラリと本棚に収められていた。そんな中に交じって、瀬戸内晴美の「妻と女の間」などというエロ本(まが)いの本や、野坂昭如の「エロ事師たち」だの筒井康隆の「アフリカの爆弾」などというナンセンス小説の類まで、臆面もなく雑然と並んでいたから、小学生の私はそれらを覗き読んで育ったのである。

 一体どういう奮発であったか、父は平凡社の世界大百科事典も全巻揃えて並べていた。当時の大人は、よく頒布(はんぷ)会で逐次刊行の全集ものを揃えたり、月賦(げっぷ)で百科事典など買ったりしたもののようで、私の父もそうしたうちの一人であったらしい。私はこの百科事典で人体解剖図を引き、女性の解剖図の裸体や性器付近の断面図を見て興奮するという、けしからぬ小学生であった。

 変な子供だったんですね、と言われるところだろう。実際そういう、大人の本ばかり読むような子供や友達は私の身の回りにはいなかったから、ある意味孤独でもあった。

 そんな私だから、小学校の性教育など受けるよりはるか以前の、小学校の3、4年生と言った頃から、生殖の秘密などとうに知悉(ちしつ)していたものであった。

 当時の小学校の性教育は、遠回しだったり、伏せられていたりする謎の部分が多く、そのくせ、高学年になり、先に女の子のほうへ性徴が訪れ始めると、生理や月経について教育しておくべき実際上の教育現場としての必要にせまられてか、女の子だけの「別建て授業」の性教育があったものだ。担任の先生が「今日は女子だけ集まりなさい」などと講堂へ女の子たちだけを連れて行き、男の子たちは適当に放置されるのである。

 そんな授業の後、男の子たちの間でちょっとした議論や論争が起こる。女子は一体何を習っておるのか、というのが焦点である。しかし、男の子たちだけで妄想の域を出ない推測や論争をしてみても決着するはずもなく、さりとて女の子に聞いてみたところで、皆フンと無視するか、せいぜい含羞(がんしゅう)の表情でプイとあっちへ逃げてしまうばかりで教えてなどくれない。

 (らち)が明かず、遂に意を決した代表の男の子、頭はいいのだがどうも子供じみた級長格、今現在この場の、センシティブな空気を読むことなぞ到底できそうもない、糞真面目で幅のない性格の何某(ナニガシ)君が、調子ッぱずれに顔を紅潮させ、

「先生、女の子だけで何を習ってるんですか、なんで僕らは()け者なんですか、なんの説明もなしに、女の子だけ不公平やないですか、納得いきません」

……などとしつこく問いただし、ウンザリした先生から

「ガキのくせにウルサイっちゅーねんっ、じゃかましいわアンタらッ!!」

と怒鳴りつけられたりするという一齣(ひとこま)もあった。

 そうした場面で、私はというと、小グループの真理探究派男子に対して排卵、子宮、性行為、男性の肉体とその果たす役割等々、小声かつ滔々と該博な性知識の一端を披歴に及んでいたものだから、この精密な知識が男子女子問わず子供たちの耳から口、口から耳へ、「佐藤君説」として伝播し、自分のお父さんやお母さんに「佐藤君がこんなん言うてるんやけど、ホンマか?」と確かめるような子もいたのだったかどうだったか。どうやらそれが本当の事らしいと判明し始めるや、児童生徒、また父兄の間においてさえ「佐藤君は物知りやけど、悦痴(エッチ)や」ということになってしまい、女の子たちからは「エロ野郎」ということに決めつけられていて、スカート(めく)り常習犯の前科もこれあり、サイテーな(さげす)まれ方をしていたのであった。

 そんな該博な性知識を持つにもかかわらず、あべこべに私の肉体は晩熟で、中学校の2年の終わりくらいまで「声変わり」がなく、発毛その他の性徴は更にその後、中学校3年にもなってからのことだったから、とても恥ずかしかった。回りの皆がニキビだらけになってむくれ返っている頃、私はいつまでたっても色白のプニプニ肌スベスベ()ッぺの痩せぎすで、これは大人になってもあまり変わらなかったが、そんな男らしくない自分がほとほと嫌であった。

 さて、話を読書に戻す。 

 私は頭はあまり良くないから、学問などには不向きで、中学校を出てさっさと給料取りになった。

 職場は、本を読もうなどと言う習慣のない男がほとんどの「DQN(ドキュソ)」職場である。だから、私はそこでも悶々鬱然と孤独であった。

 朝から晩までプライバシーもまったくない職場で、朝晩、仕事、眠っている間も常に上司・同僚・部下と起居しているから、余暇に変な本なんか拡げて読んでいるのを見られたりすると目立ち、「気取った嫌な野郎だ」ということになって標的となり、いじめられてしまいかねない。その頃周囲の者が読んでいたのはエロ本か漫画雑誌で、多少字を読む部類の者でも、せいぜいスポーツ新聞を広げるのが関の山であった。なので、私もその頃はよく漫画やエロ本を読んだ。無聊(ぶりょう)な時には煙草を()うぐらいしかすることがなかった。

 しばらく経って、私は当時の職場があった旭川市の郊外に一人でアパートを借りた。そこでは人目につくことなく、本当にたくさんの本が読めた。「IKコーポ」というそのアパートのことを懐かしく思い出す。また、その一室に自分の電話を引き、当時大きくなり始めたところだった「Nifty Serve」でパソコン通信を楽しんだことも懐かしい。

 そのアパートを借りていたのは20年以上前の事なのだが、Google MapsのStreet Viewで見ると今もまだある。もう行くこともないし、自分が借りていたあの部屋へ入ってみることなど絶対にないのだなあと思うと、少し感傷する。

言葉
孜々(しし)として

 「マキマキとして」とか「ボクボクとして」「マイマイとして」などと読む人がいそうで、実際そういう風に読んだ人がいたような覚えもあるが、これは「シシとして」である。

 普通は「孜々として勉学に取り組む」などというふうに使う。上掲の「微生物を追う人々」の111ページ、ローベルト・コッホの章の冒頭、前半生の学生時代の描写で

(上掲「微生物を追う人々」から引用)

 パストゥールが酢製造業の危機を救ってやったり、皇帝一族をびっくりさせたり、カイコの病気の原因をつきとめたりしていた1860年から1870年にかけてのあの驚天動地ともいうべき興奮にみちた年代に、ゲッチンゲン大学では一人の小がらなきまじめな近眼のドイツ人がドクトルを目指して孜々として勉学にいそしんでいた。彼の名はローベルト・コッホといった。

(下線筆者)

 
孜々汲々(ししきゅうきゅう)として取り組んだが、甲斐もなかった」という書き方にも使われるところからすると、「孜々として」というのは、どちらかというとポジティブなイメージの言葉ではなく、貧乏くさくコツコツと不器用にまじめにやるようなイメージだろう。

 「孜」という漢字そのものは、「子供を督励して勉強させる、努力させる」という意味らしい。つくりの「攵」というのは「攴」という漢字の異体字で、同じ漢字だそうだ。これは「ボク」と読み、擬音である。「孜」は「子供をポカッ(ボク)と殴って頑張らせる」という、今の私達からすると児童虐待と感じられてしまうような、オッソロシイ意味なのだそうな。……まあ、今と違って、昔は、子供と言うのは殴られるものと決まっていたので。

特に(こだわ)りもないが

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 平成18年頃からブログに読書記録を付けていた。使っていたブログサービス(OCNの『ブログ人』)が提供していたリスト化機能を使ったものだった。いつだったか、その機能のサービスが終了してしまうことになった。末端の一ユーザからは是非など言うべくもない。

 そのため、折角つけた記録が無くなってしまうことになってしまった。記録は100や200くらいはあったので、それが惜しく、「ブクログ」という今もあるサービスへデータを移し替えた。

 「ブクログ」を使ううち、ある時、「ブクレコ」というサービスの方が面白そうだな、と思った。友達がそっちを使い始めたから、ということもあった。それでブクレコへ移行した。データをインポートする機能がなかったので、手でゴリゴリと入力して移行した。

 ところが、先日、この「ブクレコ」はサービスを終了してしまった。慌ててデータを退避することになったが、以前と違ってデータも増えており、手作業にはちょっとつらいという量になっていた。なのにブクレコには読書データのエクスポート機能がない。やむなく、「wget」を使用してweb的に全部のページをダウンロードし、それをawkやperlなどを使って整形してデータ化した。

 データ化した読書記録はGoogle スプレッドシートに流し込んで保存した。

 消滅してしまった「ブクレコ」は、AmazonのASINにも対応していて、kindleの読書も管理できた反面、読書開始日や読書終了日を管理する機能が弱かった。そのため、上のようないきさつの際、日にちに関するデータが全部消滅してしまった。何を読んだかは記録が残っているが、いつ読んだかがわからなくなってしまったのは誠に残念なことであった。

 そんな今日この頃だったのだが、先ほどFacebookを見ていたら、突然、「4年前」と題してこのような記事が出てきた。坂口安吾の恋愛論の読書についてだ。

 そこで読書記録を見ると、この「恋愛論」から数えて、215冊の本を読んでいることがわかった。今日までちょうど4年だから、最近は年に50冊ほど読んでいるということになる。

 そこから分かる通り、私は決して多読家ではない。読書量は年によって多寡があり、この10年では100冊読む年があれば多い方である。しかも、100冊読むような年は、そのうち1割、10冊ぐらいが漫画である。また、kindleなどで「短編で1冊」のものを1冊とカウントしている場合もある。

 独身の頃は本代に糸目はつけなかったから、年に200冊とか、多い時で300冊ほど読んだこともあった。コクヨの事務本棚4本が一杯になっていたから、累年で数千冊は溜まっていたと思う。しかし、子供が生まれた頃、これらの本を全部捨ててしまった。今だったら「自炊」して取っておくところだと思うが――実際、数年前にも溜まりすぎた本を2000冊ほど全部デジタル化して、相当スッキリした――、20年前の当時は、そんなことなど思いもよらぬことであった。今でもその頃捨ててしまった本が惜しい。

 さておき、私は読書について、特に(こだわ)りと言うものがない。強いて言えば、自分が「読みたいなあ」と思う本を適当に読むことにしている。人に本を借りることや、人に薦められた本を読むことはあまりない。なんだか「読まなくちゃ」というような義務めいたものを覚えて面倒臭くなるからだ。

 流行している最新の本も、似たような理由で、結果としてあまり読まない。これは「読まないようにしている」というのではなく、単に読む気がしないだけだ。本屋の棚で見かけても、なんだか読むのが嫌なのである。同じ理由で、ビジネス本、啓発本の類も、結果として読んでいない。避けているのではなく、自分が読みたい本を自然な気持ちで選んでいると、そういう傾向になっていく、というだけのことだ。

 漫画は、面白そうだなあ、と思うと読む。娘二人が見つけてきた漫画などは、本当に面白いと思う。

 技術分野の本は沢山読むが、これは仕事なので、読書にはカウントしていない。いつ読んだかなんてことを記録しても、IT技術は進歩が速く、昔のことは覚えているだけ無駄になってしまう。読み方も「即実践」みたいな、「目を通す」というような読み方なので、あまり印象にも残らない。

 そんな読書傾向だから、多分、人に評されると「佐藤さんは変な本ばかり読むよね」と言われるようなことにもなる。

 ある時、参加している日本ITストラテジスト協会で、「ビブリオバトル」という書評レクリエーションに参加したことがあるが、その時は「日本書紀」の書評をした。熱弁をふるったが、ビブリオバトルは説明の良し()しではなく、紹介した本を読みたくなったかどうかで勝敗を判定するので、無論「日本書紀」を読みたくなるような人など多くいるわけはなく、負けたに決まっている。

読書

投稿日:

 「日本ITストラテジスト協会オープンフォーラム2017」に参加した帰り、夜21時までやっている越谷市立図書館南部分室へ立ち寄り、内田百閒の「阿房(あほう)列車」をなんとなく借りる。

読書

投稿日:

 先々週図書館から借り出していた本、4冊のうち最後の「陸軍戦闘機隊の攻防―青春を懸けて戦った精鋭たちの空戦記」(光人社)を読み終わったので、返却した。

 実は今日が返却日で、まだ2、30ページほど読み残していた。読書は毎日の通勤電車内の楽しみなので、読むのに4、5日かけているからだ。今日は仕事の帰りに越谷市図書館の南部分室へ立ち寄って、返却する前に残りを全部読んでから返却した。南部分室は夜の9時頃まで開いているのである。

 実は読み始めた時にアッと気が付いたのだが、去年の秋に、国会図書館で二式複戦「屠龍」のパイロット、樫出勇大尉の書いたものがないか探し、これを読んでいたことに気が付いた。その時は樫出勇大尉の手記だけを読んだので、他の人の手記は読んでおらず、最初のページをパラッと見た時には気づかなかったのである。

謎メモ

投稿日:

 Google Keepでメモを取ることがある。通勤中などが多い。何かの思い付きであったり、あとでもう少し詳しく書き残しておこうと思うことだったり、俳句の着想だったり、いろいろだ。

 そうしたメモを見返していて、ふと目にとまったものに、

「メンヘラーの女の子と営繕委員とカーテンの修理と理不尽先生と校長の聴聞とカーテンをもとに戻す話」

……と書かれたものがあった。先週頃、確かに自分でこれを書いた記憶はあるのだが、一体何のメモだったのか、何を書こうとしていたのか、さっぱり思い出せない。

読書

投稿日:

 先々週の土曜日に他の2冊と一緒に図書館から借り出した「絵でみる江戸の食ごよみ」を今週月曜日に読み終わった。

 江戸時代の食べ物に的を絞った雑学本である。

 幕末頃の雑学本「守貞漫稿(もりさだまんこう)」等に多くの材を得、古川柳を交えつつ万人向けに書かれており、読んでいると取り上げられている食べ物が食べたくなって腹が鳴り、面白かった。

 図書館へ3冊を返しに行き、入れ替えに別の本を借りてくる。

 「太平記」の釈本があったので、それを借りる。実は岩波の原文6巻本をじっくりと腰を据えて読みたいのだが、買うには結構高くつく。それで国会図書館で読んだのだが、国会図書館は借り出しができないので、どうしても読みたいところをポイントを絞って読むしかなく、斜め読みになってしまう。私も自分が読みたい楠木正成伝のところだけを読むにとどまってしまい、食い足りなかった。

 借り出しのできる越谷市立図書館の本館には、この岩波の6巻本があることはあるのだが、自宅最寄りの南部分室にはない。本館から取り寄せもできるとのことだったので、一度申請したのだが、「取り寄せが来たら連絡する」と言われたまま、それっきり連絡がない。

 しかし、この釈本もそう悪くなく、最初のページを(めく)ってみるとちょっと吸い付けられる感じがしたので借り出した。

 国内本の棚を(そぞ)ろ歩いていると、光人社NF文庫の「陸軍戦闘機隊の攻防―青春を懸けて戦った精鋭たちの空戦記」があったので、それも借りることにした。海軍の戦闘機操縦者の手記は坂井三郎中尉の「大空のサムライ」などをはじめ、意外に流布しているものが多いので私も読んでいるのだが、陸軍のものは案外に読んでおらず、しかも加藤中佐などの有名人は早々と戦死しているから、第三者による客観くらいしかない。

 とはいうものの、先頃亡くなった田形竹尾准尉の手記や、樫出勇大尉の対B29空戦録、小山進伍長の飛燕空戦録などは読んでおり、その敢闘ぶりに感動を覚えても来ている。

 そうしてみると、この本も読んでおかねばなるまい。

 戦争からの連想で、以前に見た「スターリングラード」という映画を思い出した。スターリングラードの攻防戦を描いてはいるが、主人公はソ連邦英雄、稀代の狙撃手、ワシーリー・ザイツェフだ。

 たしか原作は「鼠たちの戦争」という題だったはず、と思い出した。なぜ覚えていたかと言うと、映画を見た後原作を読みたくなり、Amazonで検索したのだが、既に絶版となっていて、古本しかなく、読むのをあきらめたからだ。当時、なぜか「図書館で探す」という選択肢や、「古本を買う」という選択肢を思いつかなかった。読みたい本は買って読んでいたからである。今はそんな(こだわ)りなどなくなってしまった。

 そこで、図書館カウンターの検索端末で探してみると、南部分室に在架である。すぐに借り出した。

 結局、借り出した本は、古いにせよ洋の東西にせよ、全部戦争がらみである。

Googleマップ・ストリートビューのタイムマシンに涙

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 私は時々、Googleマップのストリートビューで郷里の辺りをバーチャルで訪れてはひそかに懐古にひたるということをしていた。

 ところが、ストリートビューの写真はどんどん更新されていく。

現在の堺市立三国丘小学校
過去の同じ場所

 数年前まで、私が通った小学校の講堂が、数十年前のままに残っていて、ずっとあるのを懐かしく思っていたのだが、建て替えられたらしく、しばらくしてストリートビューも更新され、見えなくなった。

 とても残念だったのだが、このタイムマシン機能で時間を遡って見られるようになった。

 右のストリートビューがそれで、下の段に写っている古びた建物が、私が入学し、卒業した小学校の講堂なのだ。この直後に建て替わったようなので、見られる最後の写真である。

BKD模型店跡は多分この辺

 同じようにして、子供の頃入り浸っていた「BKD模型店」というのが、以前のGoogleストリートビューで確か見られていた筈だったのを思い出して、住所を調べてみた。

 おそらく「大阪府 堺市北区 北長尾町1丁 3-6」だと思う。その辺を見てみたが、平成22年の時点でどうも更地になってしまっているようで、見られず、残念である。

Google Mapのコンパスが変になったのを直す

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 外出時によくGoogle Mapを使う。知らない街を歩くときなど、ナビも乗り換えも非常に便利だ。古いAndroid携帯(SO-04E “Experia A”)を使っているのだが、特に不満もなく、重宝している。

 ところが、少し前からコンパスがすっかりおかしくなり、ほとほと困惑していた。方向の矢印などが正反対を向いてしまったり、横向きになったりするのだ。進行方向も逆になるものだから、歩行中のナビなどほとんど役に立たなくなってしまい、先日旅行した時など、機微なところで反対向きに歩く破目になり、不便極まった。

 GoogleのFAQを読んでも、いつもの「『8の字運動』でコンパスをキャリブレーションしろ」としか書かれていない。もとよりこれは何度も試していて、しかし何十回やっても直らず、同じであった。

 他のコンパスを使うアプリを起動すると、これは正常な向きを表示するので、Google Mapだけがおかしいらしい。

 ネットの質問箱などを漁っても、同じように「8の字キャリブレーションをやれ」の一点張りばかりか、全く的外れの「アンタは素人だから知らんと思うので教えておいてやるが、GPSというのは誤差があるモンなんだ、多少の向きの違いはあきらめるのが正しい」みたいなスットコドッコイの回答をしてるアホがいて、またそんな回答に限って「ベスト回答」みたいな評価がついていたりする。あのなあ、GPSじゃなくて、コンパスの話をしてんのよ、質問者は。

 そんなことで困っていた。

 ところが、ふと思いついて、アプリのキャッシュやデータを消したら、たちどころに直ってしまった。

クリックで拡大

 アプリのキャッシュの消し方は、私の古いスマホに限っては、右の画像の画面遷移のとおりである。「私のスマホに限って」とは言うものの、別の機種や最新の製品でも多分似たり寄ったりだろう。

 注意することは、「ストレージ」の画面で「キャッシュデータ」を選んで消しても駄目で、「アプリ(アプリデータとメディアコンテンツ)」を選び、Google Mapを探して、その設定画面で「データ」を消去しなければならない、ということだ。

 このあとGoogle Mapを起動する。その時にはまだコンパスは狂ったままだが、ここでマニュアル通りの「8の字キャリブレーション」をすると、きれいさっぱり、あれほどおかしかったコンパスの向きが直ってしまう。