「何がしたいんですか」だって?知るかよ、そんなこと

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 自分のしたいことが何かをわかっておく、ということが大事なことを、例えばコンピュータのソフトウェアの要件を定義するときなどに強く思う。うまくいっていない案件の9割、というか実感としては10割は、自分(あるいは自分たち)が何をしたいのかわかっていない「要求者」の問題に帰するのだ。

 これを工学的問題と定義し、「要求工学 Requirements Engineering」として研究して、なにがしかの糧を得る学者もいるほどである。

 つまりは、「じゃあ、あなたはどうしたいんですか?」と言う単純な問いに答え得る人は稀有である、ということだ。

 同じようなことは人生行路にも言える。目標を持ち、自分が何者で、何をしようとしているのか。こういう風に言えばなにやら恰好がいいが、実際のところ、それが分かっているような立派な人は1万人に1人いればいいほうで、ほとんどの人はともかく転んで怪我などせぬように、うまく目前の道を歩き続けるのに精一杯だ。

 よくいるのが、転ばぬように歩き続けていたらたまたま手に入った僥倖を「俺はもともとこれを目標にしていた」と、はじめから目標に向かって努力していたように言う手合いだ。いや、そういう態度を間違っているなどと言う気はない。そうではなくて、人間、そういうものだ、それで普通だ、と言いたいのだ。

 であればこそ、転ばぬように道を歩く、という、そのことを卑下することはない。それはまことに、あたりまえで、素朴な尊い人生の送り方だ。

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