バンダイの黒歴史

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 夜更かしをして漫然とHDDレコーダーに録画されているNHKの番組を見ていたら、一昨日、5月4日(火)夕刻に放映された「神田伯山のこれがわが社の黒歴史」という番組に行き当たった。

 番組は講談師の神田伯山が企業の黒歴史を当事者へのインタビューを交えながら講談調で語るというもので、番組内でも伯山が「実に悪質な番組である」と明言している通り、一歩間違うと悪趣味極まる番組になりかねない、きわどい企画番組である。

 今回はかつてバンダイが開発したゲーム機「Pippin @(ピピンアットマーク)」が、会社を危うくするほどの巨額の損失を出して失敗した経緯を面白おかしく紹介するものであった。

 それにしてもしかし、「Pippin @」というゲーム機の名前は知っていたし覚えてもいたが、これほどの失敗作であったということは全然知らなかった。平成8年(1996)当時の私は30歳、家庭を持つ大の大人だったので、ゲーム機には全く興味がなかったのだ。その頃の私はWindows 3.1/95上で作動する業務アプリケーションを開発するのが仕事で、日々の明け暮れはそれだけで精一杯だった。使っていたのはWindows SDKやBorland C++、Visual BASICなどであった。

 「Pippin @」というゲーム機が、米国Appleとの提携で開発されたということもまるで知らなかった。この番組を見て初めて知った次第である。確か、Appleの創業者スティーブン・ジョブズはこの頃、創業者であるにもかかわらずMicrosoft/Intelにしてやられた責任を取らされ、自分が雇ってきた社長のジョン・スカリーからクビを通告されてAppleから去っていた。無給でAppleに舞い戻り、チープなスケルトンカラーの名機「iMac」を打ち出して復活したのはこの2年後の平成10年(1998)であったと記憶する。

 当時の「Pippin @」の責任者、クリエイターの宮河恭夫氏、営業の川口勝氏の二人が、大失敗のためにバンダイから馘首されるのを覚悟するものの、社長から「一生働いて返せ」と厳しい言葉で慰留され、不退転の働きぶりで「たまごっち」やガラケー時代の携帯コンテンツ配信を成功させ、損失を取り戻した話も胸が熱くなるものがあった。

 面白い番組だった。

投稿者: 佐藤俊夫

 50代後半の爺。技術者。元陸上自衛官。2等陸佐で定年退官。ITストラテジストテクニカルエンジニア(システム管理)基本情報技術者

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