引き続き平凡社の60年前の古書、世界教養全集を読んでいる。第22巻の3書目、「山と渓谷」(
本書は、明治時代から昭和まで活躍した登山家、田部重治氏の山行記録である。日本アルプスを中心として、まだ地図もないような時代に山野を跋渉しているが、冒険というようなこととは趣が異なり、山野の美しさや山を行く深い情緒に心底惚れ抜いていることが滲み出るような文章である。
この「山と渓谷」は色々な編集のものがあり、私は別に昭和26年(1951)の角川文庫のものを所有しているが、他に岩波からは新編のものが出ている。それぞれに収録されていない作品があり、配列も多少異なるようだ。尚、この世界教養全集では仮名遣いがすべて現代かなづかいになっている。
「山と渓谷」という戦前から刊行されている山岳雑誌があるが、この誌名は本書の題を田部重治氏が山と渓谷社の社長に譲ったものなのであるという。
気になった箇所
十八世紀末から十九世紀の初めにかけての、イギリスの批評家ウィリアム・ハズリットは、旅をする心を論じて、旅は一人でやらなければならない。そうしてはじめて、気ままに瞑想することも、のびのびと歩くこともでき、また、面白くもないことに共鳴を強いられる必要もなく、他人に同情を求めて得られない不愉快を感ずる必要もないといっている。
この部分にはまったく同意するが、誤解のないように書き添えておくと、この文章を含む章は、良い友と喜びを分かち合う山行がどんなに快いかを記したもので、田部重治氏は加藤文太郎氏のような単独行を事としていた登山家ではない。
次
引き続き第22巻を読む。次は3書目、「アルプス登攀記 Scrambles Amongst the Alps」(E・ウィンパー Edward Whymper 著・石一郎訳)である。著者ウィンパーは元から有名な挿絵画家であったが、登山界でも著名となった人なのであるという。