USBメモリ一件に関する連想

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 真駒内の警務隊で起きたUSBメモリ一件に関するニュースを見ていて、定年前の思い出が色々と胸裏を去来している。

 というのも、私は定年で自衛隊を辞める前、「情報保証・保全室長」という、部隊の保全と情報保証を担任する室の室長だったからだ。

 陸自では、「情報・秘密保全」(一般用語で言う『諜報・防諜』)の機能は「2」という数字のついた部署、すなわち師団であれば第2部であるとか連隊なら第2科、大隊だと第2係というところが担っている。

 他方、「防衛・運用・訓練・情報保証」は「3」の数字のついた部署が担任する。師団なら第3部、連隊なら第3科、大隊なら第3係である。一般用語でいえば、オペレーションや情報システムのセキュリティを扱う部署である。

 この「2」「3」という建制の理念は、「情報を守り外に出したくない側」と「情報をバンバン使って戦いたい側」とが相互に牽制し合うことにより、秘密保全と運用のバランスをとるというなかなか絶妙な仕組みで、元は米軍の建制に由来する。

 だが、陸自が分けて扱っている「秘密保全」と「情報保証」については、相互に密接不可分の性質のものであるから、一般社会や企業では守秘とシステムセキュリティの両者は渾然一体として「情報セキュリティ」の機能として管理するのが常道である。しかし、陸自ではこれがバラバラなのだ。

 さておき、私のいた部隊はシステム開発をするところで、元は機関の編制になっていて、秘密保全の機能が弱く、係陸曹が一人いるだけだった。

 部隊の改編があり、機能強化を図ることになったのだが、さすがはシステム開発をする部隊で、「秘密保全と情報保証をバラバラに扱うのは不合理である、ここはひとつ、一般社会の常識と同様にし、一つの室にまとめ、室長を置いて強化しよう」ということになり、情報保証・保全室が編成され、しばらくして、当時システム開発部門の班長をしていた私がその室長になった。

 バラバラだった部隊の機能を一つにまとめて扱っていこうという理念そのものは実に良かったのだが、これら二つの機能は、陸自内では根拠や規則、担任する者も全部別々なのだ。私は、実態としては、一つにはできない別々の仕事を、私一人のところに二本まとめて背負い込む形になってしまった。

 実際、上級部隊に私が報告をしたり指導を受けたりする際、上級部隊ではこれらを依然2科と3科で分掌しているので、報告先は二つあり、文書なども二つの系統で提出しなければならない。

 毎年、定期的にこれらの業務について検査等が行われる。検査等も、上級部隊はそれぞれの科で一つずつだが、私にとっては二本立てで検査等を受けることになる。

 私が室長になる前の検査等では、秘密保全も情報保証も、指摘事項数十件の山が積み上がり、上級部隊からは厳しく叱られるなど、散々な有様であった。そこへ私が室長に据えられたものだから、私は内心「これはエラいところに補せられてしまった」と暗澹たる気持ちになった。

 毎日毎日、朝夕、係陸曹とUSBメモリなど媒体の個数を声に出して数え、帳簿数と突き合わせ確認をし、結果をその都度帳簿に記載し、捺印して報告する。その様子は武器庫の銃の日々(ニチニチ)点検とほとんど同じようなものだった。面倒で、ともすればアホ臭くさえ感じるが、こうしておれば失くしたり、家に持ち帰ってそのまま忘れるということはない。他にもISMSにあるようなことは陸自も大概守っているので、することは多かった。

 秘密保全の方は、各種の秘密の文書や物件などを漏れなく点検し、その結果を記録・評価する。文書は破り取って漏らすことを防止するため、数千ページを全部、一枚一枚、めくって数え、記録し、記名捺印する。

 書庫の鍵や金庫の番号錠を管理することも重要で、これも毎日点検確認捺印、鍵は身体から離してはならなかった。

 隊員の秘密に関するクリアランスの申請の仕事もあった。秘密に触れる資格のない者が秘密に触れるようなことがあってはならず、かつまた、秘密に触れるために必要な条件が整っていない者に対してクリアランスを与えることも絶対にあってはならない。この仕事には細心の注意が必要だった。

 秘密保全や情報保証についての隊員に対する教育を計画実施するのも仕事の一つだった。毎期、いろいろなネタを仕込んで、いろいろな教育をやった。夏や正月の休暇で、飲み屋で酒に酔って秘密をペラペラしゃべるようなことがないよう、毎年休暇の前には耳にタコができるほどの教育を繰り返した。これらの教育は、「四半期毎に何回以上実施すること」と規則で決められていた。

 仕事は面倒そのものだったが、反面、「万事規則通り」であるから、規則に精通しさえすれば淡々とした面もあった。

 そのようにして、毎時、毎日、毎月、毎四半期、毎年、整斉粛々と業務を積み上げ、やがて定期の検査等の指摘事項はゼロ件か、あっても軽易なものが2件程度にまで激減させることができた。

 それは私の功績に数えられたが、当然ながら私ばかりの功績ではなく、情報保証係のA曹長と、秘密保全係のB2曹の奮闘努力の賜物であったことは論を待たない。

 こうして、秘密保全と情報保証の業務がうまくいくようになったことが逆に作用してしまい、もういいだろうということで、その後情報保証・保全室は解体され、私は部隊幕僚の室長ではなく、ただの係幹部に格下げになった。荷をおろしてほっとする反面、「室長」という響きのよい肩書をなくすのは少し残念でもあった。その後半年経って、大過なく定年を迎えた。

 USBメモリ一つ、帳簿一冊、鍵一本、捺印一つ。どれも平時にはつまらぬ形式主義の仕事に見える。しかし、そのつまらぬ仕事を一つでも軽んすれば、不祥事は起こる。

 今回の真駒内の一件を聞くにつけ、地味で目立たない、規律に従った仕事を部隊ごとに営々と積み上げていくことの大切さを、今さらのように思い返している。


 この記事は、Threadsに書いた記事からの転載です。

投稿者: 佐藤俊夫

 60歳前の爺。技術者。元陸上自衛官。40年勤め上げ、2等陸佐で定年退官。ITストラテジストテクニカルエンジニア(システム管理)基本情報技術者。 セカンドライフはシステムエンジニアになって働いています。

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