紛失防止用のスマートタグ「MAMORIO」を私費でいくつか買った。
きっかけは、去年、会社から出た指示だった。「全員にスマートタグを支給する。入館IDには例外なくこれを装着すること」との指示があったのだ。社員の誰かが、入館IDを紛失してしまった事例があったからである。IT企業のセキュリティ失陥は直ちに会社の存亡に繋がりかねない厳しいものなのだ。で、それぞれの私有スマートフォンの機種に応じて、AirTagなりMAMORIOなりが、私のような協力会社の社員なども含めて全員に配られた。
会社の命令であれば是非もなく、受動的に1年ほどそれを使っていたのだが、「これは極めて有用なものだ」と思うようになった。入館IDを自宅に置き忘れて出社すると、自宅をしばらく離れた時点で携帯電話が鳴動し、「入館IDを忘れていますよ」と知らせてくれる。
以前は、1時間の通勤時間を費やして会社に行ってから入館IDを忘れたことに気づくことがあった。そんな時には「紛失ではありません」なんてことを言い訳して臨時入館の手続きをするか、所属部署に遅刻を詫びた上で自宅に取りに戻るか、いずれにしても面倒なことになっていた。ところが、スマートタグのお陰でそういうことがなくなったのだ。
仮に紛失しても、スマートフォンのアプリで最後に検知した場所を確認できる。
それで、自分の私物類、つまり財布や鍵、忘れがちな自動車のキーなどにも付けておくことにし、私費で追加購入したわけである。
自衛隊を定年で辞め、会社員になって4年経つが、会社勤めをしていてつくづく「会社勤めはいいなあ」と思うのは、こういう点である。
有用なモノ・コトだとなれば、機動的にパッとお金を使い、素早く調達したものを全員に漏れなく配ったりできる。
自衛隊ではこうはいかない。
普通の会社の入館IDと同じように、自衛官にも全員固有の身分証明証が付与されるが、これはジュネーブ条約に定められた国際的・公的なものなので、紛失したり汚損したりすることは許されず、紛失・汚損した場合、その状況により軽重はあるが、懲戒処分、つまり罰が下される。単なる社員証や学生証とは違うものなのだ。
私が入隊した頃(昭和57年(1982))は、身分証明証は裸の厚紙で出来ていたので、うっかりポケットに入れたまま洗濯してしまい、ボロボロのゴミみたいになってしまって、心ならずも処分される奴が時々いた。それで、各自で身分証明証をサランラップとかビニール袋に包んで水濡れによる汚損を防止した。
たしか、私が入隊して10年くらい経ってから、身分証はフィルムラミネートされたものに変わったので、洗濯して汚損する者はいなくなったが、紛失事案はフィルムラミネートでは防げない。
紛失した身分証は無効化しなければならず、「陸上自衛隊報」という隊報で氏名所属とともに全国周知されてしまう。なおかつ懲戒処分について懲戒権者の隷下に周知される。かくして身分証を失くした奴は赤っ恥をかかされ、軽重にもよるが、重い場合は人事記録(通称『ジャケット』)に懲戒処分歴が赤字で書き込まれてしまう。
しかし、そんな重い「身分証明証」でも、機動的にスマートタグを付けるような処置はできない。もしやるなら、私物で購入して勝手に装着するしかない。
というのも、国の予算は「最短」でも2年がかりでないと執行できないのである。要求を上げ、これが部隊の系統を通過して各幕を通り、内局~省を通過する、これに最短で1年。ここから事業要求ないし予算要求となって財務省を通過し、要求発起から2年かかって正月明けの国会を通過し、国会通過後の4月にやっとお金が使える。
この2年というのは「最短」であるから、5年かかる場合もあるし10年かかる場合もある。
無論、国際的なインパクトを喰らうとか、特別な場合にはトップダウンですぐにお金が使える場合もあるが、これはほかの用途に使うことが決められているものを流用するようなことになるので、よほどのことがないと認められず、部隊の判断でできることではない。
「公務員なんてものは、人様が汗水たらして払った税金を無駄にジャブジャブつかいおって、ケシカラン」と思っている向きも多いと思うが、国の予算は国会で「この目的にはこのお金をこれこれこういう風に使え」と慎重な審議の上で使い道を決めないと、使うことはできない。これは予算科目表という一覧で下され、簡単には逸脱できない。
「選挙によってみんなが選んだ人たちが決めたお金」でないと、役人が勝手に使うことはできないのである。
そんなことだったから、いつも「下から何か要求してもムダ」という諦観みたいなものが、自衛隊時代にはあった。
そんなことも、今は遠い記憶になった。
この記事は、Threadsに書いた記事の転載です。