旧国道4号線、越谷市の日光街道沿いにその店「キッチンおり江」はある。いや、あった、と言うべきか。
知る人ぞ知る名店であり、テレビで大きく取り上げられたこともある洋食店だ。
去年頃から店を開けていないことが多くなり、このところはまったく開いていず、電気もついていないことがほとんどだった。店主はもうかなり高齢なので、ひょっとして何か病気にでも?と思っていたら、数ヶ月前の朝、店の前を掃除する店主を見かけた。近所の人が「あら、もうお体はいいんですか?」というようなことを話しかけていたので、なにか体調を崩しておられたのだろう。
だがしかし、それからも店が開くことはなかった。
先週、店が建築足場でおおわれた。と見る間に、一昨日、重機が入って、店が壊され始め、あっと言う間に瓦礫の山となった。
昨日の夜、仕事からの帰り、すっかり暗くなった店の前に、見覚えのあるおかみさんが佇んで、感慨深げに瓦礫と跡地を眺めておられるのを見かけ、思わず声をおかけした。
「あのう、もう、店はお閉めになるんですか?」
おかみさんはニコニコして、
「ええ、もう閉めることにしました。…ここで、53年、やりました。もう83歳になりましたのでねえ」
そうですか、それはお疲れ様でした、どうかごゆっくりなさってください、と、挨拶して別れた。
実は、私はこの店に入ったことはない。店主の顔はテレビで見て知っていただけだし、おかみさんの顔は、毎日の通勤経路にこの店があるので、店の外から見て知っていただけだ。
このお店が、元気でやっておられる間に、一度、味わってみたかったな、と、とても惜しく思う。