拷問の話

投稿日:

……から引用、

「本人が伏罪しない以上、この時代では容易に仕置をすることが出来ないので、奉行所では先例によって彼を拷問することになった。しかし罪人を拷問して自白させるというのは吟味方の名誉でない。口頭の吟味で罪人を屈伏させる力がないので、よんどころなく拷問を加えて、無理強いに屈伏させたということになっては、自分たちの信用にも関するので、奉行所ではなるべく拷問を避けることになっている。芝居や講談にはややもすると拷問の場が出るが、諸大名の領地は知らず、江戸の奉行所では前にいったような事情で甚だしく拷問を嫌うことになっている。あの町奉行は在職何年のあいだに何回の拷問を行ったといわれると、その回数が多ければ多いほど、彼の面目を(きず)つけることにもなるので、よくよくの場合でなければ拷問を行わないことにしているのであるが、相手が強情でどうしても自白しない場合には、(いや)でも(おう)でも拷問を行う外はない。証拠の材料も揃い、証人もあらわれて、それでも相手が強情を張っているかぎりは、ほかに仕様もないのである。

 わが国にかぎらず、どこの国でも昔は非常に惨酷な責道具を用いたのであるが、わが徳川時代になってからは、拷問の種類は笞打(むちうち)石抱(いしだき)海老責(えびぜめ)釣し責(つるしぜめ)の四種にかぎられていた。かの切支丹(きりしたん)宗徒に対する特殊の拷問や刑罰は別問題として、普通の罪人に対しては右の四種のほかにその例を聞かない。しかも普通に行われたのは笞打と石抱きとの二種で、他の海老責と釣し責とは容易に行わないことになっていた。」

唄入り観音経

投稿日:

GUM08_PH09004 「唄入り観音経」、聴き惚れる。


行く秋

投稿日:
手を洗ふにも行く秋は()むべかり   佐藤俊夫

#kigo #jhaiku #haiku #saezuriha (季語は「行く秋」)

日本ITストラテジスト協会 関東支部オープンフォーラム2015

投稿日:

 いよいよ再来週だ。

行く秋

投稿日:

どうやら私は「反知性主義者」というものらしい

投稿日:

GUM11_PH02060 山形浩生(ひろお)という文筆家の名を、私はかれこれ15、6年も前だろうか、エリック・レイモンドの名論「伽藍(がらん)とバザール The Cathedral and the Bazaar」の翻訳をした人、ということで知った。

 私も一時、自宅のメールを便利に使うため、「fetchmail」を愛用していたものだ。エリック・レイモンドと言う人はこのfetchmail開発の中心人物だ。「伽藍とバザール」はその開発経緯からオープン・ソースの世界を魅力的に論ずる文で、当時は他の二つの重要な論文と併せて「オープンソース三部作」として人口(じんこう)膾炙(かいしゃ)した。

 山形浩生氏はこれを翻訳した人だが、「Cathedral」という語を「伽藍」と訳出した言語感覚などに私はなんとはない親しみを覚えた。また、この人自身がインタビューしたリチャード・ストールマンとのインタビュー記事がどこかに載っていて、これも面白かった覚えがある。

 そんな経緯で、私は山形浩生氏について、「オープンソースなどに詳しい人」「技術者」というようなぼんやりとした印象だけを持っていて、この人が有名な批評家であるということはあまり知らずにいた。

 ある日、ぼんやりとネットを眺めていたら、この山形浩生氏が内田(たつる)編の本をケチョンケチョンにこき下ろしている記事に行き当たった。

○ その記事

○ その本

 そこで、「反知性主義」という言葉をはじめて知った。

 内田(たつる)氏についても、大変な批評家、文筆家であることはなんとなく知っていたが、むしろ合気道の大家、指導者という印象のほうが強く、まともに多くの文を読んだことはなかった。

 恥ずかしながら学のない私は、「反知性主義」という言葉を知らなかった。知らぬぬまま、こんなことあんなことを思いつき、自らこの反知性主義に近いものに達し、これを標榜していた、と言うことがわかった。

 で、「反知性主義」という言葉は、ここでだいぶよじれている。

 これも、山形浩生氏の文でなんとなく知ったのだが、一般に反知性主義というのは「バカ」という意味ではなく、ホフスタッターと言う人が書いた名著では、もう少しよじれた意味だそうだ。

○ ホフスタッターの本

 なんとなく、アインシュタインの講演集の中にある、

「私たちは、知性を神格化しないように、十分注意しなければなりません。知性は、いうまでもなく強力な筋肉をもってはいますが、人格をもってはおりません。〔……〕知性は、方法や道具に対しては、鋭い鑑識眼をもってはいますが、目的や価値に関しては盲目です」

……というような認識から出発するやりかたを、反知性主義と言うようだ、とも感じた。

 だから、「バカ」という意味ではない。ただし、山形浩生氏は『バーカ、という意味で使っても、これは全然オッケー』というふうにも書いている。山形浩生氏の書き方は幅が広くしてあり、「バーカ、という意味ではないし、バーカ、でもいいのだ」と言っているように私には見えた。

 さて、山形浩生氏がケチョンケチョンにこきおろしている内田樹氏のほうでは、これをどうも、真逆に論じているらしい。内田樹氏は「自分の身体反応などに問うのを知性と言うのだ」と言っているらしいのだ。

 そうすると、私は知性的と言うことになるな、ヒッヒッヒ。

 ただ、私は自分の「身体反応」には問わない。そこまで刹那の感覚には頼らない。もう少し、内省的に「精神」、格好良く言うなら、「魂に問う」ようにしている。身体反応よりは遅いが、それでも、情報をわんさか集めるよりは速い。

 だって、私の身体(身体の一部としての脳を含む)の主人は、私の魂だと思うから。(しもべ)の反応は、時として主人の考えを表していない場合もあると思う。

一杯

投稿日:

 オニオン・スライスでウィスキーを指5本分。へへ、指1本2本とケチケチするなよアミーゴスw

IMG_3599

ノクターンOp.9-No.2ばっかり特集

投稿日:

lgf01a201501011200 標記、前のブログに書き留めてあったのだが、出てきづらくなったので、再び貼る。古い名演がYoutubeにはたくさんあるのだ。

 やっぱりジョルジュ・シフラーのノクターンじゃのう。

AddQuicktag

投稿日:

GUM01_PH04024 すっかりなじんだこの「WordPress」。

 自由が利くので、エントリに生タグを書くことが多い。ルビやセンタリング、インデントなど、しょっちゅうだ。しかし、特にルビなどは、使い方もややこしく、つい書き間違えることも多い。

 テキストエディタのボタンにはいくつかのタグがあるが、必ずしも十全ではない。何かないかな、と思っていたら、「AddQuicktag」というプラグインがあることを知った。

 早速、インストールする。これは便利。

 プラグインで手放せないものと言うと、あと、「Jetpack」だなあ。

投稿日:

PHM24_0136

蕎麦()しくなりけり月は中天に   佐藤俊夫

#kigo #jhaiku #haiku #saezuriha (季語は「月」)