ゲーム部

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 「eスポーツ」て、……(笑)。モノは言いようだなあ、ほんと。

Ctrl+z

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 ショートカットキーは手になじむから、ひょんなことでファイルが消えると確かに悲鳴だわなあ。

湯豆腐

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湯豆腐や苦労ばなしも訥々(とつとつ)と   佐藤俊夫

#kigo #jhaiku #haiku #saezuriha

湯豆腐

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 「さえずり季題」の出題当番が回ってきたので、「湯豆腐」で出してみた。

 好物の一つだ。できるだけ具などは少ない方がいい。入れても根深葱の一切れ二切れ、白菜の一切れ二切れ、そんなもので十分だ。ぽん酢でも旨いが、生醤油のみでも旨い。酒の5合ほどもあったら、至福の上出来だ。銘柄なんてなんだっていい。

結婚記念日

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 今日は結婚記念日なので、帰りにカルディ・コーヒーファームへ寄って、ロゼのカヴァを一本と、チーズの盛り合わせを買った。

 折からしぐれ始め、びしょ濡れになった。

 妻が車を出して次女を迎えに行ったので、とりあえず買って来たチーズで先にウィスキーを一杯。

 チーズというとワインに決まったものだが、ウィスキーの肴にしても旨いことを知った。ハードチーズのような乾いたものの方が合うようだ。

読書

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 岩波の竹取物語、読み終わる。

 全部読んでみて感じたのは、おとぎ話、童話というふうにとらえられがちなこの物語は、意外に男臭い、がっちりとした構成と文体を持ったれっきとした文学である、ということである。そう思って解説を読んだら、解説にもそんな風なことが書かれてあった。

 補注の後には付録として今昔物語巻三十一の「竹取翁、見付けし女の(ちご)を養へる語」と、海道記の「竹取説話」の2編が全文収載されている。

 別の本を読み始める。同じく市立図書館で借りた岩波の「日本の酒」。多少古い本だから、酒に関わる現代の法制度などとは少し用語等は異なるのだろう、と予測して読み始める。

 思いのほか面白く書かれている。

竹取物語の味わい深いところ

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 まことに人間臭い描写の多い竹取物語である。

……かぐや姫の心ゆきはてゝ、ありつる歌の返し、

まことかと聞きて見つれば言のはを飾れる玉の枝にぞありける

と言ひて、玉の枝も返しつ。竹取の翁、さばかり語らひつるが、さすがに覺えて眠りをり。御子は、立つもはした、居るもはしたにて、ゐ給へり。日の暮ぬれば、すべり出給ひぬ。

 本当に、嘘や確認不足がバレて具合が悪くなってしまった人たちの狼狽する様が、今も昔も変わらずこのとおりであろうなあ、と感じさせ、納得もさせるほどによく出ている。

腰痛・読書・図書館など

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 腰痛で垂れ込める。

 中年以降の持病で、これをカバーするべく筋肉鍛錬(筋トレ)にも励んで来たが、所詮如何になるべくもなし。さなきだに、生まれついての頑丈者でもなく、じたばたしてもはじまらぬ。

 読み終わった「阿房(あほう)列車」を図書館へ返しに行く。昨日他の本を借りたついでに返してしまえばよかったのだが、ちょっと感想を書いておこうなどと思ったものだから、返却期限の今日の今日まで引っ張った。いっそ蔵書にしたく、未練なのだが、まあ、(いさぎよ)く返してしまおう。

 つい、また、他の本を借り出す。以前、同郷の先輩Hさんと「矢切の(わたし)」を見物に行った際に、そのHさんから教わった「菜の花の沖」の第1巻。

 それから、岩波の「日本の酒」。その時、日本酒の銘柄に関する蘊蓄をHさんが披歴してくださったので、酒から2冊の本を連想したのだ。

 更に別の本を思いつき、探してみた。

 先日テレビで見た葛飾應為(おうい)の伝記「(くらら)」の原作が、「朝井まかて」という作家の手になるものだということをおぼろげながら覚えていたので、それを借りようとしたのだ。

 図書館の端末で探したら在架と出たので、その書架に行って見たがなかった。まあ、拘泥しても仕方がない。今度来た時に、あれば借りてみよう。

こぐまのケーキ屋さん

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読書

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 一昨日、内田百閒(ひゃっけん)の「阿房列車」を読み終わった。

 巻末には、「雑俎(ざっそ)」と題して、本編に「ヒマラヤ山系君」として登場する百閒の門人、平山三郎氏本人の解説がついていて、それがまた面白かった。

 阿房列車全体も、ところどころ爆笑してしまうくらい面白かった。

 しかも、さすがは明治生まれの文人で、語彙(ボキャブラリ)が豊富だ。そのため、こちらの語彙も増えたように思う。

言葉「的皪(てきれき)と」

 「的皪(てきれき)と光る」という言葉が出てきた。

「阿房列車」(内田百閒集成1、筑摩書房、平成14年(2002)10月9日)p.365より

 こちらの障子を開けると、しんとした静けさの中に、杏子(あんず)の花が咲いている。花盛りの枝が、池の縁から乗り出して、音のしない雨の中に的皪(てきれき)と光った。

……というふうに使われていた。基本的に面白い本なのに、こういうところの描写がさりげなく光る。百閒の本領だと思う。

 「的」「皪」どちらの字も、「白い」「明るい」「鮮やか」という意味があり、「的皪」とは白く鮮やかに光る様子を言う。「的皪と光る」というふうに用いるわけだから、用言修飾ということで、副詞だ。

竹取物語

 阿房列車を読み終わってしまったので、他に何か読むものを、と思い、図書館へ行った。

 岩波の「竹取物語」が目についたので、それを借りた。文語体のものだ。その時、同じ書架で別の竹取物語も見つけた。川端康成による現代語訳で、河出書房から出ている。なんとなくそれも同時に借りた。

 川端康成訳のほうから読み始め、先ほど読み終わった。この本は物語より川端康成自身による解説の方が長い。丁寧な解説で、しかも川端康成の国文学に対する通天の程が(うかが)われる、相当に学問的なものだ。この本の目的はどちらかと言うとそっちのほうにあるのだろう。

 岩波の文語体の方を読み始める。