通勤寸見(9)

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 昨日まで、朝6時45分の秋葉原駅で、修学旅行の臨時列車「ニューなのはな号」に毎日遭遇していた。
 ほぼ一月ほどだったろうか、今日ついにぷっつりとその姿を見なかった。
 修学旅行シーズンが終わったのだろう。高校生たちはこれから受験か。贅沢なことであるが、立派な人間になるとよいと思う。

応用曲「エリーゼのために für Elise」その0.17

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 「エリーゼのために」、引き続き練習中である。

 今日の出来はこんな具合、一進一退、なかなか思うようには進歩しない。弾き出し、いいかな?と思ったのだが、最後の主題部の入り口の、いいところで詰まってしまった。  

応用曲「エリーゼのために für Elise」その0.16

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 朝、晩と弾いている。録音してみているが、今日は第1中間部でつっかえて、うまく録音できず。

禁煙って難しいんだなと思う

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 禁煙がらみのブログをまた見失ってしまった。3件目である。

 「禁煙するぞぉお!」みたいな決意を書き綴った人は、禁煙失敗後、恥じ入る気持ちが大変強いようで、かならずブログを消してしまう。

 別に、消さなくったって、そのまんま「失敗しましたアアアっ、テヘヘヘッ!」とか書けばいいようなものだが、禁煙しようなどという人は多分自己愛が強く、自分の実際の心以上に強い表現で書いてしまった決意の言葉など、残しておきたくないのだろう。

 ブログを消したところで自分が消えるわけではないのだが、デジタル時代にあってはブログを消せば失敗もなかったことに・・・などという錯覚が得やすいのかもしれない。

 ま、私が禁煙した頃にはブログは一般的ではなかったからねえ・・・。出来ないことを広く社会に自分で言いふらしてしまって後悔するような場はなかったから、恥もそこまでで済んだ。

 私は、禁煙して9年。煙草は懐かしくもあるが、もうたしなむことはない。

応用曲「エリーゼのために für Elise」その0.15

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 たびたび記すところであるが、全音の「全訳バイエル」と「最新バイエル」の巻末には応用曲としてベートーベンの「エリーゼのために」が付録されている。「エリーゼのために」は、バイエル修了の総仕上げ的な位置づけにあるのだ。

 私が使っている「最新バイエル」の巻末の応用曲は、ケーラーの「半音階のポルカ」、「エリーゼのために」、それからバイエルの「アザリア・ポルカ」の3曲であり、今私は「エリーゼのために」を弾いている。

 日々練習に励んでいる。だんだんと弾けるようにはなりつつあるものの、その進度は速くはない。だが、それを引け目ともなんとも思っておらず、毎日楽しく弾いている。なにせ、自分で勝手にやっていること。ピアノを練習する義務もなにもない。いつやめようが誰に文句を言われるわけでもなく、まったく気楽な身分とはこのことであろう。

 練習は毎日一進一退の様相であり、今日はうまく弾けたかなあ、今日はぜんぜんダメだなあ、いや今日ときたら昨日より下手になっている、などということの繰り返しである。

 最近、また朝練習をするようになった。5時に起き、5時20分までに朝食をすませ、トイレから出ると5時半である。5時40分に家を出るのだが、それまでの10分間、ピアノを稽古する。無論ヘッドフォンをつけるのだが。この朝練習が非常にいい。びっくりするくらいうまく弾けることが多い。

 仕事から帰ったあともピアノの練習はするが、殺伐と仕事をして帰ってくると、自分ではそうは思っていなくても疲労は澱のように体と精神を汚しており、朝の10分間以上にうまく弾けることは少ない。

辻井伸行氏の快挙

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 今日のニュースを見て驚かなかった人、喜ばなかった人はあるまい。辻井伸行氏の快挙である。

 職場で仕事前のひと時、付けっぱなしになっていたテレビから「ラ・カンパネラ」の調べが流れ出し、なんとはなしにテレビに近づいてみると、このニュースをやっている。

 恥ずかしいことだが、私は辻井氏の名前は知らなかったし、そういう人がいるということも知らなかった。全盲のピアニストといえば梯剛之氏が有名で、この人はテレビなどで知っていたのだが、辻井氏の名前は今日はじめて聞いた。

 映像を見てびっくりである。全盲とかなんとかいうようなことは、この際どうでもいい。その調べ、音、演奏の雰囲気、これである。テレビを通してのほんのさわりですらそうなのだから、もしナマで聞いたらどんなことになるのか想像もつかぬ。

ドライブ

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 土曜日に新車が届いたので、日曜の今日はさっそく家族でドライブに出かけた。

 湾岸線からアクアラインをどんどん走って「海ほたる」の「和食処・木更津庵」でアサリづくしのお昼を食べ、千葉・富津市の「マザー牧場」で羊やアルパカ、牛、犬に親しみ、帰りは同じく千葉の、鋸南町「ばんや」という漁協直営食堂に足を伸ばしてうまい魚をたらふく食べた。

 初めて使うETCなるものも、非常に便利だ。10年ほど前、あんなに高かった「海ほたる」も、たった1000円である。

 子供たちと遊んで楽しい日曜日だった。上の娘は小学校6年生、私や家内と出かけて楽しがる時期も、もういくらもあるまい。せめて新しい車で、たびたびどこかへ連れ出してやろうと思う。

 帰り道、葛西のあたりで渋滞して、やっと先ほど帰宅できたばかりというのは玉に瑕であった。

 新車の「トヨタ・ラクティス」は、CVTの調子がすこぶるよく、高速道路で速度計の示度がピタリと100kmで定針し、実に走りやすかった。前の車はどうもトルクの谷間というか、そういうところが100kmぐらいのところにあり、ちょっと気を緩めると80km/hくらいになってしまうし、ではと気を取り直すと大して踏んでもいないのにずいぶんスピードが出てしまうしで、うまく私の乗り方に合わず、アクセルを踏む右足が緊張し、右の臀部が痛くなったものだ。ラクティスはそういうことがなく、本当に楽しくドライブできた。

ショパン プレリュード Op.28-No.7 指づかい寸感

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 「ショパン プレリュード Op.28-No.7」は、バイエル以外で私が弾くことのできる、少ないレパートリーのひとつなので、よくおさらい練習をしている。

 ゆっくりしていて美しい和音で大好きだし、めちゃくちゃに難しい曲というわけでもないし、知っている人が多いから(『ショパンのプレリュード』と言ってわからなければ、『太田胃散』と言えば1億人の日本人のすべてが首を縦に振るという(半嘘)有名曲)、弾いて楽しい。

 だが、この曲で、私が一番難しいなあと思うところは、ココである。

Chopin_prelude_hardwork_2 

 とりわけ、赤い矢印のところは難しい。太田胃酸のコマーシャルでも、ここのところはアルペジオで「ちゃらららららん~♩」と弾いており、市販のレコードでも多くがそうである。

 さもあろう、女性の手だと、これを弾くことはおそらく困難だ。

 幸い、というか、美しいアルペジオを練習してみるのも一興という観点からは残念、というか、私はオッサンとしては普通の大きさの手なので、この和音を押さえることができる。

 だが、そうはいうものの、非常に難しいことは事実である。なぜというに、赤矢印で示した部分、右手の「 [1 」という怪しい記号は、「親指で2鍵、一挙に弾け」と書いてあるのである。

 図示すればすなわちかくのごとしである。

Chopin_prelude_hardworkfinger  下の段の右手の親指に赤矢印を付してある。

 私はバイエル60番~70番あたりでこれを寄り道して練習したのだったが、今思うに、この和音だけに限って言えば、もう少しバイエルを進めてから練習してもよかったような気もする。

 でも、この曲はいい曲だ。どこかで読んだ文章には、ショパンは二度と戻ることのなかったポーランドの家の、休みの一日の家族の団欒を思ってこの曲を弾いたと書いてあったように記憶する。

応用曲「エリーゼのために für Elise」その0.14

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 月曜日から今日木曜日まで、職場泊まりの仕事がやっと終わった。帰ってきてさっそく「エリーゼのために」を弾く。

 たった3日ほどもピアノに触れないだけで、練度があっという間に低下している。

 だが、たった3日といえど日にちを空けて弾くピアノは楽しい。妻も子供たちもいるし、家に帰って来てよかったなあと思う。

 とてものことに今日は録音しておくような成果は得られず。

 次女は7月のPTNAのコンペティションに向けて、バイエル98番とカバレフスキーの「小さな歌」を練習している。今日はピアノの先生に褒められたといって喜んでいる。わが子ながら、弾くとなかなかしみじみした出来栄えなのだが、どうも練習不熱心で妻に怒られている。困ったものだ。

応用曲「エリーゼのために für Elise」その0.13

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 今日の「エリーゼのために」は、こういう具合である。

 なんとかかんとか、弾けているうちには入ると思う。とはいうものの、隣の鍵に触ってしまっている類のミスタッチはいっぱいある。

 更に精進する。