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 吉村昭の「闇を裂く道」、読み終わる。本の厚さから言って中編かな、と思いの外、ポイントの小さい活字の文庫で、字詰まりが意外に多く、大作だった。そのせいも多少あってか、2週間くらいかかって読んだ。

 戦前の丹那トンネルの難工事を題材にした小説である。脆弱な地質や想像を超える量の湧水と格闘する人間像、また、湧水の排出によってトンネル頭上の丹那盆地に引き起こされた多大な環境破壊などが冷徹に描き出される。

 加えて、小説は丹那トンネルの開通では終わらず、戦後の新幹線開通に至る一続きの技術史をも描き出している。

 「戦前、日本の工業技術は悪劣で、それは敗戦の一要因ともなった。戦後、心機一転した日本は、アメリカの助力を得て、技術立国として立ち直った。新幹線や東京タワーはその表れであり、戦後平和国家として改めて建設したものだ」……などという馬鹿げたことを信じ込んでいる向きなど、もはや今時おりはすまいけれども、そこを敢えて述べれば、こんなことは妄想にすぎぬ。

 この小説には、丹那トンネルの開通と、開通後すぐに始められた新丹那トンネルの建設に絡めて、その理由であった新たな幹線鉄道「弾丸列車」の構想や着手の状況が描かれている。そう、新幹線は戦前から既に設計と建設が進められていたのである。鉄輪の幅が広い「広軌」での設計も、戦前から既定のものであった。路線も戦前から計画され、用地の買収や建設も進められていたものなのである。

 そうしたことを描き出すことにより、期せずして「戦前全否定」の愚かしさをもこの小説は示唆して()まないように思える。

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 「ポーツマスの旗」を読み終わる。読書は通勤電車内の楽しみだ。

 それほどの大著でもなかったが、読み始めてみると案外に味わい深かった。10日ほどかけてじっくり読んだ。

 主題は「ポーツマス講和会議」だ。これは日露戦争の講和会議である。だが、それを主題としながら、その中に全権外務大臣・小村寿太郎の人間像が活き活きと描き出されている。

 名作だと思う。

 吉村昭の作品はこういうところがあるから、好きだ。歴史的大事件を描きながら、その中心人物に焦点をあて、苦悩や喜びを浮き彫りにしていく。

 この作品で描き出されている小村寿太郎は、一言で言えば、「相当な変人」である。だが、その短小矮躯に秘められた、叡智というのでもない、情熱と言うのでもない、単なる官僚的生真面目さと言うのでもなく、まさか侠客(きょうかく)的な短慮(たんりょ)猪突(ちょとつ)でもない、つまり冷血でもなければ熱血でもないのに読者を()き付けて()まない不思議な魂の魅力が浮彫りにされていく。苦悩の実務家なのであるが、糞真面目でもなく、むしろ享楽に身を(ひた)しがちであるにもかかわらず面倒臭い社交には打ち込めない、そうした人間の中の人間、実在の中の実在を見事に描き出すことに成功していると言えようか。

 さて、「ポーツマスの旗」を読み終わったので、その次の読み物をもとめるべく図書館に立ち寄る。

 なんとなく、また吉村昭の棚へ行き、今度は「闇を裂く道」を手に取る。丹那トンネルの建設を描いた小説だ。

 吉村昭の作品のうち、これまでに読んだ中で好きなものを挙げよと言われれば、なんと言ってもやはり「高熱隧道」がその一つに挙げられる。戦前の黒部峡谷におけるトンネル開削を描いたものだ。

 吉村昭の筆致で同じような作品を読んでみたいと思っていたが、この「闇を裂く道」を知らなかった。これは同じ「トンネル系」の話である。興味深く読み始める。