ジーザス・クライスト・スーパースター

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 こんなゴタクを書き、聖書を読んで、それから真夜中に至り、子供の頃からそのタイトルが焼き付いて離れなかったロック・オペラ映画、「ジーザス・クライスト・スーパースター」をAmazon Primeで見る。

 ああ、思い描いていた通り以上のシビれる作品だった。これだ、これだよ、私が見たかったキリスト教は。

 それにしても、なんと驚くべき時代であろうか。こうして、あんなにも見たくて、しかし機会に恵まれず見られなかったものを、居ながらにして見ることが出来るとは。

聖書でも読もうか

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 クリスマスだが、一昨日家族のために新調したハードディスクレコーダー(PanasocicのDIGA DMR-UCX4060)が昨日届き、その使い方などを試していたから、いつものように読書三昧というわけにはいかなかった。

 今日は更に、日立の乾燥機が届いた。今日届く予定というから、外出もせず今か今かと待ち受けていたら夜の20時近くにもなって届く始末である。

 乾燥機は大きいので、これをえっちらおっちら運ぶやら、開梱するやら、説明書を読むやら。本格的な据え付けは明日にするとして、結局今の時間になった。22時半。

 さて、クリスマスである。

 毎年毎年同じことをこのブログに書いているが、私はキリスト教徒ではないから、クリスマスに縁はない。むしろ、キリスト教など嫌いである。

 伝説の宗教者、ナザレのイエスがいつ生まれたのであろうと、はたまたいつどこで死んだのであろうと、自分にはまったく関係ない。

 だが、子供の頃から大人になるまで、クリスマスにはプレゼントを交換したり御馳走を食べたりケーキを切ったり、そういう楽しみ方はしていた。キリスト教が好きとか嫌いとか言うような観念がなかったし、何より自分も周囲もそうすることが楽しかったからである。

 長じて結婚し、子供が生まれてからも、自分自身が子供の頃、父母が私にそうしたように、自分の子供たちも楽しませてやろうと思ったので、殊更クリスマスを否定することはなく、御馳走を作ったりケーキを焼いたりプレゼントを奮発したり、のみならずクリスマスツリーの飾り付けは年々大きくなり、しまいには2メートルにもなんなんとするポップアップ式のものに満艦飾にオーナメントをぶら下げたりもしてきた。

 勿論、今も「否定」まではしていない。キリスト教徒が大切にしている祭日を、頭ごなしに唾棄するようなことは、人間らしくない。他人が大切にしているものは、やはり尊重すべきであろう。

 だから、今の私は聖書などを紐解くことにしている。

 私が若い頃から持っている聖書はこの文語訳の「(きゅう)新約聖書」だ。美しく格調高い文語体のものである。

 日が変わる前に、「マタイ(でん)」から(さら)ってみよう。

日本聖書協会小形引照付聖書より引用。ルビは佐藤俊夫による現代かなづかい。
以下の<blockquote>タグ同じ。
「マタイ傳福音書」より

 イエス・キリストの誕生は()のごとし。 その母マリヤ、ヨセフと許嫁(いいなづけ)したるのみにて、未だ(とも)にならざりしに、聖靈(せいれい)によりて(みごも)り、その孕りたること(あらわ)れたり。夫ヨセフは正しき人にして、之を公然にするを好まず、(ひそか)に離縁せんと思ふ。かくて、これらの事を思ひ(めぐ)らしをるとき、()よ、主の使、夢に現れて言ふ『ダビデの子ヨセフよ、妻マリヤを()るる事を恐るな。 その(はら)に宿る者は聖靈によるなり。かれ子を生まん、汝その名をイエスと名づくべし。 己が民をその罪より救ひ給ふ故なり』すべて此の事の起りしは、預言者によりて主の云ひ給ひし言の成就せん爲なり。 曰く、『視よ、處女(おとめ)みごもりて子を生まん。その名はインマヌエルと(とな)へられん』(これ)(ひもと)けば、神われらと(とも)(いま)すといふ意なり。ヨセフ(ねむり)より起き、主の使の命ぜし如くして妻を納れたり。されど子の生るるまでは、相知る事なかりき。 かくてその子をイエスと名づけたり。

「ルカ傳福音書」より

 ユダヤの王ヘロデの時、アビヤの組の祭司に、ザカリヤという人あり。その妻はアロンの(すえ)にて、名をエリサベツといふ。二人ながら神の前に正しくして、主の誡命(いましめ)定規(さだめ)とを、みな(かけ)なく行へり。エリサベツ石女(うまずめ)なれば、彼らに子なし、また二人とも年(すす)みぬ。

 さてザカリヤその組の順番(まわり)(あた)りて、神の前に祭司の(つとめ)を行ふとき、祭司の慣例にしたがひて、(くじ)をひき主の聖所に入りて、香を()くこととなりぬ。香を燒くとき、民の群みな外にありて祈りゐたり。時に主の使あらはれて、香壇の右に立ちたれば、ザカリヤ之を見て、心さわぎ(おそれ)を生ず。御使いふ『ザカリヤよ、懼るな、汝の(ねがい)()かれたり。汝の妻エリサベツ男子を生まん、汝その名をヨハネと名づくべし。なんぢに喜悦(よろこび)歡樂(たのしみ)とあらん、又おほく(多く)の人もその生るるを喜ぶべし。この子、主の前に(おおい)ならん、また葡萄酒と濃き酒とを飮まず、母の胎を出づるや聖靈にて滿されん。また多くのイスラエルの子らを、主なる彼らの神に歸らしめ、且エリヤの靈と能力(ちから)とをもて、主の前に往かん。これ父の心を子に、戻れる者を義人の聰明に(かえ)らせて、整へたる民を主のために備へんとてなり』ザカリヤ御使にいふ『何に()りてか此の事あるを知らん。我は老人にて、妻もまた年(すす)みたり』御使(みつかい)こたへて言ふ『われは神の御前に立つガブリエルなり、汝に語りてこの()音信(おとづれ)を告げん(ため)(つかわ)さる。()よ、時いたらば必ず成就すべき我が(ことば)を信ぜぬに()り、なんぢ物言へずなりて、(これ)らの事の成る日までは語ること(あた)()じ』民はザカリヤを()ちゐて、其の聖所の内に久しく留まるを怪しむ。遂に出で來りたれど語ること能はねば、彼らその聖所の内にて異象を見たることを悟る。ザカリヤは、ただ首にて示すのみ、なほ(おうし)なりき。(かく)(つとめ)の日滿ちたれば、家に歸りぬ。

 此の後その妻エリサベツ孕りて、五月ほど隱れをりて言ふ、『主わが恥を人の中に(すす)がせんとて、我を顧み給ふときは、斯く爲し給ふなり』

 その六月めに、御使ガブリエル、ナザレといふガリラヤの町にをる處女(おとめ)のもとに、神より遣さる。この處女はダビデの家のヨセフといふ人と許嫁(いいなずけ)せし者にて、其の名をマリヤと云ふ。御使、處女の許にきたりて言ふ『めでたし、惠まるる者よ、主なんぢと(とも)(いま)せり』マリヤこの言によりて心いたく騷ぎ、(かか)る挨拶は如何なる事ぞと思ひ廻らしたるに、御使いふ『マリヤよ、懼るな、汝は神の御前(みまえ)(めぐみ)を得たり。視よ、なんぢ孕りて男子を生まん、其の名をイエスと名づくべし。彼は大ならん、至高者(いとたかきもの)の子と(とな)へられん。また主たる神、これに其の父ダビデの座位(くらい)をあたへ給へば、ヤコブの家を永遠に治めん。その國は終ることなかるべし』マリヤ御使に言ふ『われ未だ人を知らぬに、如何にして此の事のあるべき』御使こたへて言ふ『聖靈なんぢに臨み、至高者の能力(ちから)なんぢを(おお)はん。此の故に汝が生むところの聖なる者は、神の子と稱へらるべし。視よ、なんぢの親族エリサベツも、年老いたれど、男子を孕めり。石女といはれたる者なるに、今は孕りてはや六月(むつき)になりぬ。それ神の(ことば)には(あた)()ぬ所なし』マリヤ言ふ『視よ、われは主の婢女(はしため)なり。汝の言のごとく、我に成れかし』つひに御使はなれ去りぬ。

 その頃マリヤ立ちて山里に急ぎ往き、ユダの町にいたり、ザカリヤの家に入りてエリサベツに挨拶せしに、エリサベツその挨拶を聞くや、兒は胎内にて躍れり。エリサベツ聖靈にて滿され、(こえ)高らかに(よば)()りて言ふ『をんなの中にて汝は祝福せられ、その(たい)()もまた祝福せられたり。わが主の母われに來る、われ何によりてか(これ)()し。()よ、なんぢの挨拶の(こえ)、わが耳に入るや、我が()、胎内にて喜びをど()れり。信ぜし者は幸福(さいわい)なるかな、主の語り給ふことは必ず成就すべければなり』マリヤ言ふ、『わが心、主を(あが)め、わが靈はわが救主(すくいぬし)なる神を喜びまつる。その婢女の卑しきをも(かえり)み給へばなり。視よ、今よりのち萬世(よろずよ)の人、われを幸福とせん。全能者われに大なる事を爲したまへばなり。その御名(みな)(せい)なり、その憐憫(あわれみ)代々(よよ)(かしこ)み恐るる者に臨むなり。神は御腕(みうで)にて權力をあらはし、心の(おもい)に高ぶる者を散らし、權勢ある者を座位(くらい)より下し、いやしき者を高うし、飢ゑたる者を善き物に飽かせ、富める者を空しく去らせ給ふ。また我らの先祖に告げ給ひし如く、アブラハムとその裔とに(たい)するあはれみを永遠に忘れじとて、(しもべ)イスラエルを助け(たま)へり』かくてマリヤは、三月ばかりエリサベツと(とも)に居りて、己が家に(かえ)れり。

 さてエリサベツ産む(とき)みちて男子を生みたれば、その最寄のもの親族の者ども、主の(おおい)なる憐憫(あわれみ)をエリサベツに垂れ給ひしことを聞きて、彼とともに喜ぶ。八日(ようか)めになりて、其の子に割禮(かつれい)を行はんとて人々きたり、父の名に(ちな)みてザカリヤと名づけんとせしに、母こたへて言ふ『否、ヨハネと名づくべし』かれら言ふ『なんぢの親族の中には此の名をつけたる者なし』(しか)して父に(こうべ)にて示し、いかに名づけんと思ふか、問ひたるに、ザカリヤ書板(かきいた)を求めて『その名はヨハネなり』と書きしかば、みな怪しむ。

 ザカリヤの口たちどころに開け、舌ゆるみ、物いひて神を()めたり。最寄に住む者みな(おそれ)をいだき、又すべて此等のこと(あまね)くユダヤの山里に言ひ(はや)されたれば、聞く者みな之を心にとめて言ふ『この子は如何なる者にか成らん』主の手かれと偕に在りしなり。かくて父ザカリヤ聖靈にて滿され預言して言ふ、『讃むべきかな、主イスラエルの神、その民をかへりみて贖罪(あがない)をなし、我らのために(すくい)(つの)を、その(しもべ)ダビデの家に立て給へり。これぞ古へより聖預言者の口をもて言ひ給ひし如く、我らを仇より、(すべ)て我らを憎む者の手より、取り出したまふ(すくい)なる。我らの先祖に憐憫(あわれ)を垂れ、その聖なる契約を(おぼ)し、我らの先祖アブラハムに立て給ひし御誓(みちかい)を忘れずして、我らを(あだ)の手より救ひ、生涯、主の御前(みまえ)に、聖と義とをもて(おそれ)なく(つか)へしめたまふなり。幼兒(おさなご)よ、なんぢは至高者(いとたかきもの)の預言者と()へられん。これ主の御前に先だちゆきて、其の道を備へ、主の民に罪の(ゆるし)による(すくい)を知らしむればなり。これ我らの神の深き憐憫(あわれみ)によるなり。この憐憫によりて朝のひかり、上より臨み、暗黒と死の蔭とに坐する者をてらし、我らの足を平和の(みち)にみちびかん』かくて幼兒は(やや)に成長し、その靈強くなり、イスラエルに現るる日まで荒野にゐたり。

 その頃、天下の人を戸籍に()かすべき詔令、カイザル・アウグストより出づ。この戸籍登録は、クレニオ、シリヤの總督(そうとく)たりし時に行はれし初のものなり。さて人みな戸籍に著かんとて、各自その故郷(ふるさと)に歸る。ヨセフもダビデの家系また血統(ちすじ)なれば、既に(はら)める許嫁の妻マリヤとともに、戸籍に著かんとて、ガリラヤの町ナザレを出でてユダヤに上り、ダビデの町ベツレヘムといふ處に到りぬ。此處(ここ)に居るほどに、マリヤ月滿ちて、初子(ういご)をうみ、之を布に包みて馬槽(うまぶね)()させたり。旅舍(はたごや)にをる(ところ)なかりし(ゆえ)なり。

 この地に野宿して夜、群を守りをる牧者(ひつじかい)ありしが、主の使その(かたわ)らに立ち、主の榮光(えいこう)その周圍(まわり)を照したれば、(いた)(おそ)る。御使(みつかい)かれらに言ふ『懼るな、視よ、この民一般に及ぶべき、大なる歡喜(よろこび)音信(おとづれ)を我なんぢらに告ぐ。今日ダビデの町にて汝らの爲に救主(すくいぬし)うまれ給へり、これ主キリストなり。なんぢら布にて包まれ、馬槽に臥しをる嬰兒(みどりご)を見ん、(これ)その(しるし)なり』(たちま)ちあまたの天の軍勢、御使に加はり、神を讃美して言ふ、『いと高き處には榮光、神にあれ。地には平和、主の悦び給ふ人にあれ』御使(みつかい)(たち)さりて天に往きしとき、牧者(ひつじかい)たがひに語る『いざ、ベツレヘムにいたり、主の示し給ひし起れる事を見ん』(すなわ)ち急ぎ()きて、マリヤとヨセフと、馬槽に臥したる嬰兒とに尋ねあふ。既に見て、この子につき御使の語りしことを告げたれば、聞く者はみな牧者の語りしことを怪しみたり。而してマリヤは(すべ)て此等のことを心に留めて思ひ(まわ)せり。牧者は御使の語りしごとく凡ての事を見聞せしによりて、神を崇めかつ讃美しつつ歸れり。

 八日みちて幼兒に割禮を施すべき日となりたれば、未だ胎内に宿らぬ先に御使の名づけし如く、その名をイエスと名づけたり。

クリスマスにちなむ

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 今日はクリスマス・イブである。

 私はキリスト教徒ではないし、むしろキリスト教は嫌いだ。

 だが、老若男女がクリスマス・パーティで楽しく過ごすことを否定はしない。けっこうなことであると思っているし、私の家でも肉を食ったりケーキを食ったりして遊ぶ。それはそれ、これはこれ、なのである。

 しかし、キリスト教を理解することは重要であると思っているので、私は例年クリスマスの機会に聖書を拾い読みする。

 今日はちょっと趣向をと思い、文語訳聖書を朗読して動画に撮り、YouTubeに上げてみた。

 ついでに、トルーマン・カポーティの「クリスマスの思い出」の日本語訳も朗読してみた。

 それにしても、最近入れ歯になったもので、滑舌の悪いこと(苦笑)。

 

読書

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 昨夜はクリスマス・イブということで、目下読書中の「菜の花の沖」第2巻は脇へ置き、キリスト教の理解に努めんものと、手元の文語体「舊新約聖書」のうち新約から「マタイ傳福音書」「マルコ傳福音書」「ルカ傳福音書」「ヨハネ傳福音書」を交々(こもごも)読み、「使徒行傳」に少し入ったかな、というあたりで深更1時となり、力尽きた。

 私の持っている聖書はこの文語訳版1冊のみだ。文語訳の方が口語訳のものよりも格調が高く、読んでいて楽しい。

 なにしろ、クリスマス・イブの晩に聖誕譚、聖跡譚なぞ読み耽ろうというのだから、我ながら、キリスト教徒よりもキリスト教徒らしいのではなかろうか、などと思わぬでもない。

 しかし、信仰心で読んでいるわけではなく、冷静な理解の一助としようとして読んでいるのであり、また他面、聖書は物語として読むと結構人間臭くて面白いと思うから楽しんで読んでいるのであって、キリスト教徒から言わせれば恐らく不埒という他なく、その点私は我知らずというような無意識をも含めて、キリスト教徒ではない。

 むしろキリスト教なぞ嫌いですらある。

休日のいろいろ

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 司馬遼太郎の「菜の花の沖」、第2巻をのんびりと読み進めつつあるところ。

 オランダ船を初めて見た主人公嘉兵衛が、自ら操る弁財船と比較し、舵の違いについて考えるシーンがある。その中で、「和船は舵を綱で吊り下げる構造をしている」という意味の記述があるのだが、それがどうもわかりづらい。

 それで、そういえばもう10年も前になろうか、お台場の「船の科学館」というところに行った時、和船に関する展示が充実していたことを思い出した。

 休みなので、ちょっと行ってみようかという気になった。

 新橋まで出て、ゆりかもめに乗る。

 着いてみて知ったのだが、船の科学館の本館は、もうかれこれ5年もの間、「リニューアルのため」として展示を中止しているのだった。脇にある小さな別館と、南極観測船「宗谷」だけが公開されている。

 5年の展示中止は長い。1年か2年、工事のために一時展示を中止したというのならまだしも、5年も閉じたままというのはハッキリ言って「閉館しました」「廃館しました」というのと同じである。どうやらなにか、相当、経営に難があったようだ。ゆりかもめの最寄り駅は依然「船の科学館駅」のままであり、奇異の感を免れぬ。

 さはさりながら、目的の、弁財船の模型は見ることができた。綱でゆるく縛ることで可動を確保し、かつ、船上に引き上げることができるようになっている様子がよく解った。

 平成13年の北朝鮮不審船事件の記録映像が放映されていて、それなどをゆっくり見る。13分ほどなのだが、北朝鮮船がガンガン発砲し、こちらの船体が破片を飛び散らせながらブスブスと穴だらけになっていく様子などが生々しく記録されており、よくこんな映像を撮影出来たな、と思った。

 だいぶ前に一度見たことはあるのだが、ついでに「宗谷」の内部ものんびりと見学した。


 大した用事があるわけでもなかったので、さてお昼はどうしようか、と考え、麻布十番の更科堀井へ行った。酒を少し、肴は焼海苔。それから、名代の更科蕎麦を手繰る。

 帰り、今日はクリスマス・イブだったな、と思い出す。家で家族と飲むのに、新越谷駅ナカの「カルディ・コーヒーファーム」へ寄り、カヴァを買う。ロゼとビアンコの一本ずつ。

 帰宅して、キリスト教の理解に努めようとする。新約聖書の「マタイ傳福音書」の、イエス・キリスト生誕のところなど拡げる。

回教の新年やクリスマスは

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 去年の今頃から去年の夏ごろまでにかけて、回教に親しもうと、タダで手に入った岩波の「千一夜物語」を読んだものだったが、そういえば、回教では新年はどうなっているんだろう、とふと思い当たった。

 回教圏諸国でも、トルコのように政教分離・世俗主義をとる国もあれば、イランやサウジアラビアのような厳格な国もあって、それぞれでまちまちであるようだ。

 彼らは基本的にイスラム暦を使う。イスラム暦は太陰暦、すなわち月の満ち欠けを基にする暦で、日本の他、アジア各国で使われている「陰暦(旧暦)」と同じである。アジアの陰暦と違う点は、「閏月」を置かないことだ。この結果、イスラム暦では各月が年毎にずれていき、年によって同じ月が同じ季節ではなくなる、というところである。つまり、厳格にイスラム暦を使っている国では、同じ新年・1月と言っても冬の場合もあれば夏の場合もある、という具合である。

 そのこともあってか、ヨーロッパやアメリカのようには新年やクリスマスは祝わないものらしい。「クリスマスはキリストの誕生日だから当然だろ?」という向きもあるかもしれないが、一応回教でもイエス・キリストは「預言者イーサー」という聖人として位置づけられており、回教の教義の中でも大切にされている。ただ、神の子とまでの位置づけではないので、イエス・キリストの誕生日を盛大に祝うというようなことはない。

 また、戒律が厳格な国々では、閏月を置かないせいで新年が移ろうためでもあるのだろうか、新年もそれほど盛大に祝わないという。

 その代わり、回教圏では、年によって季節の変わる「断食月(ラマダン)」明けなどが大きな祝祭なのだという。断食が終わると盛大に御馳走を食べ、それこそ正月のように祝い、子供には日本の「お年玉」のようなものも振る舞われるのだそうな。

 世俗主義のトルコでは、一応クリスマスも知られてはいるが、それほど盛大には祝わないらしい。その代わりに、太陽暦の大晦日に、家族一同クリスマスのような御馳走やお菓子を食べ、夜明かしをして新年を祝う。この時にヨーロッパやアメリカのクリスマスのように、七面鳥を食べるそうである。

 詳しいサイトによると、七面鳥は英語圏の国々では「ターキー Turkey」つまり「トルコ」と呼ばれているのだが、当のトルコでは七面鳥の事を「ヒンディ」、つまりインドと呼ぶのだという。なんだか面白いが、要するに「ちょっとエキゾチックな御馳走」みたいなことなのであろうか。

子母澤(しもざわ)(かん)→蕎麦屋→聖書→カポーティ

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子母澤寛

 子母澤寛の「ふところ手帖」を読みに国会図書館へ行った。

 なんで今更、子母澤寛の「ふところ手帖」なのか。

 実は30年くらい前から読みたい読みたいと思っていたのだが、いつか読もう、今度読もうと思っては忘れてしまう。忘れるたびに先延ばしになっているうち、30年も経ってしまったのだ。

 そうこうするうち、Amazonなどが出来て、古い本でも気楽に手に入るようにはなったが、値段が高いのでどうしても買うのを躊躇する。そんなことで、読んでいなかった。それがずっと気になっていたのである。

 この本を読みたかった理由は、勝新太郎の「座頭市シリーズ」が大好きだからだ。実は30年前の頃でも、座頭市は既に古い作品群であったが、私はこれをビデオレンタルで借りては見ていたのである。

 で、その「座頭市」の原作が、子母澤寛の「ふところ手帖」なのである。

 30年ほど前、既に旧作となっていた座頭市を勝新太郎が久しぶりにリメイクし、新作として撮ったら、撮影中に勝新太郎の息子の奥村雄大(たけひろ)が過失致死事件を起こし、それが騒ぎになってしまい、そのせいもあってか興業があまり上手くいかなかったというような、そんなこともあった。

 ところが、あれほど長大な映画シリーズになり、後年にはビートたけしも取り組み、また別作に綾瀬はるか主演の「ICHI」も制作されるなどするほどなのに、子母澤寛の原作は、この「ふところ手帖」の中に、「座頭市物語」という題で、たった6ページしかないのである。

 そのことは以前から映画評論などで読んで知っていたが、実際に読んだことがなかったのだ。

 それをはじめて、やっと読めたというわけである。

 実に面白かった。

 勝新太郎があのたった6ページの短編から、どうしてあれほど構想を膨らまたせかもよくわかった。ふところ手帖の「座頭市物語」では、居合抜きの名人、(めくら)の座頭市は自分の親分の不任侠に怒り、女房を連れて出奔し、行方不明になってしまうのだ。だから、勝新太郎の座頭市シリーズは、そうやって旅に出た座頭市が、行く先々で巻き込まれる事件を描いているのである。

 ただ、原作では座頭市には女房がおり、その女房と出奔するのであるが、勝新太郎の座頭市シリーズには女房は出てこない。そのかわりに、行く先々で色々ロマンスめく、というふうになっている。

 さておき。

 子母澤寛は古い作家だから、青空文庫あたりで読めないかな、とも思った。しかし、確かめてみると亡くなったのは昭和43年(1968)だ。著作権切れまでにはまだあと2年ほどある。

 もしそうでなければ、たった6ページほどの分量だから、図書館で本を見ながら全部入力して、ここに載せてしまうところだった。法律上そうはいかない。「引用」と明記して載せる手もあるが、それはやりすぎというものだろう。

室町砂場・赤坂店

 国会図書館にいくと、帰りはやっぱり蕎麦を手繰(たぐ)りたくなる。寒いし、歳の暮れなんだし、今日はひとつ、天婦羅蕎麦を食べてみよう、と最初から決めていた。

 まず、通しものの浅蜊の炊いたのを肴に、ぬる燗で一杯。

 一緒に天婦羅蕎麦を頼むと、店員さんがちゃーんと「ちょっと間をあけて……」奥へ注文を通してくれる。

 海老や貝柱がたくさん入ったかき揚げで、実にうまい。これに葱と山葵を少しづつ乗せながら啜る。

 少し手繰っては、交々(こもごも)酒を飲む。

 ああ、やめられない。

クリスマス・イブなので

 私はキリスト教徒ではないから、クリスマスの本義とするところには無関係である。いや、もっとはっきり言えば、キリスト教なんか嫌いだ。

 だが、そうはいうものの、八百万(やおよろず)の神を(おろが)む日本人として、ヨーロッパやアメリカの大多数の人々が大切にしているものを罵ってないがしろにしようというような気持ちは毛頭ない。アッチが大切にしているのであれば、ならば、もともと何でも拝む習慣のあるコッチなのだから、アッチのものも大切にしてやろう、というのが好ましい姿勢だと思うのだ。

 それにしてもしかし、日本社会一般のクリスマスの扱い方は、イエス・キリストの生誕をコケにしているとしか思えない。如何(いか)に日本中に歪められた形で広く流布した習慣であろうと、キリスト教圏のひとびとが大切にしている宗教的節目をないがしろに汚し、大の大人がセックス三昧に(ふけ)る日であるなどと曲解している近代日本の風俗は、断固不可であると言う他はない。そんな過ごし方をするくらいなら、家で阿呆(アホ)マスコミの手になるテレビか新聞でも見ている方がまだマシというものである。

 もし、こうした日本でのクリスマスの実情を、ありのままにわかりやすくヨーロッパやアメリカのキリスト教徒に説明すれば、彼らは多分、自分たちが大切にしているものを汚されたと思って、「黄禍を今こそ絶ってくれよう」なぞと、例のヴィルヘルム2世の漫画を押し立てて、核戦争の火蓋を切るかも知れない。ああ、おそろしや。

 そういうことがないようにするには、「理解をすること」、それができなければ「理解をしようと努力すること」、これだろうと思う。

 クリスマスには、私の家もこれまでは子供たちが小さかったこともこれあり、楽しませてやろうとて、飾りをしたり、私が腕をふるって洋菓子を拵えたり、キリスト教の話をしてやったりもしてきたのであるが、最近は子供たちも大きくなってきたから、もっぱら私自身が「キリスト教を理解する努力をする日」ということに、自分ではしている。

 今日も、愛蔵の古びた聖書を出してくる。私の持っているのは文語訳のこの一冊だけだ。

 イエス・キリスト生誕の節は、一説だけではなく、「マタイ(でん)福音(ふくいん)書」「ルカ傳福音書」の2書に分けて収められている。

 これらはとうに著作権も消滅していることだから、以下に書き写しておこうと思う。

イエス・キリスト降誕(「マタイ傳福音書」から)
(ルビのみ新かなづかい、佐藤俊夫による)

 イエス・キリストの誕生は()のごとし。その母マリヤ、ヨセフと許嫁(いいなづけ)したるのみにて、未だ(とも)にならざりしに、聖靈によりて(みごも)り、その孕りたること(あらわ)れたり。夫ヨセフは正しき人にして、之を公然にするを好まず、(ひそか)に離縁せんと思ふ。かくて、これらの事を思ひ(めぐ)らしをるとき、()よ、主の使、夢に現れて言ふ『ダビデの子ヨセフよ、妻マリヤを()るる事を恐るな。その(はら)に宿る者は聖靈によるなり。かれ子を生まん、汝その名をイエスと名づくべし。 (おの)が民をその罪より救ひ給ふ故なり』すべて此の事の起りしは、預言者によりて主の云ひ給ひし言の成就せん爲なり。 曰く、『視よ、處女(おとめ)みごもりて子を生まん。その名はインマヌエルと(とな)へられん』之を()けば、神われらと偕に(いま)すといふ意なり。ヨセフ(ねむり)より起き、主の使の命ぜし如くして妻を納れたり。されど子の生るるまでは、相知る事なかりき。 かくてその子をイエスと名づけたり。

 イエスはヘロデ王の時、ユダヤのベツレヘムに生れ給ひしが、視よ、東の博士たちエルサレムに來りて言ふ、『ユダヤ人の王とて生れ給へる者は、何處(いずこ)に在すか。 我ら東にてその星を見たれば、拜せんために(きた)れり』ヘロデ王これを聞きて惱みまどふ、エルサレムも皆然り。王、民の祭司長・學者らを皆あつめて、キリストの何處に生るべきを問ひ(ただ)す。かれら言ふ『ユダヤのベツレヘムなり。それは預言者によりて、「ユダの地ベツレヘムよ、汝はユダの長たちの中にて(いと)(ちいさ)き者にあらず、汝の中より一人の君いでて、わが民イスラエルを(ぼく)せん」と(しる)されたるなり』

 ここにヘロデ(ひそか)に博士たちを招きて、星の現れし時を詳細にし、彼らをベツレヘムに遣さんとして言ふ『往きて幼兒(おさなご)のことを細にたづね、之にあはば我に告げよ。 我も往きて拜せん』彼ら王の言をききて往きしに、視よ、前に東にて見し星、先だちゆきて、幼兒の在すところの上に止る。かれら星を見て、歡喜に溢れつつ、家に入りて、幼兒のその母マリヤと偕に在すを見、平伏して拜し、かつ(たから)(はこ)をあけて、黄金・乳香・沒藥など禮物(れいもつ)を献げたり。かくて夢にてヘロデの許に返るなとの御告(みつげ)(こうむ)り、ほかの路より己が國に去りゆきぬ。

 その去り往きしのち、視よ、主の使、夢にてヨセフに現れていふ『起きて、幼兒とその母とを携へ、エジプトに逃れ、わが告ぐるまで彼處(かしこ)(とどま)れ。 ヘロデ幼兒を(もと)めて(ほろぼ)さんとするなり』ヨセフ起きて、夜の間に幼兒とその母とを携へて、エジプトに去りゆき、ヘロデの死ぬるまで彼處に留りぬ。 これ主が預言者によりて『我エジプトより我が子を呼び出せり』と云ひ給ひし言の成就せん爲なり。

 ここにヘロデ、博士たちに(すか)されたりと悟りて、甚だしく(いきど)ほり、人を遣し、博士たちに由りて詳細(つまびらか)にせし時を計り、ベツレヘム及び(すべ)てその(ほとり)の地方なる、二歳以下の男の兒をことごとく殺せり。ここに預言者エレミヤによりて云はれたる言は成就したり。 曰く、『(こえ)ラマにありて(きこ)ゆ、慟哭なり、いとどしき悲哀なり。ラケル己が子らを(なげ)き、子等のなき故に慰めらるるを(いと)ふ』

 ヘロデ死にてのち、視よ、主の使、夢にてエジプトなるヨセフに現れて言ふ、『起きて、幼兒とその母とを携へ、イスラエルの地にゆけ。 幼兒の生命を索めし者どもは死にたり』ヨセフ起きて、幼兒とその母とを携へ、イスラエルの地に到りしに、アケラオその父ヘロデに代りてユダヤを(おさ)むと聞き、彼處に往くことを恐る。 また夢にて御告を蒙り、ガリラヤの地方に退()き、ナザレといふ町に到りて住みたり。 これは預言者たちに由りて、『彼はナザレ人と呼ばれん』と云はれたる言の成就せん爲なり。

イエス・キリスト降誕(「ルカ傳福音書」から)
(ルビのみ新かなづかい、佐藤俊夫による)

 その六月めに、御使(みつかい)ガブリエル、ナザレといふガリラヤの町にをる處女(おとめ)のもとに、神より(つかわ)さる。この處女はダビデの家のヨセフといふ人と許嫁(いいなづけ)せし者にて、其の名をマリヤと云ふ。御使、處女の(もと)にきたりて言ふ『めでたし、(めぐ)まるる者よ、主なんぢと(とも)(いま)せり』マリヤこの言によりて心いたく騷ぎ、(かか)る挨拶は如何なる事ぞと思ひ(めぐ)らしたるに、御使いふ『マリヤよ、(おそ)るな、汝は神の御前(みまえ)に惠を得たり。()よ、なんぢ(みごも)りて男子を生まん、其の名をイエスと名づくべし。彼は大ならん、至高者の子と(とな)へられん。また主たる神、これに其の父ダビデの座位をあたへ給へば、ヤコブの家を永遠に治めん。その國は終ることなかるべし』マリヤ御使に言ふ『われ未だ人を知らぬに、如何にして此の事のあるべき』御使こたへて言ふ『聖靈なんぢに臨み、至高者(いとたかきもの)能力(ちから)なんぢを(おお)はん。()(ゆえ)(なんじ)が生むところの聖なる者は、神の子と稱へらるべし。視よ、なんぢの親族エリサベツも、年老いたれど、男子を孕めり。石女(うまずめ)といはれたる者なるに、今は孕りてはや六月になりぬ。それ神の言には(あた)はぬ所なし』マリヤ言ふ『視よ、われは主の婢女(はしため)なり。汝の(ことば)のごとく、我に成れかし』つひに御使はなれ去りぬ。

 その頃、天下の人を戸籍に()かすべき詔令(みことのり)、カイザル・アウグストより出づ。この戸籍登録は、クレニオ、シリヤの總督たりし時に行はれし(はじめ)のものなり。さて人みな戸籍に著かんとて、各自その故郷に(かえ)る。ヨセフもダビデの家系また血統なれば、既に孕める許嫁の妻マリヤとともに、戸籍に著かんとて、ガリラヤの町ナザレを()でてユダヤに上り、ダビデの町ベツレヘムといふ(ところ)に到りぬ。此處に居るほどに、マリヤ月滿ちて、初子(ういご)をうみ、之を布に包みて馬槽(うまぶね)()させたり。旅舍(はたごや)にをる處なかりし故なり。

 この地に野宿して夜、群を守りをる牧者(ひつじかい)ありしが、主の使その傍らに立ち、主の榮光その周圍を照したれば、(いた)(おそ)る。御使かれらに言ふ『懼るな、視よ、この民一般に及ぶべき、大なる歡喜(よろこび)音信(おとづれ)を我なんぢらに告ぐ。今日ダビデの町にて汝らの爲に救主(すくいぬし)うまれ給へり、これ主キリストなり。なんぢら布にて包まれ、馬槽に臥しをる嬰兒(みどりご)を見ん、(これ)その(しるし)なり』(たちま)ちあまたの天の軍勢、御使に加はり、神を讃美して言ふ、『いと高き處には榮光、神にあれ。地には平和、主の悦び給ふ人にあれ』御使(たち)さりて天に往きしとき、牧者たがひに語る『いざ、ベツレヘムにいたり、主の示し給ひし起れる事を見ん』(すなわ)ち急ぎ往きて、マリヤとヨセフと、馬槽に臥したる嬰兒とに尋ねあふ。既に見て、この子につき御使の語りしことを告げたれば、聞く者はみな牧者の語りしことを怪しみたり。(しか)してマリヤは(すべ)て此等のことを心に留めて思ひ(まわ)せり。牧者は御使の語りしごとく凡ての事を見聞(みきき)せしによりて、神を崇めかつ讃美しつつ(かえ)れり。

 八日みちて幼兒(おさなご)割禮(かつれい)を施すべき日となりたれば、未だ胎内に宿らぬ先に御使の名づけし如く、その名をイエスと名づけたり。

 モーセの律法(おきて)に定めたる(きよめ)の日滿()ちたれば、彼ら幼兒を携へてエルサレムに上る。これは主の律法に『すべて初子に生るる男子は、主につける聖なる者と(とな)へらるべし』と(しる)されたる如く、幼兒を主に献げ、また主の律法に『山鳩 一對(ひとつがい)あるひは家鴿(いえばと)の雛二羽』と云ひたるに(したが)ひて、犧牲(いけにえ)(そな)へん爲なり。()よ、エルサレムにシメオンといふ人あり。この人は()かつ敬虔にして、イスラエルの慰められんことを待ち望む。聖靈その上に(いま)す。また聖靈に、主のキリストを見ぬうちは死を見ずと示されたれしが、()のとき御靈(みたま)に感じて宮に入る。兩親その子イエスを携へ、この子のために律法の慣例に遵ひて行はんとて來りたれば、シメオン、イエスを取りいだき、神を()めて言ふ、『主よ、今こそ御言(みことば)(したが)ひて、(しもべ)を安らかに()かしめ給ふなれ。わが目は、はや主の救を見たり。是もろもろの民の前に備へ給ひし者、異邦人をてらす光、御民(みたみ)イスラエルの榮光なり』かく幼兒に就きて語ることを、其の父母あやしみ居たれば、シメオン彼らを祝して母マリヤに言ふ『視よ、この幼兒は、イスラエルの多くの人の(あるい)は倒れ、或は起たん爲に、また言ひ(さから)ひを受くる(しるし)のために置かる。――(つるぎ)なんぢの心をも刺し(つらぬ)くべし――これは多くの人の心の念の(あらわ)れん爲なり』

 ここにアセルの(やから)パヌエルの娘に、アンナといふ預言者あり、年いたく老ゆ。處女(おとめ)のとき、夫に()きて七年ともに居り、八十四年寡婦(やもめ)たり。宮を離れず、夜も(ひる)も斷食と祈祷とを爲して神に(つか)ふ。この時すすみ寄りて神に感謝し、また(すべ)てエルサレムの拯贖(あがない)を待ちのぞむ人に、幼兒のことを語れり。

 さて主の律法(おきて)(したが)ひて、凡ての事を果したれば、ガリラヤに歸り、己が町ナザレに到れり。

 幼兒は(やや)に成長して健かになり、智慧(ちえ)みち、かつ神の(めぐみ)その上にありき。

 いつもこのように聖書を書き写すなどしていて思うのだが、言ってみればおとぎ話みたいな荒唐無稽な話、例えばマリアが処女にもかかわらず神の威力で妊娠する、といった話の合間合間に、突然、夫のヨセフが「世間体から言って具合がわるいので、離婚しようと思った」とか、原文のままに書けば「ヨセフ(ねむり)より起き、主の使の命ぜし如くして妻を()れたり。されど子の(うま)るるまでは、相知(あいし)る事なかりき。」とかいったような、ミョーに人間臭い現実の反応がくっついていたりするところが大好きである。

カポーティ

 そんなことを小難しく考え込んだり書いたりしつつ、しかし夜に鶏肉を食ったりワインを飲んだりケーキを食ったりする。

 キリスト教嫌いだとか言っておいて支離滅裂やなアンタ、と言われそうだが、そんなこと別にどうだっていいのである。

 妻と話していて、どうしてだったか、ふとトルーマン・カポーティのことが話題にのぼる。それで、「おお、そういえば……」と、カポーティの「クリスマスの思い出」という作品の事を思い出す。

 私の家にある本はわりと新しいめの本で、友達に薦められて買った村上春樹の訳のものだ。「クリスマスの思い出」は、「ティファニーで朝食を」の文庫に一緒に収められているのだ。

 で、読んだ当時、「ティファニーで朝食を」よりも、この「クリスマスの思い出」のほうが深く心に染み入り、気に入ったものだ。カポーティが子供の頃に一緒に暮らした、スックという年の離れたいとこの女性の思い出だ。

 妻はこれを読んだことがないという。そこで、二人でテーブルに並んで座り、一緒にページを繰った。何度読んでもいい話である。村上春樹の翻訳がいいというのも、効果があるのだろう。

 この作品は、アメリカでは教科書に取り上げられたり、クリスマス時期にテレビやラジオで朗読されたり、あるいは朗読会が開かれたりする定番であるそうな。そういう理由もあってか、英文だと、アメリカのサイトなどにけっこう沢山貼り付けられたりしている。

 ただ、米国法では著作権保護没後70年だったはずで、カポーティが亡くなったのは昭和59年(1984)だからまだ30年余りしか経っておらず、それをこんなにばんばん貼り付けるのは、多分、無断でやってるっぽい。

 このスックという女性の写真は、「capote sook」あたりでググると、彼らが並んで写ったものを簡単に見つけることができる。ネットで多くヒットするこの写真こそ、実は作品の中に取り上げられている、通りすがりの若夫婦が撮ってくれたというカポーティとスックの唯一の写真である。

クリスマスの日にち

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 「オイ長女、クリスマスって何日だっけ、24だっけ、25だっけ!?」

……と気楽に質問して、「ええええ~っ、なんだよこの親父ッ!?」みたいな、「信じられませーン」みたいな顔を返される。

 だって、そんなもん、あんた、わからんやろ。クリスマスって、イブとかあって、どっちがどっちだかわかんねえんだもの。

「お父さん、それ、わざとギャグで聞いてない?……ギャグだったとしても、全然面白くもないしさあ」

 ええい、キリストの誕生日が一日ズレたからって、天皇誕生日を間違えることに比べたらそんなもんどうだってええんじゃあ、と叫び出しそうになるが、辛うじて思いとどまる。

 わからん。ワカランに決まっとるッ。なぜなら、私はキリスト教徒ではないからだ。

 では、あんたは何教徒なんですか、と問われるとグッと答えに詰まる。仏教徒ですと答えておけばあたりさわりはないが、仏教徒としての暮らしや精神を守ってなどいないし、神道ですなどとは言うも愚か、禊もしないし拝礼もしていないのであって、宗教的なあれこれなど、はっきり言って何もしていないのである。

 結局、ひょっとすると、俺は「共産主義者なのでは……」とすら思えても来るのである。共産主義者は、そりゃあ、宗教なんてありますまいよ。