トムラウシ山のこと

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 前回の記事で、たまたまトムラウシ山のことを懐かしく思うことを書いたところ、今日の大量遭難である。

 お亡くなりになった方々に哀悼の意を表する。

 私自身は、トムラウシ山には7回か8回くらいも登ったろうか。そのうち4~5回はクヮウンナイ川からの登山だった。残念ながら、冬のトムラウシは知らない。

 トムラウシ山の山容は温和で、日本アルプスや日高山系のような痩せ尾根や岩場の山ではなく、標高もさして高くはない。

 だが、アプローチが異様に長く、新しい登山口の帯広側からは日帰りも可能ではあるものの、従来はどうしても片道1日以上を要し、野営が必要であった。歩行距離も長く、体力も消耗する。私がよく訪れたクヮウンナイ川などは落石・滑落でしばしば遭難者があり、登山禁止が長く続いた。

 70歳にもなろうという素人の老人が物見遊山がてらに気楽に登る山ではない。

 大雪山系は一般に火山性の山であるためなだらかで、標高もそう高くはないが、緯度が高いために、天候、特に気温は、本州の山と比べる時には1000メートルを足すのが適当とも言われる。

 昭和62、3年か、平成元年ごろだったろうか、私も大雪山随一の高峰旭岳で、8月半ば頃に吹雪に遭ったことがある。高峰とは言えど、ロープウェイで気楽に遊びに行ける山だ。だが、ロープウェイを頼みにして、薄着、手ぶらなど、油断をすると大変な目に遭う。

 その時は、みぞれのような横殴りの氷雪に叩かれ、用意のゴアテックス雨具の上にガラスのような薄氷が張った。私は、真夏の日帰り登山であったにもかかわらず、ウールのセーターをリュックサックの底に収め、ツェルトザックにレスキューシート、燃料、水、甘味品など、十分に用意をしていったから特に怖くはなかったが、周囲にいた観光客には恐怖体験だったかもしれない。十分に用意をするということは、そのまま重い荷物を担ぐということと同義であり、それには鍛えた肉体が必要になる。体力のない者は、物質面で油断のない用意をしておくことができないというその点で、既に山に登る資格がない。

 もしその日が夏日であれば、日帰りに似つかわしくない私の大荷物は、他の登山客には奇異に見えたことだろう。だが、普段奇異に見られることを営々と持続し、百回千回のうちのたった一度に役立たせることこそ、「備え」というものである。

 真冬に同じ旭岳で、偶然ガイドにはぐれた登山客を発見し、これを助けて下山したことがある。その人は防寒具、食糧など、すべてをパーティ頼りにしていたために、手ぶらに近かった。反面、その時の私は危険と言われる単独行であったが、逆にそのために周到に準備し、夏シーズンに目をつぶっていても歩けると言えるほどに同地に通い、それから決行した冬山行であった。単独行であるからこそ、重い荷物に耐えられる体を作り、十分な物資を携行して臨んでいた。一人で遭難すれば、何年も行方不明になってしまう。だから、気楽に構えず、覚悟して冬山行をした。

 老人には、自分と言うものの位置・地位をよく見極め、軽率な行動をしないように自戒してもらいたい。ガイドに頼りたい気持ちもわかるが、山で他人に頼れば、はぐれれば丸裸である。

 他人に頼る心は、何もなければ人と人との信頼や、美しい愛にも転化できようが、山はそんなことを考えてはくれない。非情なのだ。ガイドに頼らなければ行けない山になど、最初から行かないことを意見したい。