平日に「巴町 砂場」

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 私は若い頃から長年、ゴチャゴチャしたDQN(ドキュソ)職場で働いている。色々と前近代的で不便な職場だが、そういう職場なので不満や愚痴を言っても仕方がない。

 だが、そんな私の職場も、鈍重ながらも世間の潮流には乗っていってはいる。最近は「男女共同参画」とか「ワークライフバランス」というようなことにも相当注力するようになってきた。色々な施策のお陰で、子育て世代などは一昔前と比べると大変恵まれている。

 今日も上の方からの施策で「とっとと帰宅しろ」というような日にあたった。こういう日は朝7時には出勤して、給料分の時間は働くという仕組みだ。ありがたいことだが、しかし、帰れもヘッタクレも、昨日の日曜日には有無を言わせず呼び出されて終夜働かされており、その分の時間はなんだかウヤムヤにどこかへ行ってしまっているのだから、なにやらいい加減ではある。

 さておき、こういう日にしかできぬことだってある。例えば「土日祝が休みの蕎麦屋に行く」、これであろうか。

 そうと決まれば、遠く江戸時代の砂場蕎麦に続く東京屈指の名店、「巴町 砂場」に行くしかなかろう。

 改めて簡単に記せば、大坂城築城のための土木置場――これが()うところの『砂場』――にあった「和泉屋」という蕎麦屋の流れを汲んで、江戸に店開きしたのが(こうじ)町(麹町)七丁目「砂場藤吉」(今の三ノ輪の『砂場総本家』)、久保町「砂場長吉」などである。「砂場藤吉」から暖簾分けしていったのが今の「虎ノ門 大坂屋砂場」と「室町 砂場」で、「砂場長吉」が今の「巴町 砂場」である。その辺りの事は先日このブログにも記しておいた。いずれも東京屈指の砂場の名店だ。

 三ノ輪の「砂場総本家」には既に行ったし、また、「虎ノ門」と「室町」は土曜日もやっているので、先日念願を達成して2店ともに行った。しかし、「巴町」だけが「土日祝は休み」であり、平日はあまり時間のない私には行けないのである。

 何にせよ、「早く帰れ命令」の今日と言う今日は、これは「巴町に行け」という神のお告げにも聴こえるものがある。

 「巴町 砂場」の営業時間は昼11時~14時、夜17時~20時だ。このことだけをとってみても行ける人を選ぶ蕎麦屋さんだ。

 だがともかくも、職場から地下鉄を乗り継いで急いで行く。最寄り駅は「神谷町」で、これは東京タワーの最寄り駅としてもよく知られている。「巴町 砂場」には神谷町駅の3番出口から出るのが一番近い。

 地上に出るとそこが「桜田通り」だから、これを北の方へ2、3分も歩けば、通りの右側(東側)に店がある。

img_4790 店はビルの1階にあるが、美しく、店内の趣味も非常に良い。入って右側の床の間ふうのしつらえに生け花と日本人形が飾られ、店の奥には切り火鉢風の囲み卓の席もある。

img_4792 いつも通り酒と、焼海苔を頼んでみる。酒は菊正宗、通しものは枝豆だ。海苔は蕎麦屋のお決まりで、下に熾火の入った炭櫃で供される。

 海苔は厚手のいい香りのもので、日本酒にまことに合う。山葵もおろし立てで旨い。

 ゆっくり飲んで、一杯ほど酒が残っている頃おい、「せいろ」を一枚頼む。この店の名物は「趣味のとろろそば」と「特せいろ」だと調べてきてはいるが、初めて入ったのだから、スタンダードなものを、と思ったのだ。

img_4795 想像通り、純正・中立な、「蕎麦の中の蕎麦」だ。太からず細からず、黒からず白からず、しなやかで味も香りも良い。蕎麦(つゆ)は辛くなく、穏やかな、出汁(だし)のきいた(つゆ)である。その辺りは「辛汁(からつゆ)」が自慢の「藪」とは一線を画する。薬味の葱はしゃきっと切ってあって、香りが良く、旨い。

 また、蕎麦の盛り方が良く、とかくよくありがちな、「絡まって手繰りにくい」ということがない。

 蕎麦湯はわざと蕎麦粉を溶くようなことをしていない、澄んで、香りのよい本当の茹で汁であった。おいしいので全部飲んだ。

 品が良く、店も綺麗であった。酒と肴、蕎麦で2千円と少し。安いな、と言う程ではないが、「そんなに高いわけではない」値段で、堪能できる飲み食いであった。

 外に出てみると、日比谷線が止まっていた。霞が関で発煙騒ぎがあったと言う。「霞が関・発煙・地下鉄」などと聞いて、昔の「地下鉄サリン」のことを思い出してゾッとするのは私だけではなかったろう。

 虎ノ門まで歩き、そこから新橋、浅草、北千住、と迂回乗り継ぎをして帰宅。

 平日にしては面白い飲み食いだった。