読書

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 懐石の名料理人、辻嘉一の「料理心得帳」を読み終わる。

 辻嘉一氏の父、辻留次郎氏が明治時代に開いた懐石料理店「辻留」は京都の店だ。二代目の辻嘉一氏が銀座や赤坂に出店し、赤坂には三代目の辻義一氏が引き継いだ「辻留」が今もあるそうだが、ホームページで見てみると昼は最低1万円、夜は最低2万5千円からだから、目玉が飛び出るほど高い。私如き素人がくぐる様な店ではあるまい。もし入ったとしても、飯の食い方を嘲笑されてしまうだろう。

 そんな店の二代目が諄々と家庭料理について説くのがこの本なのであるが、一貫した主題は、安い素材でも旬のものの持ち味を生かし、心を込めて料理すればおのずとそれは日本料理の精髄を体現し、美味そのものとなる、というようなことだ。

 それと、辻留の高級料理とのギャップ感に、素人はもはやどうしてよいかわからなくなってしまうのである。

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 私などが子供の頃に活躍していた懐石料理の名料理人、辻嘉一氏の著書。

 先週、同氏の「料理のお手本」を、たまたま市立図書館南部分室の書棚で見かけたので、ふと手に取った。これがなんとも言えぬ親しみやすい本だった。私としては名著だと思う。

 読み終わったので返しに行き、入れ替えにこの「料理心得帳」を続けて借りてみたわけである。

 「料理のお手本」でもそうだったが、ところどころに「魯山人さん」と親しみのこもった記述があり、当時北大路魯山人氏と懇意だったのだな、などということがわかって面白い。勿論、料理に関する文章はその料理の色や味まで伝わってくるし、懐石料理の渋さも響いてくる。この辻嘉一という人は、料理人であると同時に、優れた文筆家でもあったのだな、ということがよくわかる。

 ただ、私は口の奢った人間ではないので、懐石料理など食べたこともない。だいいち、茶事を知らぬ者が懐石でもない。食っても多分味もわからないと思う。本で読んでその世界を想像するまでのことである。

 私如き、富裕でもなし、今更近づくことすらできぬ世界が、確かにどこかにあって、私とは異なる選ばれた人たちだけがそれを知る、ということが、なんとはなし、(くや)しいことではある。