引き続きゆっくりゆっくり、岩波の「北槎聞略」を読み進めている。通勤電車内の楽しみだ。
もうこの本も終わりのほうに近づいてきたが、次のような面白い部分があった。引用し、現代語訳を付してみる。
帝号を称する国をイムペラルトルスコイといひ、王爵の国をコロレプスツワといふ。
彼邦 にて他邦の者どもおち合、互 に其許 の国は何国 にて何爵ぞと問 とき、コロレプスツワなりといへばとり合 者もなし。イムペラルトルスコイなりといへば席中 形を端 し上座を譲 ると也。世界の間 四大部洲 にして其容 る所の諸国千百に下らず、其内帝号を称する国僅 に七国にて、皇朝其一に居る。されば光太夫等何方 に行 ても少しも疎略にせられざりしなり。
現代語訳(訳:佐藤俊夫)
「なになに帝国」という国のことをロシア語では「
империя 」と言い、「なになに王国」という国のことを「королевство 」と言います。ロシアで外国人同士が寄り集まって、「あなたの国はどこですか、王様の位は何ですか」と尋ねあうような場合、「なになに王国です」と答えると、誰も相手にしてくれません。
ところが、「なになに帝国です」と答えると、集まった外国人達は姿勢を正し、上座を譲ります。
世界、つまりヨーロッパ、アジア、アメリカ、アフリカなどの中には、数え切れぬほど多くの国々がありますが、そのうち「帝国」を称する国はたった7か国しかありません。わが日本はその7か国のうちの一つに入っています。
そのため、大黒屋光太夫らは、ロシア国内のどこへ行っても、少しもぞんざいな扱いを受けることはなかったのだそうです。
キリロおよび今度来れる
蕃使 等が説に、日本国国体 、風教 、礼儀、衣服、制度に至るまで殊 に全美 にして議すべき所あらず。そのうへ軍事、武備整 り、武芸の精練なるに至りては諸国のおよぶべきにあらず。刀剣弓矢 の制作器械の良好なる、実に万国に冠 たり。然 るに外洋 の諸国を畏怖し 、我魯西亜 をも懼 れ憚 らるゝと聞 およべり。大に謂 れなき事といふべし。これしかしながら和蘭 国人等久しく貴国に通商し、その貨物 を諸国に市易す。もし諸国より貴国に通信互市 の事あらば其利 を失はむ事をいめる根なし言 より起 りしなるべし。これ其本 外洋 人たゞ支那と和蘭のみ通商を許されて其他諸国の舶 を入 られず、また外邦 へ舶をも出されず、外国の形勢、事理、情実を詳 にせられざるよりしてさのごとく畏怖せらるゝなるべし。貴国人物制度の全備 もとより外国の軽侮 をうくべからざる事は上 にいふ所のごとし。足下国に帰るの後よく此事理 をもて貴国の人々に告知 しむべしといひしとぞ。
現代語訳(訳:佐藤俊夫)
今回、大黒屋光太夫たちを送り届けてきたキリロ・ラクスマンらロシア帝国の使者たちは、我が国を評して次のように言っています。
「貴日本国は、国のありよう、教え、礼儀、服装や制度など、あらゆるところがよく整っており、文句をつけるような部分がまったくありません。刀剣や弓矢などの武器を作る技術や道具も優れており、これは世界のほかの国々と比べてもトップクラスです。にもかかわらず、外国を恐れ、わがロシア帝国をも恐ろしがり、避けていると聞きました。これはまったく根拠のないことです。
そのように思い込んでいるのは、おそらく、オランダ人達のせいでしょう。オランダは長年日本と貿易をし、日本からの輸出品を世界中に売って利益を上げています。もし他の諸国が日本に連絡をはかり、相互に貿易を始めると、オランダは日本との独占貿易の利権を失うのです。オランダ人達はそのことを嫌い、根拠のない説を日本に吹き込んでいるのだと思われます。
このようなことになってしまうのは、日本のほうにも原因があります。日本は中国とオランダだけに通商を許可し、他の国々の船の入港を拒絶し、また日本からも諸外国へ一切船を出しません。そのため外国の形勢や情報、詳しい事情などがよくわからず、むやみに外国のことを恐れる結果となってしまっているのだと思われます。
貴日本国は、国民も制度もきちんと整っており、もとより外国から侮られるような要素が全くないことは、先に述べたとおりです。
あなた(訳者注:大黒屋光太夫のこと)が国へ帰ったら、このことを論理的に、よく日本の人たちへ説明してください。」
使者のロシア人たちは、上のように伝えたそうです。