発端編


Index

完成後の我が家


完成後の我が家

  •  自宅建築の発端
  •  もともと私には、自宅を建築する、新築の住宅を持つ、という気持ちはさらさらなかった。私は転勤の多い部類の公務員で、平成14年1月現在満35歳、年収は税込みで800万円台の前半ぐらいだ。手取りで言って600万ぐらいだろうか?貯金は1000万円をちょっと超える程度である。しかしそれは、高校にも進学せずに今の仕事を20年も地道に続けてきた結果ようやくのことであって、私がこれから伸びる有望な人材だからと言うわけではない。実際のところ、ほんの10年くらいも前なら、私の稼ぎは300万円もなかった。私自身、借金がキライということもあって、定年で辞める頃に退職金でもって現金で、中古マンションのひとつも手に入れば上出来だと思っていた。

     だってそうだろう。まっすぐに物事を考えてみるとして、仮に3000万円の持家を私が購うとする。それは、全く飲まず食わず、いかなるものも消費せず、一切税金を払わずに3年と9ヶ月働けば、ようやく返すことができる額だ。辛いことだよ、3年9ヶ月の間、モクモクと宮仕えするということは・・・。そういう値段のものを借金で買うと言うことは、本来常軌を逸したことであると考えるべきである。

     反面私は、住宅の広告を見るのが大好きで、最新の台所設備や広々としたリビング、かっこいい風呂などの間取り図や写真を眺めては、「おお・・・。新しい家はええのう」等と想像をめぐらして楽しんでもいた。そんな住宅は自分とは全く関係のない、縁のないことと考えていたので、そういう広告を見て自分の家が欲しくなるということはまったくなかった。あるいは、欲しいものやしたいことを我慢するという習性が永年の間に私の身についていたのかもしれない。

     私には1歳年下の妻と4歳の女の子がある。親子3人で、妻の両親の持っている貸家に、家賃を払って住んでいる。近所には妻の兄(妻の実家の長男)が住んでいる。妻の両親は、遠く離れた地方に住んでいる。私は長男であるが、両親とは遠く離れて暮らしている。

     そんなある日のこと。平成13年の10月。

     私達夫婦に子供が生まれた。二人目の女の子。子育てもなかなか大変であり、かといって上の子の幼稚園もあるので妻を里帰りさせるということもままならない。それで妻の母に来てもらって、赤ん坊が頼りないうちだけ助けてもらった。妻の母は都合二ヶ月も泊まりがけで助けてくれた。年寄りが慣れぬ場所に2ヶ月も泊まるのはなかなかに大変なことであり、私は妻の母に頭が下がった。



  •  義父母と義兄
  •  妻の母が長く滞在するのは久しぶりのこととて、その間妻の兄と妻の母がゆっくりと話す機会があった。話すうち、

    「お父さんもお母さんもこっちへ来て暮らさないか」

     という話が出た。判断や行動が速い妻の両親は、即座にそうすると決断した。そうなれば次の問題は、妻の両親が住むところだ。

     私が妻の両親から借りて住んでいる家は、もともと妻の両親が長男のもとで暮らすため、老後に備えて入手しておいたものだ。しかしそこに実際に住むまでは空家になるから、私達が家賃を払って住んでいるのだ。したがって、妻の両親の「老後」が訪れたならば、私達は遅滞なく今住んでいる家を空けなければならないのが条理と言うものである。

     ところが、その「老後」が今や到来したのである。

     私は、妻の両親の「老後」というものは、もうすこし徐々に訪れるものであると認識してきた。したがって、数年越し程度での前触れというものがあり、すこしづつ心の準備を整えてのち、もともと転勤族である私の転勤に合わせて今の家を空ければいいと考えていたのである。しかし妻の両親の「老後」は突然やって来た。

     妻の両親は、「気にするな、お前達はその家に当分住んでおればよい。私たちはしばらく近所の賃貸に住むから」と言った。そして実際、すばやく近くの賃貸マンションを契約した。妻の父は70歳。私は妻の父の動きのすばやさにも驚いたが、近所の賃貸マンションについても新しく知るところが多くて驚いた。

     どんなところに驚いたか。

     家賃が高いことにも驚いたが、それよりも、「老人は賃貸マンションが非常に借りにくい。もしくは借りることが出来ない」ということを知って驚いた。これはひどい。不動産屋に行っても、老人は難色を示されてとても借りにくいらしいのだ。なにが高齢化社会なものか。だがしかし、その借りにくさ、不愉快さを乗り越えて、妻の父・母は家賃9万円を超える賃貸マンションを借りてしまった。

     これは具合が悪い。私達は妻の両親に8万円の家賃を6万円に負けてもらって払っている。古家とは言え一戸建てだ。若い者が負けてもらった家賃で一戸建てに手つま先を広げて気持ちよく住んで、年寄りが不愉快で狭く値段の高い賃貸マンションに住む。これはなんとしてもどうにかしなければ具合が悪い。

     要するに私は、今妻の両親から借りて住んでいる家を空けなければならないのだ。



  •  自分のとりうる行動
  •  私には取りうる行動がいくつかあった。特徴的なものに絞ると、3つに分けることができた。いわく、

    •  官舎に住む。
    •  私達が近所の賃貸に住む。
    •  住宅を購入、もしくは建築する。

     すなわちこれである。

     一つ目の「官舎」。

     これは安く、もともと転勤の多い部類の公務員である私にとって都合が良い。だが、社宅や官舎と言うものに住んだことのある人には当たり前のことと思うが、時として官舎は極めて暮らしにくい、イヤな場所である。亭主の役職や階級が、家族にまでついて回っていたり、そういう事柄が掃除当番の頻度にまで影響していたりすることもある。私の父も公務員で、私は官舎で育ったのだが、私自身イヤな思いをしたこともないではない。そういうことが子供の教育に良い影響を及ぼすとは到底考えられない。おまけに官舎や社宅と言うものは、普通であれば通勤に便利な場所にあるはずのものであるが、私の職務の関係で、その官舎も著しく不便で遠いのだ。なおかつ希望者が多く、希望どおりすぐ住めるわけではない。官舎を取り扱っている係の者は、自分の持ち物でもないのにエラそうにしており、官舎の希望を出すときにはなんだかこちらが低姿勢でペコペコしなければならなかったりもする。しかも補修や修繕が悪く、腐った畳が敷いてあったりする。「子供の教育に悪く」「不愉快で不潔」「通勤に不便」などという場所に、誰が好き好んで住みたいものか。

     加えて、妻が「私は今まで、お父さんやお母さんに納得の行く親孝行をしてこなかった。せめて少しはそばに居てあげて、簡単な世話ぐらいはしてやりたい」と言う。親孝行は良いことだ。官舎は遠く離れているので、妻のその希望を叶えるには合わない。

     二つ目の「近所の賃貸」。

     これは、高い。家賃が。1ヶ月9万、12ヶ月で108万。他に敷金とか保証金と称するものが数十万から100万もかかろうか。住むためにやむを得ぬとはいえ、これはイタい負担だ。それより何より、数年にわたり借家とは言え一戸建てに馴染んだ身であってみれば、せせこましい賃貸アパートなんぞにはもうちっとも戻る気が起きないのはやむを得ぬところである。赤ん坊が泣き出せば、上下左右の住人に気を使わねばならない。赤ん坊ぐらいのびのびと泣かせてやりたいものだ。

     三つ目の「持家」。

     これも、高い。私は考える前から「俺は貧乏だからムリだ」と結論した。後で知ったのだが、私は必ずしも貧乏人ではない。平成12年度の国税庁の「民間給与実態統計調査」によると、サラリーマンの給与は平均して461万円であり、男性だけを見れば567万円だから、私はそう貧乏でもない。ただ、自宅について考えたときまで、私は他人と給与の話をしたことがほとんどなく、従って他人と給与を比べたことがなかった。なおかつそれまで非常に長く下積みをしてきて、若い頃一度民間人と給与を比べて実際に自分が貧乏だったので絶望し、以後そんな不快な思いをしたくなかったから一切他人と給与を比べたことがなかったのだ。今にして思うに、その「若い頃一度民間人と給与を比べて・・・」というのは、バブル経済真っ盛りの頃のことで、公務員である私の給与が当時みすぼらしいものであったのは当然というものだ。



  •  2世帯住宅案
  •  それまで私にとって不動産と言うものは、

    「とてつもなく高額で投機的で危険なもの」

    で、

    「時としてスジ者すらからむ事もあるスゲェもの」

    であって、

    「素人が手を出せばその瞬間に必ず失敗して速やかかつ絶対にクビを吊らなければならなくなるオソロシイ代物」

    であった。だって周りを見渡して御覧なさい、40歳台から60歳代の連中の多くは、バブルの頃にアホな買い物をして、軒並み数千万円というオソロシイ債務を抱え、途方にくれているではないか。触らぬ神にタタリなし。したがって、単独で手を出すことは絶対に避けるべきであると思われた。

     私が考えたことは、ひと世帯が丸ごと住むようなものを私が手に入れることは恐らく生涯ムリである、したがって誰かと共同で住処を持ち物にすることだ、ということであった。

     今妻の両親から借りている貸家の底地の権利を、何らかの形で半分私に買い取らせてもらう。で、その上の建物を壊して、新たに2世代が住めるような住宅を建てる。そうやっておいて妻の両親と一緒に住む。半分だけ出すわけだから、恐らく私にもムリなく払えるはずだ。それならそう恐ろしいことではない。

     で、その話しを妻の両親に持ち掛けた。妻の両親はいいとも悪いとも何とも言わなかった。が、妻の兄に相談すると、あまりいい顔はしなかった。その時はわからなかったが、後でよく考えるといい顔をしないのは当然だ。だって、両親が近所に住んでいて、自分と同居しないで、妹の亭主が整備した2世代住宅で妹夫婦と同居している、って図式は、これは妻の兄にとって愉快なわけはない。こんなことを持ちかけた私もずいぶん愚かと言うものだ。まして土地の権利をイロイロにいじると言うのは、せっかく平和な家族親戚の間柄に後で要らぬ揉め事の原因を作るに違いない。

     それでその案はあっさりあきらめた。



  •  相互賃貸案
  •  次に私は「相互に家を賃貸しあってはどうか」ということを考えた。

     それはこういうことだ。私が近所にマンションを買う。それは、住みやすいある程度以上のものを買う。しかし、そのマンションには私は住まない。妻の両親に貸す。もちろん家賃を貰う。一方、私は今妻の両親に借りている家をそのまま家賃を払って借り続ける。こうすると、お互い家賃を相殺し合ってタダになるという理屈である。

     私にはこれは名案であると思われた。加えて、借家を借りている場合、ある程度給与に家賃の補助がつく。持家を持てばその補助はなくなるが、借家に住んでおればそれは支払われる。妻の両親とお互いに貸し合いすれば、いささかサギじみているが、マンションのローンの何パーセントかが税金で支払われる、という理屈だ。

     金融や法律に詳しい妻の兄に相談してみた。言下に「それはムリ」と言われた。

     なぜムリなのかというと、「住宅ローンが借りられない」からである。住宅ローンは自分が住む家でなければ借りることが出来ないそうだ。もちろんお金は借りられるけれど、銀行から人に貸すための家を建てるお金を借りようとすると、それは「事業資金」ということになる。本来住宅ローンは人が生活するのに最低限必要な住居を手に入れ易くする為にある程度金利が安くなっているのであって、事業を運転するために貸すお金ではないから、貸してくれないのだそうだ。そして銀行が事業用に貸してくれるお金と言うものは、大変金利が高いものなのである。

     そういうわけで、この案もアッサリ却下となった。



  •  マンション
  •  「相互に貸し合い」ということを妻の兄に相談して「ムリだよ」と言われた時、妻の兄はこうも言った。

    「何もそんな複雑なことをしないでも、キミが自分で買った住処に自分で天下晴れて住めばいいじゃないか。そうすれば誰も文句はいわないだろう?」

     あっ、そうか。それは気づかなかったぜブラザー!!なんでそんな簡単なことに俺は気づかんのだ。そうだそうだ、そうに決まってる!早速実行だ!

     そういうわけで、マンションを物色することにした。それが平成13年の12月の初旬のことだ。

     私は、「ボーナスで払うことを考えなくてよく、なおかつ月々の負担が6万円ぐらいで、しかも定年までにローンを払い終える」ことをまず考えた。そうすると、1500万ぐらいのマンションに住むのが私にとって最も身の丈に合っているのではないか、と思われた。

     妻の両親の賃貸マンションを仲介した大手業者SHの営業KMさんによると、近所に中古マンションがある。築10年1580万円。3LDK、駅まで歩いてざっと15分。これ以外にないでしょう。

     そこで、平成13年の12月8日、この日は結婚記念日だったのだがそんなことはコロリと忘れ、KMさんの案内でそのお宅にお邪魔した。最上階7Fの、すんげェ見晴らしのいいところだ。なるほどこれも悪くない。維持費に一定のお金が要るけれど、それはマンションなんだもの、しょうがないよ。これだこれだ、これにしよう!これ以外にないんだよ俺達には!というような空気でそのマンションを後にする。気持ちよく部屋を見せてくれた奥さんも、私達とその空気から、「あ、この人たちは買ってくれる!」と思ったに違いない。実際すっかりそう言う気持ちになって家に帰った。



  •  中古戸建て
  •  家に帰って、もうほとんど問題は解決したような気になり、ちょっと気分に余裕も出て、ゆっくりと新聞なんぞ読んでいた妻が、

    「お父さん、この広告見てよ、これ。築10年で一戸建て、1580万だって・・・。さっきのマンションと同じ値段よ?立地もあんまり変わらないわよ。ちょっとコレ、どう。見るだけ見に行って見ようよ」

     もう妻は広告の不動産屋に電話をかける。不動産屋は上のものを下へも置かぬていの丁重さ、どうぞスグお越し下さいお待ちしております担当は営業のKDでございますよろしくお願い申し上げます、と言う。

     ま、一応見るだけ見とこう、ぐらいの気持ちで駅前の、その建売主体の不動産業者Lへ。早速ですがその中古物件を・・・と話を切り出したのだが、担当のKDは

    「佐藤さん、せっかくですが私ども、
    この物件はお勧めいたしませんッ(キッパリ)」

    などと言う。なぜです、そう悪い物件とも思えませんが、という私の問いには、立地が悪いの保証がないの、不便ですよ通勤ダメです、今たとえ現地にご案内したとしてもご主人さんきっと、あーコレはヤメタ、とおっしゃる筈ですよ云々・・・とまくし立てておいて、それからおもむろに

    「それよりどうです、新築は。住むなら新築ですよ絶対ですよ新築以外にはありませんよ、保証もききますし。何より気分が違いますよ新築は新築ですヨ新築新築新築新築新築新築・・・・」

    などと言っている。今にして思うとその新築を売りさばきたくてしょうがなかったのだろう。かたや私と言うと、

    「いやぁ、おいくらなんです、その新築。3000万?ハハ、冗談おっしゃっちゃイケマセンよ、貧乏人ですヨ私は。年収なんて800万くらいなんですよ、買えるわけないでしょう。せいぜい1500万が関の山ですヨ私には。そんな夢のよーな話をもちかけるなんて、ハハハ」

     そしたらなんかヘンな顔をしている。私はその時には本当に、民間人と言うものはバリバリ稼いでいて、どんなヤツでも1000万円やそこらの収入はあるものと思っていたのである。

     とにかく、買う買わないは別として、見に来てください、きっと気に入ります、3040万ですけど、エエーィもってけドロボー、2980万にしときますよ、エエ、エエ、今そうしました、たった今負けました、さ、さ、表へ出て、車に乗って下さい。

     冬のこととて、あたりはすっかり夜になり、寒くもあったのだが不動産屋のセルシオに乗り込む。5分もかからず現地につく。最寄駅まで歩8分の4LDK、新築。

     ・・・私は自分でも自分が単純きわまるチョロい男だと、今しみじみ思うのだが、その新築を見たとき、もうすっかりコレだ、コレしかない!!買うぞ!と思ったのだ。実際、あまりきれいな家に住んだことのない者が新築を見たら、そりゃぁキレイだから心を動かされるに決まっている。妻もすっかりその気になっている。惚れ惚れとその新築の建売を眺め、不動産屋に戻って、営業KD氏は弁舌さらに力を込める。払えないとおっしゃいますけどね佐藤さん。払えますよ余裕で。見てくださいほら、ね?月6万チョイですよ。ボーナスだいぶ払ってもらうことになりますけどね。今金利すごく安いんですよ、ご存知でした?どうです、これくらいの負担で、あのすばらしい気持ちの良い清潔で便利な新築に住めるんですよ・・・。

     話に聞き入るうち、奥にいた女の子がコーヒーやらお菓子まで出してきた。ふぅむなるほど、新築かぁ。売りに掛かってきてやがるぜ、しかし、新築の良さとはこれか。よっしゃわかった、買うぞ買うぞ!買う買う光線っ!

     ・・・ただ、後頭部のナナメ上のへんで誰かが、「慌てるな。ちょっと待て。」と言っているような気がしてもいる。私は、これまで、このなにか小さく聞こえる声に従って、いろいろな失敗を避けてきている。いちおうこの声に従って、今日は返事をしないでおこう・・・。

     その次の日、大手業者SHのKMさんから「あのう、昨日のマンション、いかがでしょうか」と電話がかかってきた。「あ、あれですか?いやーぁ、よそで新築見たら、それが欲しくなってきましてね。新築っていいもんですねぇ。ま、まだ返事してませんけど、あれ欲しいですね」と答えて切った。

     その次の週、再び大手業者SHのKMさんから電話が掛かってきて、「中古の物件でいいのがある」と言う。一応うちの近所で、築10年で2380万、土地は30坪超えるぐらい。いちおう見たけど、いまいちピンと来なかった。KMさんは「でもモノは考えようでして、お子さんが小さいうちは家も汚れますし、土地代はこれで1980万ぐらいは含まれてますから、残り400万が家賃とお考えになれば、10年住んで年の家賃が40万、月々に直せば3万3千円ちょいでしょう。その時点でお住み替えを検討なさって、土地だけ売れば、悪くない買い物になると思いますが」と言った。条理の通った意見ではある。しかし、あまり魅力のある家ではなく、心が動かなかった。

     次の日、別の不動産屋BEへ出向いた。なんにせよ、いろんなものを見ておくべきだ、と思ったのだ。



  •  新築建売
  •  BEの営業氏は、こうのたもうた。この地域では実は今、大規模な都市開発が進んでいますよね?えっ、ご存知ない?ご存知ないんですか、あらら。いえね、駅が新しくできるんですよ。その駅の周りに巨大遊水池を作りましてね、商業地やら住宅地を設けて・・・知らないんですか?土地の値段なんて、鰻上りですよ2〜3年後?ぐらい?から。ええ、もちろん当社でもそこに物件はございますよ。お値段はまあ、2890万ってとこですかね。え?土地の値段?・・・そ、それは・・・それは、一概には言えませんよ。畑や田んぼしかないところに水道引いて道路作って電線通して開発するわけですから。いくら、とはちょっと表現できないです。いや、それはそれとして、ちょっと見に行って見ましょう、さあさあどうぞ!

     そんなわけで、新しく駅ができるというものの、実は今は何もないという、さる開発地近くの建売を見に行った。

     営業氏は「さあどうです。すばらしいでしょう、新築って!」と言ってそれを見せてくれたが、はっきり言ってあんまり心が動かなかった。先週新築をひとつ見ていて、それに気がいっていたせいもあるのだが、その新築は工作があまり良くなかったのだ。営業氏の話を聞いているふりをしながら、私は壁の隅っこや階段の手すりを見ていた。先週と違ってそうするだけの心の余裕があった。壁のクロスは床近くでいびつに歪んでめくれているし、階段の手すりは造作が悪くて、隙間が空いている。玄関の靴箱はベコベコした安物、外装もなんだかあまり魅力のない安っぽい感じだ。

     その家がいいとも悪いとも言わず、黙って営業氏の話を聞いていると、その都市開発の話を熱心にしている。2年?3年?ムニャムニャ、と歯切れの悪い言い方をするから、妻が、「で、その駅というのは、いつできるのですか」と聞くと、「イヤその、20年後、え?早まる?17年後。そう、17年後です」とか言っている。ナニィ、17年後だ?

    どうも信用できない

     正直、そう思ったので、早々に腰を浮かし、さっさと引き上げた。

     帰り道、先週見た、不動産業者Lの建売をもう一度見たくなる。建て付けは絶対、先週のヤツのほうが良かった。そう思ったのだ。それでもう一度見に行った。ますます物欲が盛り上がるのを感じた。



  •  エラそうな業者を断つ
  •  その次の週、平成13年12月22日の土曜日。

     先週、都市の開発がどうとか言っていたBE不動産がいい中古物件があるというから、朝からそれを見にいった。今住んでいる家にほど近いところにそれはあった。ホンモノの焼きの瓦をいただいた門があって、雪見障子を張り巡らした日当たりの良い縁側が家の南側を巡っており、家のそこかしこに太さ30センチはあろうかという立派な焼き杉の柱の通った壮大な和風建築である。もうその規模を見たとたんに「いったいこのオッサンはワシにナニを勧めとんのじゃあ」と呟かざるを得ないようなすごい代物である。2階の洋間なんか、なんだか壁に唐草模様みたいなビロードが一面に貼ってあるし。

     立派なことは立派なんだが、どうも違和感がある。その家の前は大きな空き地だったのだが、帰りがけにその空き地をよく見たら看板が立っていて、その看板に「建築計画地」とかなんとか書いてあって、6F建てのマンションが建つと書いてある。オッサン、そのこと一言も私に言わずにおかしな家を売りつけようとしやがった。帰りがけ、「どうも、この、こういう立派なものは、私達にはどうも、ピタッと来ないようです」とかなんとか言ってオヒキトリ願った。

     どうもヘンな、値段が高いばっかりで実はマズ苦くて後味の悪い料理を食わされたような具合で、口直しがしたくなり、気に入っていて買う気もある、不動産業者Lの建売を見に行った。

     そしたら業者Lの営業KD氏は、「本日は私からのクリスマスプレゼント、2950万まで値引きさせていただきます」と言うではないか。私はますます物欲を掻き立てられた。

     その日の午後、ヒトツ運試しに目標の値段まで値切ることができたら、そしたらすぐにでも手付金を払ってあの建売を買おう、目標は、そうだな、2800万円台まで値切ろう。2850万とはじめに持ちかけて2890万ぐらいになったら買おう。そう心に決めて、建売業者Lに向かったのだった。

     その値段を持ちかけて、営業KD氏は、さすがに弱りきった顔になった。「ちょっと待ってください」と奥に引っ込む。なんだか上司らしい男にガミガミ言われている声がする。「す、すいません」と言いながら出てきて、「だめでした、その値段は」。

     そこで引き下がる私ではない。明るく、だがしつこく値切っていたら、奥から営業本部長を名乗る男が出てきた。

    「あのですネ。まるでバナナの叩き売りかなんかみたいに値切っておられますけどね、違うんですよ」

     営業本部長は、デフレスパイラルがどうとか地域の土地市場と地価の下落だとか、あまり話とつながりのないようなキーワードをちりばめた挙句、

    「ウチもココまで引いてるわけですよ。アナタが今値切ってる10万か20万なんて、月々の支払いに直したらいくら違うって言うんです?要するに気持ちの20万でしょ?そっちが気持ちなら、コイツ(KDを指して)の引いた90万近くだって気持ちでしょ?その気持ちを汲み取ってやってくださいよ。」

     私が、「イヤイヤ部長さん、私はなにもお宅の商品が気に入らないとかケチを付けてるわけじゃないんですよ、ただ、ま、安く買えるんならそれに越したことはないと思ったもんだから根拠もなく値切ってるだけなんでして、ただ、そのう、正味な話、おいくらぐらいまで大丈夫なんでしょう」と言うと本部長は

    「本ッ当のギリギリまで引いて2930万ですな。でも、その値段だと、私達は子会社なんで、親会社の会長にお伺いを立てなきゃならんのですよ。で、ですよ。それだってずいぶんと手間隙かかる話なんですよ、会長だから。」

    「じゃ、会長に聞いてみてくださいよ」

    「・・・聞くのはいいけど、それ、私達が頑張って聞いて、で、2930万でOKって返事貰って、ところがアナタがもういいわ、やっぱりやめます、とか言ったらどうなります?アナタも公務員さんですから、約束ってものが大事なものだってことはわかるでしょ。・・・今、ここに名刺は預からせておいて頂いてますからネ、(と私の名刺をポケットにねじ込みつつ)それ考えてみてくださいよ。2930万で交渉して欲しいなら、交渉した後必ず買う、と約束してください。そしたら値切ってみますよ。」

    「うーん、いまここで約束、ってのはちょっとねぇ・・・明日ではダメなんですか?」

    「明日はウチの会長、

    ゴルフ

    なんですよね。今日中に約束してくださいよ。」

    「・・・そうかゴルフですかァ、それは困りましたね、ナニですねぇ・・・」

     私が決めかねていると、

    「まあ、それで決められないと言うことなんでしたら、ウチも年に400棟も売らせて頂いてる会社ですんでね、特にアナタに売らなきゃいけないってこともないんですよ。それにアレでしょ、アナタがこだわってる20万30万なんて、それはアナタが迷いを断ち切るための気持ちでしょ?

    迷うならやめとけ。

    そう言いたいですね。・・・さ、ここで約束してください。」

    「いえね、部長さん、今日は思ったように値切ることができたら、もう、即手付金を打とうとすら思ってきたんですよ」

    「手付金って・・・どうせアレでしょ?定期に入ってるとかナントカいうんでしょうけど、いくら払えるんです?」

    「30万ぐらい」

    「(プッ、と大げさに鼻で笑って)30万の手付金、ってのもあんまり聞いたことないけどな、フ・・・まあ、いいでしょう、で30万払ったにしても、そんなね、アナタ、2800万円台?そんな値段、話にも、議論のテーブルにも乗らないですよ。論外です

     本部長がそう言い捨てて席を立ったから、その後30分ほどもKD氏と押し問答を続けた。営業のKDとしては私を有望な客と見て、なんとしても手放したくないようだ。しかし私は、さっきの本部長の私を小バカにした態度が気に入らなくなっていたので、断って帰る機会を探し始めていた。見ると店の奥になにやら人相の良くないオッサンがうろうろしている。後で思うと多分金貸しとかそういうスジの人を呼んだんだろうと思う。私に金でも借りさせるつもりだったんだろうか。

     最後に私が「わかった、すみません。今日決めることは、私には根性ないからできないです。・・・あ、本部長さん、さっきは迷惑かけましたネ、俺、根性ないんで今日約束ってワケには行かないです。じゃ、さようなら」と言って交渉を断ちきった。

     それにしても無礼な業者だよ。その時には腹は立たなかったが、あとからだんだん腹が立った。だいたいなんだよ、「明日会長はゴルフだから待てない」って。会長とかなんとか言ったって、お前らにとって偉いだけで、

    俺には何の関係もないどっかのオッサン

    だろうが。ゴルフかなんか知らんが、そいつの遊びの都合に俺が合わせろってか。それにナニ?「迷うならやめろ」だ?なんでお前らに客である俺が生き方のコツなんぞ教わらなアカンねん。もう怒った。もし今後、なにかあっても絶対に買ってやらない。



  •  再び中古
  •  建売業者Lにハラを立て、表面は尻尾をまいた風にして帰ったのが平成13年の12月22日の土曜日。その次の日曜日のことだ。この日はあらかじめ、大手業者SHの営業KM氏と約束がしてあった。「佐藤様には、中古でお勧めできるものがいくつかありますので、それを見ていただいて、それから、そのう、土地があるんですが、土地をデスネ、ちょっと見ていただけたらと思いまして」「は?土地、ですか・・・?」「ハイ、土地、です。」

     正直、土地なんか見せてどうせいっちゅうんじゃ、ワシは貧乏人なんじゃあ!とその時は思ったが、その約束があったからこそ、昨日建売業者Lに返事をしなかった面もあった。その土地を一応は見てから決めよう、というわけである。

     その日の朝、KM氏が一人で来ると思って待っていたら、もう一人知らない男を連れてきた。「地元で建築設計をしている1級建築士のNと申します」と自己紹介された。どうして建築家が一緒にいるのか、よくわからなかったが、とりあえず話だけは聞くことにした。

     まず中古物件をいくつか見た。まあまあなんだが、もうひとつパッとしない。フーンああソウデスカ、というくらいの気持ちでそれらを見て、最後に築2年、ほぼ新築と言える中古で立地もいいから4500万、というのを見せられた。それは新しいせいもあってちょっと興味はあったけれど、値段が4500万だから、とても手が出るようなものではない。KM氏も、これはちょっと、値段の尺度を持っていただこうと思ってお見せするだけですから、と言っている。

     不思議なことに、その4500万を見せながら、建築家氏はそれを悪く言うのである。やれガラスが薄い安物だ、床がベコベコしている、ドアが印刷のハリボテだ、等々。コレあんたら売りたいのんとちがうんかい??とこっちは不審にすら思う。むしろ私達は、「へぇ〜、コレで三十数坪ですか。大して広くもない土地なのに、建坪広く感じますネェ。これが設計の妙ってものですかねぇ」などと投げやりな感心のしかたで相槌を打っている。

     「さて、佐藤さん、今日はその、ここまでは、尺度と言うか、そう言うものを身につけていただこうと思ってお見せしたんですよ。佐藤さんのご指示の土地の範囲とは少し離れるんですけど、ちょっと土地のほうを、ご覧下さい」とKMさんが言うから、素直についていった。新築が目立つ住宅地に入っていく。年恰好の若い奥さんがそのへんで井戸端会議なんかしている。そんな住宅地の中に古家のある空き地がある。「ここです。こう言うところに注文でお建てになるのもひとつあると思いますよ」

     しかし、注文でっつってもねぇ。すごく高くつくんでしょうに、と思いながらも「ふ〜ん」などと気のない相槌を打っていると、やおら建築家N氏が口を開き、「この近くで私が設計して建てたお宅がいくつかあるんですよ。それを見ていただきましょう」



  •  輸入注文住宅
  •  建築家N氏が建てたといういくつかの家を外から見た。どれもため息の出るような家ばかりで、とても手の出るような沙汰とは思えない。そうするうち、ある家の中に案内された。2階にリビングがあり、美しいフローリングで、小屋裏を利用した半3階建てだ。玄関や物置の扉は無垢材の木でできていて、見た目も手応えもずっしりとした高級品である。ドアの取っ手は真鍮のレバーである。室内はなにやらほんのりと温かいのだが、暖房は朝から点けていないと言う。太陽発電パネルが取り付けられていて、サイディングの洒落た外装。

     これはつまりいわゆる、輸入住宅というヤツだな。住んでいる人はとても若いご夫婦だった。「これで月8万とか7万とか、それくらいです」と建築家氏は言った。ナニ??そんなはずはないだろう。今まで建売だって、もっと安っぽい内装外装で、もっと高いのもいくらもあったぞ。こんな高級なものを使った建物が月7万8万?嘘を言え、ウソを。

     更にもう一軒の家を見せてもらった。これもとても洒落た内装外装で、広々としたリビングを備えた洋風建築、小屋裏を使った3階建てだ。

     昼になったので、そのへんのファミレスに案内された。どうもメシを奢ってくれるみたいだ。遠慮なくご馳走になった。

     メシを食いながらKM氏とN氏が言うことには、「どうでしょう、今日の夜にでもひとつ、お話を聞いていただけたら、と思いますが」

     私達は朝からちょっと疲れたことでもあり、赤ん坊にミルクも飲ませたいので了承して一旦別れた。

     それにしても、今日見せられた見事な建屋は、いずれも2000万しないくらいだなどと言う。ナニィ?じゃあさっきの4500万って?もう、そこらへんの建売なんぞ、今となっては安物のハリボテにしか見えない。さっきの4500万なんて、カスみたいなものだ。まして建売業者Lの2980万なんて、張り子みたいなものだ。あんな物に執着していたとは、我ながら情けなくさえ思えてきた。

     果たして夜、KM氏とN氏がやってきた。私は素直に疑問をぶつけてみた。

    「どうして、ああいう高級なものを、私みたいな者のところに?それに建築家さんと大手のSHさんとの組み合わせと言うのも、ちょっと変わっていますが?」

    「・・・佐藤さんは、私と同年代と見うけました。同年代だから、本当のちゃんとした家を建てて欲しいんです。私の会社は大手のSの子会社です。本当はだから、Sの家を建てるための土地を見つけてきて、Sの家を建てるのがスジなんです。でも、Sの家は大手ですから、いろんな利益が入っていて、そう安くは建ちません。せっかく土地があっても、Sの家と組にすると、もう値段が高くなってしまって、それで土地まで売れないんです。そういうのがイヤなんです。」

    と、KM氏は言った。

     なんだか私はその話は、ちょっと本当っぽい、と思った。同年代だから本当の家を云々、というあたりは、まぁ、ちょっと潤色してあるにしても、だ。親会社のS云々の話は、いかにもそう言うからくりはありそうに思えたのである。

     手持ち資料が準備されてあって、「佐藤様邸新築ご計画案」などという大仰な表紙までついている。今はパソコンでそう言うものもすばやく作れるとは言え、ずいぶん手廻しの良いことだ。それを貰って、じっくりと考えてみることにした。

     たしかに、モノは良い。すばらしいものが建つのであろう。しかし、問題は値段だ。土地も含めると4000万。私がムリなく払うことができる値段だとは到底思えない。安い建売なら新築で似たような立地で、3000万だ。それにしても、4000万というお金を借金したら、いくらぐらい返さなくちゃいけないんだろう・・・??。


「資金編」に続く