読書

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集を読んでいる。

 第17巻の二つめ、「黒船前後」(服部()(そう)著)を往きの通勤電車の中、中央線秋葉原とお茶の水の間の辺りで読み終わった。

 著者の服部之総はだいぶ年季の入った共産主義者(アカ)学者だが、そんじょそこらのチャラチャラした主義者ではない。記録を見ると2回逮捕されて物相飯(モッソウめし)を喰らい、学界での地位を失っているが、それでもへこたれずに研究し、著作をものして学界に復帰している。しかしまあ、共産主義者のくせに大資本中の大資本、「花王」の重役や取締役をつとめたのは、冗談のようでもあってむしろ微笑ましくもある。

 本書は随筆で、その題の通り黒船の前後の時代について語る表題作の他、明治維新に関連するその他の作品10作の集成だ。その視野の広さと切り口や角度の独自性に、はなから圧倒されてしまう。表題作は黒船前後と題されてはいるが、黒船のそのもののことはほとんど語らない。私たちは日本国内から見た黒船の歴史は明治維新と関連付けてよく知るが、一方、ヨーロッパやアメリカから見て、なぜあの時期に黒船が来寇したのかという背景事情には無頓着である。本書は、そうした読者の虚を突くように、当時の欧州経済、大西洋を取り巻く事情などを、「造船技術の急速な進歩」を皮切りとして語りはじめる。

 文章は闊達でこなれた、読みやすい名文だと感じられ、藤井松一による解説にも文章家としての著者について特筆されている。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第17巻「黒船前後」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.238より
五 「和親」条約

 旧市場の拡張と新市場の獲得とが問題のいっさいだった産業資本主義発展期の当年にあって、かりそめにも、「和親」はするが貿易はお断りだといった種類の条約が、足かけ五年も続いたというのはどうしたことか! 結婚はあきらめましょう。兄妹としていつまでも愛してちょうだいなどという類のたわごとが、三十代の壮年資本主義国に適用するはずがない。

 ペルリとハリスことにハリスを、幕府がかたくなな処女のように貿易だけはというのを、脅したりすかしたりで結局ものにしたその道の名外交官扱いにするのはかってであるが、しかし「和親条約」はそれだけで立派な存在理由をもっていた。

「亜墨利加船、薪水、食糧、石炭、欠乏の品を、日本人にて調候丈は給候為、渡来の儀差許候」

――サンフランシスコと上海をつなぐうえに不可欠な Port of Call ――ことに石炭のための寄港地として、ヨコハマ浜が是が非でも当年のアメリカに必要だったのである。

言葉
Moods cashey

 短めの一編の表題がこの「Moods cashey」である。はじめ、この言葉が文中に現れたときには、何のことかすぐにはわからなかった。

 この作品の冒頭の一文は次のとおりだ。

p.254より

 How much dollar? を「ハ・マ・チ・ド・リ」と、居留地の人力車夫仲間で決めてしまう。こうしてできた実用英語がピジン・イングリッシュである。

同じく

 これにたいしてピジン・ジャパニーズとでもいうようなものが居留地の外人の間で生まれることも当然である。英語なまりで理解された日本語であり、実用国際語のヨコハマ版であり、欧米人の間で Yokohamaese またはヨコハマ・ジャパニーズと呼ばれたものである。進駐軍の兵士が Oh heigh yoh! と発音するたぐいである。

 「Moods cashey」はこの一編の最後に洒落た感じで書かれる。

下線太字は佐藤俊夫による。p.257より

 それにしてもこの文献が慶応三年以前のものでないことは、さきに述べたところから明らかである。してみると、横浜開港以来八年の歳月を経ており、ヨコハマ・ジャパニーズも、独自の風格をととのえたものとしなければならぬ。事実それは、ととのえている――

 Physician = Doctorsan
 Dentist = Hahdykesan
 Banker = Dora donnyson

 銀行家が「ドル旦那さん」はよいとして、海上保険検査員のことを、

 Serampan funney high kin donnyson にいたってはいう言葉がない。

 大使= Yakamash’sto
 兵士= Ah kye kimono sto

 大使は租界の絶対権者だから、やかましい人にちがいない。横浜のイギリス駐屯軍は赤い制服を着て「赤兵」と呼ばれていた。

 それにしても水兵の Dam your eye sto はどう解するべきであろうか? ずいぶん私は頭をひねってみるのだが、その解答は、単語欄に見出された左の言葉におちつくほかはないのである――

 Difficult = Moods cashey

矗々として

 「矗々(ちくちく)として」と読む。長くて真っ直ぐ、という意味である。

p.262より

雲浜の時代はまだ「討幕」を現前の綱領として出さなかったのに、彼が組織したこの圧力はすぐさまそれをあえてするまで、矗々として成長した。

壅蔽

 「壅蔽(ようへい)」と読む。覆い隠すことである。

p.270より

 非常時京都の警視総監として何よりも検索しなければならぬ「浪士」のなかに、松平容保は他のあらゆるものを――たとえば身分制度に対する、言語壅蔽に対する、外夷跳梁に対する、物価暴騰世路困難に対する彼らの不満を。またたとえば彼らの背後にあるときには「長州」を、後には「薩州」を――認識することができたが、ただ一つ、これらすべてを「歴史」の爆薬に転ずる一筋の黄色な導線にだけは最後まで気がつくことができなかった。

輦轂

 「輦轂(れんこく)」と読む。天皇の乗り物のことである。「輦」も「轂」もどちらも人が()く車のことであるが、「輦轂」と書くと貴人の乗り物全般の意が強くなり、輦台(れんだい)のような、人が担ぐものをも指す。

  •  輦轂(Weblio辞書)
  •  (漢字ペディア)
  •  (同じく)
p.271より

 「攘夷御一決のこの節、御改革仰出され候付ては、旧弊一新、人心協和候様これなく候ては相成らざる儀に候ところ、近来輦轂の下、私に殺害等の儀これあり、……

囂然

 「囂然(ごうぜん)」と読む。やかましいことである。「囂」は訓読みで「かま」と読むようで、コトバンクには「形容詞『かまし』の語幹か」と書かれている。

  •  囂然(goo辞書)
  •  (コトバンク)
p.272より

若御下向遊ばされ候ては天下囂然の節、虚に乗じ万一為謀計者も計り難く候。

 次は同じく17巻から、「蘭学事始」(杉田玄白著・緒方富雄訳)を読む。菊池寛の小説「蘭学事始」や、関連する吉村昭の小説「冬の鷹」は読んだことがあるが、はたしてこちらはどうだろう。