天皇誕生日

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天皇陛下万歳

 祝日「天皇誕生日」である。自宅の軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 今上陛下にあらせられては御代(おんだい)126と拝する。神功皇后の代を算すれば実に127代である。現存する世界最古の王皇室は疑いなく日本の皇室であり、それは日本の国体として民政ともども一体となり、日本が現存する世界最古の主権国家たることを表してもいる。

 かつては天皇誕生日は天長節として定められていたが、戦後天皇誕生日と称するよう改められた。

 皇室の安定これすなわち国の安定であると私は思う。「天皇陛下万歳」と言うが、まさしく「万歳」つまり聖寿とこしなえに()しますよう祈りたい。

今週のさえずり季題

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読書

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 昨年急死した西村賢太の遺作「雨滴は続く」を帰りの通勤電車内で読み終わった。

 私はそこまで西村賢太ファンというわけでもないが、気が付くと「苦役列車」「小銭をかぞえる」「暗渠の宿」「廃疾かかえて」「一私小説書きの弁」など、いくつも買って読んでいる。

 「苦役列車」を読んだのはもうだいぶ前の事だったと思うが、その後はプッツリ読んでいなかった。その間、多くの作品が出されていたようだ。

 この遺作「雨滴は続く」が未完に終わったあと、作中に変名で登場する古書店主や新聞記者が「文學界」の追悼号に文を寄せているという。興味本位だが、読んでみたいものだと思う。

早春

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 ともすれば雪交じりの冷たい雨とともに吹く風にすら何やら春めいたぬるみさえ感じられるのは、何も立春だの旧正月だのの声を聴いたからばかりでもあるまい。

 実際、気温はじりじりと上がっているようだ。

私FAQ

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 自衛隊を定年退官するよりもかなり前、日本ITストラテジスト協会に入ったところ、一般の会社の方々にかなり知り合いが増えた。今は日本ITストラテジスト協会も辞めてしまっているが、入会した当時、私にとっては刺激が多く、とても勉強になった。

 反面、自衛隊のことで質問攻めにあうようにもなった。自衛隊は不思議な組織で、一般の人にはなんだかよくわからず、しかも当時は防衛問題が一般の人々にも心配事になってきており、興味津々、いろいろなことを尋ねられたのである。

 同じ事を何度も喋り散らすのが面倒になり、よく聞かれることをFacebookの友達限定公開で書いておいて、それを見て貰っていた。

 しかし、自衛隊はもう定年で辞めてしまったので、いちいち友達限定なんぞにしておく必要はてんからない。なので、公開でブログに書いておくことにした。

私FAQ Ver.3
Q1 あなたは元自衛官だと言っていますが、なんなんですか。若い頃に自衛隊にいたんですか?

A1 いえ、若い頃に一時いたのではなく、若い頃自衛隊に入って、40年間勤め、令和4年(2022)9月に定年で退官しました。

Q2 偉かったの?

A2 ずっと偉かったわけではないですが、40年もいたので、退官直前はそこそこ偉くはなっていました。2等陸佐でした。でも、2等陸佐の階級章は、退官する当日に、特別の名誉として1ランク上げてもらっただけで、その前は3等陸佐でした。

Q3 2等陸佐……?ピンとこないですが、なんなんですか、それ。

A3 自衛隊には現在運用されていないものも含めると17種類の階級章があります。そのうちの上から4番目が2等陸佐です。

Q4 部下は何人くらいいたんですか?

A4 定年で辞める前は部下はいませんでした。

Q5 前に話したことのある別の自衛隊の人は、20代なのに30人部下がいるとか言ってましたが?

A5 ああ、若い幹部は20代で小隊長ってのをやるんですよ。その場合は30人ぐらい部下がいるんです。私も若い頃は30人~50人の部下がいました。

Q6 それがなんで今はいないの?減ってるじゃん。悪いことでもしたの?

A6 いや、悪いことなんかしてませんって(笑)。技術的な部門や管理的な部門で働いていたから、部下が少なかったんですよ。実際、人数の多い実戦部隊などへ行くと、退官前の私のランクだと100名~300名以内程度の部下を受け持つことになります。

Q7 どうもわからんなあ。2等陸佐って、会社で言ったら、なんなの?主任さん?係長?課長?部長?

A7 そのどれにも当てはまらないです。とういうのは、階級と言うのは役職とは違うからです。ある役職につけるための資格、とでもいうとしっくりくるでしょうか。なので、実戦部隊では2佐が企業の役員さん以上の役職に就くこともありますし、退官する前の私のように中央や技術的な部門で勤務すると平社員かせいぜい十数人の長、というふうにもなります。

Q8 警察官と比べたらどういう階級なの?

A8 2佐は警視正~警視くらいです。「本省室長級~本省課長補佐級」というと分かり易いという人もいるかもしれません。ただ、これには実は諸説があり、2佐は警視以下くらいじゃないか、という説もあります。いずれにしても、違う組織の違うランクを比べることですので、厳密には比較はできないし、一致もしません。

Q9 軍曹とか大佐とかいう軍隊の階級でいうとなんなの?

A9 「中佐」です。「陸軍砲兵中佐」。英語ではルテナン・カーネル lieutenant colonel です。

Q10 3等とか2等とか1等とか言うので、数字が多いのが偉いのか少ないのが偉いのかよくわからん。

A10 運動会で偉いのは「1等賞」ですね?なので、数字が少ないほうが偉いです。ちなみに、一般論ですが、「等」と言うときには数字が少ない方が偉く、「級」と言うときには数字が多い方が偉いです。ですので、他の公務員で「行政職なん級」というふうに書かれているとき、これは数字が多い方が偉いわけです。ですが、何もかもがそうかというとそうでもなく、例えば書道の級だと「級」でも数字が少ない方が偉いと言う場合があって、なかなか油断できません(笑)。また、勲章・位階などで「功1級」「賞第一級」などという場合、これは数字の少ない方が偉いわけです。数字と偉さのルールは場合による、としか言いようがないです。

Q11 だったらアンタは1尉とかいう人の下なのか?

A11 2佐は1尉の二つ上なので、私のほうが上です。3尉、2尉、1尉、3佐、2佐、1佐という順で偉くなっていきます。

Q12 ぶっちゃけ、アンタ給料いくら貰ってたの?

A12 ごく質素でしたよ。……公表されてますので、「防衛省の職員の給与等に関する法律」でググると、だいたい推定できます。

Q13 アンタ何なの?技術者だとかITストラテジストだとか言ってるけど、元自衛官なんでしょ?

A13 自衛官として、とても技術的な分野に長年かかわってきた人、というと正確でしょうか。

Q14 今は何してんの?

A14 普通の会社員になりました。

Q15 何の会社?天下りしたの?

A15 今の会社はナイショです。……天下りって、今どきそんなハズないでしょ(苦笑)。ただ、自衛隊では、職安と同じ権限を持ち、就職斡旋を専門に行っている組織(『就職援護』組織といいます)があり、そこでまあまあの就職先には紹介して貰えます。この仕組み以外を介して再就職することはできない仕組みになっており、逆にこれで天下りを防止しています。

建国記念の日

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天皇陛下万歳

 祝日「建国記念の日」である。自宅の軒先に国旗を掲げ拝礼する。

 神武天皇が国を建ててより以来(このかた)悠久皇紀2683年。仮にこれが大袈裟な伝説上の数字だとしても、ではとこれを割り引いたとして、それでも完全にリアルタイムの文字の記録が残るものだけで1500年を数えることができるのが日本である。世界最古皇室として大変な歴史を誇っているのだ。

読書

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 昨年急死した西村賢太の「蝙蝠か燕か」を読んだ。このところずっと読んでいる平凡社の世界教養全集を取り敢えず置いておいて、これを読んだ。日曜日の夜から読みはじめ、明け方にはほとんど読み終わった。残りを行き帰りの通勤電車で読んだ。

 あの荒んだ感じが鳴りをひそめ、なにか殊勝らしい感じになっていて、読みごたえと言うことだと覗きのような悪趣味が満足されることはないように思う。

 西村賢太には最近発売されたものにこの「蝙蝠か燕か」の他に「雨滴は続く」があり、両方とも同じ2月4日の土曜日に買ったのだが、「雨滴は続く」は品薄らしく、まだ届かない。

 こちらは遺作で、未完だという。

読書

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 引き続き平凡社の60年前の古書、世界教養全集を読んでいる。

 第23巻の二つめ「ベーリングの大探検 Vitus Berings eventyrlige opdagerfærd」(S.ワクセル Sven Waxell 著・平林広人訳)を行きつけの蕎麦屋「SOBA満月」に並んでいる間の待ち時間に読み終わった。

 ところで、この巻の最初、S.ヘディンの「シルク・ロード」を読み終わったのが去年の8月22日だ。それから半年ほど経っているのだが、どうしてこんなに間が開いたのかと言うと、その間の9月30日に定年で自衛隊を辞め、今の会社に就職して忙しかったので、ゆっくり本を読んでいる暇がなかったからである。

 さて、この「ベーリングの大探検」。今から300年近くも前、日本で言うと江戸時代に、ベーリング率いるロシア帝国の探検船隊は北太平洋アリューシャン列島を踏査し、島伝いに東方遠く、米国の西海岸までを極めたという。途次日本の周囲を遊弋して沿岸にも立ち寄っている。この記録は日本側にも異国船の記録として残されていて、ベーリングの探検の裏付けとなっている。

 ただ、ベーリングは天候に悩まされ、その名を後にまで残すこととなったベーリング島へ避難してその地で帰らぬ人となり、数千人いた探検隊も著者ワクセルとともに生還し得たのは40人ほどであったというから、凄まじい大探検である。

 引き続き第23巻「暗黒大陸 Through The Dark Continent」(H.M.スタンレー Henry Morton Stanley 著、宮西豊逸訳)を読む。