読書

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集を読んでいる。

 第15巻、「空想から科学へ(F.エンゲルス著、宮川実訳)/共産党宣言(K.マルクス・F.エンゲルス著、宮川実訳)/職業としての政治(M.ヴェーバー著、清水幾太郎・清水礼子訳)/矛盾論(毛沢東著、竹内好訳)/第二貧乏物語(川上肇著)」のうち、最初の「空想から科学へ(F.エンゲルス Friedrich Engels 著、宮川実訳)」を読み終わった。

 邦題こそ「空想から科学へ」と付けられてはいるものの、原題は「Die Entwicklung Des Sozialismus Von Der Utopie Zur Wissenschaft 社会主義の空想から科学への発展」であり、言わずと知れた共産主義本である。

 「科学」としてあるが、私には科学と言うよりも「哲学」に沿って社会主義を論じているように感じられた。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第15巻「空想から科学へ」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.30及びp.37より

しかしなんという多額な費用のかかったことであろう! だから、イギリスのブルジョアはまえから平民を宗教的雰囲気にしっかりしばりつけておくことの必要を確信していたのであるが、今では、これらすべての経験のあとでは、どんなに痛切に、この必要を感じないではいられなかったことか! 大陸のなかまたちの嘲笑をすこしも意に介することなく、下層民に対する福音伝道のために彼らは毎年幾千幾万の金を投じつづけたのである。自国内の宗教機関だけで満足しないで、彼らはさらに、当時、営業としての宗教の最大の組織者であったブラザー・ジョナサ((9))に訴えた。

(9) アメリカ合衆国を人称化した言葉(イギリスを「ジョン・ブル」というのと同じ)。このあだ名はその後「サムおじさん」に変わった。
p.77より

社会的生産の無政府性が消滅するにつれて、国家の政治的権力もまた眠りこむ。ついに自分自身の独自の社会化の主人になった人間は、それによって、同時に自然の主人に、彼ら自身の主人になる――すなわち自由になる。

 こういう世界解放の事業を成し遂げることが、近代プロレタリアートの歴史的使命である。この事業の歴史的諸条件をそれとともにその本性そのものを、究明し、そうすることによって、行動の使命をおびた今日の被抑圧階級に、彼ら自身の行動の諸条件と本性とを意識させること、これがプロレタリア運動の理論的表現である科学的社会主義の任務である。

p.80、訳者宮川実による解説より

エンゲルスがこれを書いた時から、今年はちょうど八十年めにあたる。その間に、科学的社会主義の理論は実現されて、今日では世界の人口の三分の一、十億人以上の人々が、すでに資本主義をたおして社会主義か人民民主主義(社会主義にいたる過渡期)の社会に住んでいる。しかも、社会主義世界体制の資本主義世界体制に対する優位は、科学においても、経済においても、政治においても、誰の目にもはっきりするようになっている。

 ……。い、いや……。それは、ないワ~(笑)。まあ、この解説が書かれたのはソ連崩壊より30年も前のことで、結果としてではあるけれども、さ。

言葉
ヘーファイストゥスの(くさび)

 人間に火を与えたプロメテウスがどこから火を手に入れたかと言うと、造兵の神ヘーファイストゥスの炉からであるという。

下線太字とルビは佐藤俊夫による。以下の<blockquote>タグ同じ。p.67より

相対的過剰人口または産業予備軍を絶えず資本蓄積の範囲と精力とに均衡させる法則は、ヘーファイストゥスの楔がプロメティウスを岩に釘づけにしたよりももっとかたく労働者を資本に釘づけにする。

 次は引き続き第15巻から「共産党宣言 Historisch-kritische Gesamtausgabe. Im Auftrage des Marx-Engels-Lenin-Instituts Moskau herausgegeben von V. Adoratskij. Erste abteilung Band 6. Marx-Engels-Verlag, Berlin, 1932.」(K.マルクス Karl Marx ・F.エンゲルス Friedrich Engels 著、宮川実訳)を読む。「空想から科学へ」と同じ訳者、宮川実による翻訳だ。宮川実は戦前、治安維持法違反で臭い物相飯(モッソウめし)を喰らったマル経学者である。

雀の子

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(ひょう)(ふう)や雀の子たり命たり   佐藤俊夫

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今週のさえずり季題

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一杯

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 はや晩春となった。まさしく風光る候、窓から入る風も心地よい。

 朝から庭の手入れをし、余った土の始末などする。

 昼、晴れた空の下、行きつけの蕎麦店「SOBA満月」へ行く。蕎麦前は山形県・冨士酒造の銘酒「栄光冨士 煌凛(こうりん)」を大桃豆腐の湯葉刺しで。

 いつもの「生粉打ち」十割の「盛り」、今日は鹿児島の粉であるそうな。蕎麦は九州はあまりよくないと聞くが、いやいや、なかなかどうして、香り、舌触り、のど越し、申し分なし。

 帰宅し、玉葱と明太子の和え物で更に一杯。

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などて風(りょっ)(こん)に花散らすかな   佐藤俊夫

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新社員

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新社員硬き背広の折り目かな   佐藤俊夫

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新社員

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(うれ)ひあるまじく眉目(みめ)よき新社員   佐藤俊夫

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読書

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 引き続き60年前の古書、平凡社の世界教養全集を読んでいる。

 第14巻、「新文章読本(川端康成)/日本文芸入門(西尾実)/世々の歌びと(折口信夫)/俳句読本(高浜虚子)/現代詩概観(三好達治)」のうち、五つ目、最後の「現代詩概観(三好達治著)を、朝、行きの通勤電車の中、御茶ノ水駅のあたりで読み終わった。

 著者の三好達治は自身が高名な詩人であり、学校の教科書にも作品が載っているから、知らぬ人はない。その三好達治が、和歌・俳諧といった定型詩から離れた日本の明治以降の詩について、起点のメルクマールとも言える「新体詩抄」から昭和の口語自由詩まで、闊達(かったつ)に概観するものだ。

気になった箇所
平凡社世界教養全集第14巻「現代詩概観」より引用。
他の<blockquote>タグ同じ。p.396より
落葉(らくえふ)

秋の日の
ヸオロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し

鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。

げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。

(ヴェルレーヌ「詩集」)

 純粋な日本詩ではなく、上田敏という人がフランスのヴェルレーヌの詩を翻訳したものだ。翻訳詩集「(かい)(ちょう)(おん)」に収められているそうである。

 私は小学生の頃からこの詩を知っていた。詩が好きだったからではない。小学生向けの、たしか、「スパイの秘密」という娯楽本にこの詩が載っていたのだ。なぜ「スパイの秘密」なんていう、しかも小学生向けの本にこんな大人びた詩が載っていたのかと言うと、「スパイ」―「暗号」という関連で、第2次世界大戦の欧州戦線、連合軍のノルマンディ上陸作戦に先立って、フランスのレジスタンスたちに向けてイギリスから放送された「上陸作戦決行近し」の暗号が、この詩の冒頭「秋の日の/(ヴィ)オロンの/ためいきの」で、「上陸作戦下令さる」(D-Day)が「身にしみて/ひたぶるに/うら悲し。」であった、と紹介されていたのである。

 何分、私も子供の頃であったので、「なんでフランス人が、日本の難しい言葉で書かれた詩を暗号にするんじゃい」などと思ったもので、すぐにフランスの詩を訳したものであることは知ったものの、今度は「なんで外国の詩をこんな昔の言葉で、俺ら子供向けの本に書くんじゃい」とも思ったものだ。それが印象に残り、50歳を過ぎた今でも、この詩の冒頭をそらんじていたわけである。

 三好達治の本書中での評論によれば、この訳詩は当時のフランス訳詞中の白眉とされたもので、翻訳そのものが日本の詩壇に与えた影響は極めて大きかったらしく、日本でヴェルレーヌの詩と言うと、この上田敏の翻訳をもってまず知られるのだそうである。

 ゆえに、子供向けの娯楽本にまで、この訳詞が引用されたようだ。

p.409より

見るとなく涙ながれぬ。
かの小鳥
在ればまた来て、
茨のなかの紅き実を(ついば)み去るを。
あはれまた、
啄み去るを。

女子(をみなご)
()はかなし、
のたまはぬ汝はかなし、
ただひとつ、
一言(ひとこと)のわれをおもふと。

 天才・北原白秋の「思ひ出」という詩集からの抜粋である。

 三好達治は、本書中で北原白秋についてかなりのページ数を割き、もはや「ベタ褒め」と言ってよいほどの激賞ぶりである。

 実際、私などの素人から見てさえ、白秋の詩は他の近代詩のどれと並べても群を抜いているように感じられる。

 次は第15巻である。「空想から科学へ(F.エンゲルス著、宮川実訳)/共産党宣言(K.マルクス・F.エンゲルス著、宮川実訳)/職業としての政治(M.ヴェーバー著、清水幾太郎・清水礼子訳)/矛盾論(毛沢東著、竹内好訳)/第二貧乏物語(川上肇著)」の5作品が収載されている。

 えっらくまた、共産主義色が濃厚な一冊である。私は右翼であるが、読み進めてみようではないか。私は夜間大学を中退したのだが、学部は経済学部で、「マル経」を学んだことも、実はあるのだ。

時事愁挙

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訃報

 橋田壽賀子氏、亡くなったという。

 昭和を代表する脚本家と言えた。95歳。

 また昭和の残照が消えた。哀惜。祈冥福(めいふくをいのる)

壺焼(つぼやき)

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壺焼(つぼやき)や炭白く()て話()つ   佐藤俊夫

#kigo #jhaiku #haiku #jtbt

 「夏雲システム」で関谷氏が運営しておられる「じたばた句会」に投句したものです。