相撲寒取

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日本刀が嫌なんだってさ

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 記事は朝日を批判している。まあ、この記事の言う通りではあるわな、と私などは思う。朝日その他の批判はあたらない。だって、そんなこと言うんだったら、時代劇のチャンバラ映画だって全部ダメだろ。

桜井おもろいわあ~

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 年末年始、テレビ見てなかったので気づかなかったが、これ、オモロイわぁ~。1か月も話題に乗り遅れてた。

 桜井誠。オモロイわあ~。エエぞ、オモロイからもっとやれやれ。快男児だコイツは。……(うべな)うわけにはいかないところも多々あるけどな。

 私には桜井誠のような根性はないし、この男がどうやって口を糊しているのかも謎だが、何もしないでいる私なんかより、この男の方がよっぽど立派だわ。

【暴言】玉屋~鍵屋~(笑)

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 去る1月24日(火)の防衛通信衛星打ち上げに関して、あれ、新聞が全然文句言わんな、何千億もかかる防衛用衛星なのに、いつもだったらボロカスに書くだろ、なんだなんだ、ホント、お前ら「花火」大好きだな、「たぁ~まや~♪」じゃねえんだぞ……などとバカにしていたら、26日頃にもなって、やっとこさ「信濃毎日新聞」が「国民の了解もなしに軍事衛星打ち上げやがって、許さん」みたいな記事を載せた。

 おおう、そうこなくっちゃ、それでこそ左翼キチガイ地方紙だよ(笑)。

 えっ、何?「キチガイとは何だ!謝れ!」だって?いや、キチガイでしょう。

 言うまでもなく、人工衛星って、何千億もかかるんですよ、あれやこれやで。そんなこと、国民の議論を経ないでできると思います?そんな莫大なお金、みんなで話し合わずに使えると思ってるんですか。

「話し合った覚えなんかない!」

……それは、あなたがボンヤリしていて見過ごしているだけです。国のお金は、毎年毎年、最短最速でも1年がかりで国会にまで持っていって、国中総がかりで使い道を決めてるんですよ。最短最速で1年だから、あたらしく何か始めようとしたら、5年とか10年とかかけてやっと国会に乗るんですよ。やっと国会に乗ってからも、さんざん、「こんな軍事衛星必要ないんじゃないのか!?また戦争する気か!?」「いや、最低限、これはやっぱり必要では……?」って、大の大人が何十日も、それこそ口角泡を飛ばして議論して、それでやっとこさ打ち上げることに決まるんですよ。予算一つとったってそうなんだから、それ以前の法律改正なんか、推して知るべしでしょう。多分言いたいであろう、「企業と癒着した悪い官僚の犯罪」とか、「日本を戦前に逆戻りさせようとする戦争したがりの頭のおかしい高級自衛官の専横」なんかで、人工衛星みたいな大それたモン、打ち上げられるわけがないでしょうが。

 それを、何、「議論が足りない」?……はは、こりゃオモロイわ。

 で、他方、北朝鮮がこんなコメント出してるんだが……。

 誤解を恐れず言うなら、信濃毎日のキチガイ記事に比べたら、暗黒金氏北朝鮮王国の専制極道新聞の言い分の方が、よっぽどスジが通ってるよ。だって、北朝鮮が日本には影響のない真南方向に打ち上げた紛れもない人工衛星を、日本は弾道ミサイル防衛システムを繰り出して撃ち落とそうとしたんだから。実際には撃ち落とさなかったにもせよ、弾道ミサイル防衛システムを繰り出したのは事実ですからな。しかも、国連総がかりで制裁もしてんだからねえ。ただ、まことに笑うべきことに、北朝鮮の人工衛星はまともに機能はしてないけれどもさ。

 これはもう、そのまんま言って、「金チャンよう、日本(ウチ)はいいの。北朝鮮(お前ンとこ)はダメなの。そういうこと。それが『(ナウ)』なワケよ。そういう空気を理解しろや、わかったか?!」と言う他ないな。

 あと、全然別の話だが。

 中国の宇宙ステーションのプロトタイプ、重量8トンに及ぶ壮大な「天宮1号」は、今年の後半、軌道寿命が尽きて落下してくるのだそうな。

 中国の言い分は「いや~、まあ、普通、燃え尽きるんじゃないですかね、多分。」みたいないい加減な感じなのだが、何分8トンもある大規模な宇宙ステーションだもんだから、どうも燃え尽きない恐れもあって、これはなかなかコワい。

 宇宙は「宇宙塵埃(スペース・デブリ)」で一杯になっており、それを如何にするか、ということにも話は繋がっていて、米ソ宇宙競争の時代以上に、なかなか目が離せない。

太陽の下で

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 この映画、ちょっと見たいかなあ……。

 ただ、ちょっと、最近、忙しいなあ……見る間ないかなあ……。

ルビ

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 大島理森(ただもり)衆議院議長の名前の読みを何度確かめてもすぐ忘れてしまう。「さともり」だったっけ……?などと変な風に忘れてしまっては、ググッて「ただもり」だと思い出す。

 恥ずかしながら不肖・佐藤、人様と比べてそれほど文字や漢字に弱いわけではない。しかし、読めない。

 この原因は私にはわかっていて、それは私が「テレビを見ないから」である。人名が耳から音で入ってきていないので、文字を見てもわからないし、すぐに忘れてしまうのだ。

 戦前などは識字教育のためもあって、活字メディアには盛んに「ルビ」が振られており、人名もその対象であって、読み間違いというのは起こりにくかったそうであるが、戦後、「『ルビ』なぞというものは日本人を愚民化する」というような理屈で、あまり行われなくなってしまったそうである。また、メディアの側に「新聞や雑誌で有名人の名前にわざわざルビなんか振らなくたって、テレビで声に出して読んでるんだから、アホでもわかるでしょ?」というような意識もあるのではないかと勘繰(かんぐ)ってしまうのも、無理はなかろう。

 しかし、これからはまた事情が変わる。なぜって、「DQN(キラキラ)ネーム」全盛の時代になったからだ。新聞や雑誌は、ルビを励行しないと、人名が人名として通用しなくなってしまう恐れが多分にある。

 国会議員などの貴顕の人士にも、立候補可能な以上は20代30代という人も当然おり、私に言わせればだが、DQNネームっぽい名前の人も既に多い。新聞社や出版社は、こういう人の名には失礼のないように是非ともルビを振って貰いたい。……って、新聞買ってない私がいうのも無責任ですが。

コッチからもバラまいてやったらどうか

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 亡命した元北朝鮮駐英公使の会見記事を見て思ったのだが……。

(産経新聞記事から引用)

 統制社会の中で、北朝鮮の人々は隠れて韓国ドラマを見ているとし、摘発されても賄賂を渡せば、逃れられるのが実情だと指摘した。

 以前、たしか韓国の民間有志がやっている、と、何かで見るかどこかで聞くかしたことなのだが、その韓国民間有志は、北朝鮮に韓国ドラマや映像を詰め込んだUSBメモリを、アンダーグランドでどんどんばら()いているそうだ。

 今時のUSBメモリは、ほんとうに親指の爪サイズでも動画の10本や20本ぐらい軽く呑み込んでしまうから、なるほど、これはビラなんか撒くより、謀略にはいい手段だ。

 そこで思いついたのだが、日本もやったらどうか。

 日本のニュース番組や魅力的なドラマなどを目いっぱいにUSBメモリに詰め込み、あらゆる手段を講じて北朝鮮の人々の手に渡らせるのである。勿論、非合法な手段になるだろう。それに、ドラマなどには念入りにハングルの字幕を付けてやらなければなるまい。公式にはできないから、何か、有志団体に自発的にやってもらうより他はないだろう。

 資金の捻出とハングル翻訳者の確保、著作権等の処理が極めて難しいが、やる意味は大いにあるだろう。

 これは、北朝鮮体制崩壊を早めることに寄与すると思う。

 しかし、体制崩壊が早まったとして、その先、半島情勢をどう持っていきたいのか、と言われると、私には確たるアイデアはない。自分でもどうしたいのかわからない。

 永久にこのまま安定していてください、すまんが北朝鮮の民衆はずーっとガマンしていてください、……という方向もある。北朝鮮の一般民衆がどうなろうと知ったこっちゃない、日本が太平安泰なら別にそれでよい、拉致被害者もそーっと黙っておいてくれ、などというような考え方だ。しかし、それも如何なものか、というところだろう。

旧正月

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 昨日は旧元旦であった。

 「旧正月」というと、最近は中国人観光客が大挙して観光に訪れ、そのためにどちらかというと「日本の旧暦の正月」ではなくて、「中国の春節休暇」というふうに取り上げられたり話題になったりしている。

 違いますよ、日本もほんの100年ほど前、明治の初め頃までは、今時分が正月だったんですからね。年賀状の決まり文句で「迎春」って言うでしょう。寒さが峠を越すか越さぬか、南国では梅の(つぼみ)(ほころ)びようか、こういう今の時期が日本の古くからの正月だったわけだ。

 さておき、春節休暇の中国人観光客というと、彼らのものすごい購買を指して「爆買い」などと言うようだが、このところは爆去(ばくさ)り」というそうな。「朝鮮戦争における人海戦術」もかくやという程の、一頃の波が一段落して、さっぱり中国人観光客が目立たなくなったことを指してこう言うそうである。

 まあ、中国にも流行ってものがあるでしょうからねえ。

 人海戦術のように押し寄せた中国人観光客を当て込んで、店舗拡張工事をしたり品揃えを変えたりした店など、パタリと中国人が来なくなり、潰れてしまったところもあると噂に聞く。

 諸行無常である。

引用の仕方とblockquote

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 このブログはよく「引用」をしている。

 「引用」は著作権法第32条で認められており、れっきとした「法定コピペ」であるが、当然のことながら原文をコピペしておけばそれでいいというものではない。約束事が決まっているのだ。それは著作権法の条文にある「公正な慣行」にあたるもので、いろいろと作法がある。引用箇所がはっきりわかるようにカッコ書きや引用符などの約物(やくもの)(くく)ることや、出典、またそのページなどを明記すること、引用した分量に妥当性があることなどだ。争いごとにしたくなければ、それらをきちんと守ることだ。

 これまでにもこうした引用の作法を意識して守ってきたつもりなのだが、それに加えて、先日ふと学んだことがある。ウェブやブログについて書かれたサイトなどを見ていたところ、

「引用をするときは、ネットの場合、『blockquote』タグで括らないと、たとえば検索エンジンなどがその部分を引用と見なさず、他人が検索した時の要約文などに引用が引用として扱われずに転載されることなどにつながり、疑義を生じることになるから、引用箇所は見た目に判るようにする以外に、広義のセマンティックとして『blockquote』で括ることを励行すべきである」

……というような記事を見つけたのだ。

 これはなるほど、そのとおりだなあ、と思った。

 さっそくそのようにしようとしたのだが、ただ、WordPressのデフォルトのblockquoteのスタイルシートが気に入らない。あほのように大きい引用符、色・スタイル・ウェイトのどれをとっても読みづらい変なフォントなど、全部が嫌だ。

 そこで、「子テーマ」で「blockquote」を全部定義し直す。定義しなおしたこのブログの今の子テーマのスタイルシートが以下である。

blockquote {
	border: 2px solid #000000;
	color: #000000;
	font-size: 13px;
	font-size: 1rem;
	font-style: normal;
	line-height: 1.75;
	margin: 1em 0em 1em 2em !important;
	padding: 0.25em 1em 0.25em 1em !important;
}

 この時、少々コツがあった。マージンやパディング、ボーダーについて、後で読み込まれるスタイルがどうもあるようだ。ウェブは仕様として「後から読み込まれるスタイルが優先」ということがあるので、このままだと自分の思ったスタイルにならない。

 そこで、「!importantルール」というものを使う。上のスタイルシートの、下から2行分、プロパティの最後に「!important」という付け足しのあるのがそれである。こうすると、後から読み込まれる別のファイルのcssにかかわりなくこの設定になる。

 今までの「div」で見た目だけ整えていたやり方は下の通りだ。

 例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文

 これは、

<div style="margin-left:2em;border:solid 2px;padding:1em;"> 例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文</div>

……と、単に書いていただけだ。引用としての意味づけはしていない。

 これに対して、今回新しく定義したのが以下だ。

 例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文

<blockquote> 例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文例文</blockquote>

 見た目は全く変わらないが、これならブログ記事のソースもあっさりとして読みやすくなり、書きやすい。

 いずれにせよ、以前に書いた記事の「引用部分」を、できる限りこの「blockquote」で置き換えておかなければならない。

かんだやぶそば

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 昨日から泊まり込みだった。

 草臥(くたび)れて帰りの電車に乗り、秋葉原の駅で乗り換えを思い止まる。

 いい蕎麦屋は日曜日には開いていないものだが、神田は例外で、「まつや」「かんだやぶそば」とも開いている。

 じゃ、今日はひとつ、「かんだやぶそば」で気晴らししようか、とする。

 いつものことだが混んでいる。臆せず並ぶ。なに、蕎麦屋の客の回転など速いものだ。10分も並べば入れる。

 菊正宗のぬる燗を一合。

 通しものに蕎麦味噌の一玉がついてくる。ここの蕎麦味噌は「まつや」や浅草の「並木籔」のような固練りとは違って、ふんわりと柔らかく仕上げてある。中に入っている蕎麦の粒も柔らかい。但し、味は鷹の爪が効いてピリッと辛い。これを少しづつ舐めながら呑む。

 お()まりに、盃一杯ほど酒の残っている頃おい、「せいろう」を一枚頼む。

 まことに幸福である。

 のんびりと半分ほども手繰(たぐ)った頃、隣に婦人客が座った。私より少しばかり年上に見える人だったが、私が手繰っているせいろうを見て、「あのう、あなたが召し上がっているのは、なんというお品ですか」と丁寧に聞いてきた。

「ああ、これですか、いや、これは、一番安い、メニューの一番上に載っている『せいろう』ですよ」

「そうなんですか。……いえ、ね、色が青いから、変わった、何か、茶蕎麦なのかな、と思ったんです」

 ここぞ得たり、と私こと不肖・佐藤、「なるほど、これはですね……」と、ご婦人に講釈して差し上げる。

 本物の新蕎麦はほんのりと緑がかるが、かんだやぶそばの蕎麦は、それに似せるよう、蕎麦の茎・葉を絞った汁で新蕎麦のような色・香りをつけてあるのだ。新蕎麦よりも強い緑に染まり、香りも新蕎麦に似る。そして、これなら新蕎麦の季節(晩夏~初秋)だけでなく、年中楽しめるわけである。

「へえ~、そうなんですか」

 聴けばご婦人は長野の人で、旅行で来ているという。新幹線の発車までの間、噂に聞く「かんだやぶそば」を探して来てみたのだそうで、「長野も蕎麦の本場なんですけれどね」と言いつつ、なかなか通好みの「牡蠣蕎麦」を注文している。

御酒 \770
せいろうそば \670
\115
\1,555
サービス -\5
合計 \1,550

 ご婦人が聞き上手なものだから、問われるままに、以前の火事のこと、近くの有名店「まつや」のこと、甘味処の「竹むら」、鮟鱇(あんこう)鍋の「いせ源」、とり鍋「ぼたん」、またこれらの店の建屋は全て東京都の文化財に指定されていること、そもそも神田連雀町は……などということをとりとめなく話した。感心して聞いてくれるので、話がはずんだ。

 ご婦人を見送り、ゆっくり蕎麦湯を飲む、

 越谷まで各駅停車で帰り、新越谷駅「VARIE」の1階、カルディ・コーヒーファームに寄って、「ボジオ・ランゲ・シャルドネ」という白ワインを一本買う。

 帰宅してワインを開ける。至福。

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