読書

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 引き続き約60年前の古書、平凡社世界教養全集第5巻に所載の評論「恋愛論」を読む。

 Googleでふと「スタンダール」を検索してみたら、キーワード・サジェスチョンに「症候群」と出る。「スタンダール症候群」というものがあるらしく、何か文学的な偏執症のようなことなのかな、と思いきや、その昔、スタンダールが有名な聖堂のフロアで丸天井の壮大な装飾を見上げて、眩暈(めまい)と動揺に襲われたそうで、そのような症状をスタンダール症候群というのだそうである。

気に入った箇所
平凡社世界教養全集第5巻「幸福論/友情論/恋愛論/現代人のための結婚論」より引用。以下の<blockquote>タグも同じ。
p.316から

 恋する技術とは結局そのときどきの陶酔の程度に応じて自分の気持ちを正確にいうことに尽きるようだ。つまり自分の魂に聞くことである。これがあまりたやすく出来ると思ってはならない。真に恋している男は、恋人から嬉しい言葉をかけられると、もう口をきく力がない。

p.340から

 ある有名な女がボナパルト将軍に突然いった。彼がまだ光栄に包まれた若い英雄で自由に対し罪悪を犯していなかったころの話である。「将軍様、女はあなたの妻となるか妹になるほかはありませんのね」英雄はこのお世辞を理解しなかった。相手は巧妙な悪口で仇を((ママ))った。こういう女は恋人に軽蔑されることを好む。恋人が残酷でなければ気に入らない。

p.355註〈1〉より

「スペイン人の目的は光栄ではなく独立です。もしスペイン人が名誉のためにのみ戦ったのだったら、戦闘は、トウデラの戦い(一八〇八年十一月)で終わっていたでしょう。名誉心は変わった性質をもっています。一度汚されると動けなくなってしまう。……スペインの前線部隊はやはり名誉の偏見に囚われていたので(つまりヨーロッパ風現代風になったのです)一度敗北すると、全ては名誉とともに失われたと考えて壊滅しました」

p.357註〈3〉より

 ああ、時代の哀れな芸術に当たるやいかに辛き。
 子らはいとけなくして、ただ人にもてはやされんことをのみ願う。

ティブルス、一、四。
言葉
丁年

 「定年」「停年」というと、老齢による退職の年齢だが、「丁年」は一人前の年齢、ということだそうである。

下線太字佐藤。以下の<blockquote>タグ同じ。
p.333より

ついにドンナ・ディアナの丁年が近づいた。彼女は父親に勝手にわが身の始末をする権利を行使するつもりだと告げた。

 まだこの評論、半分ほどである。引き続きこれを読む。

秋期情報処理技術者試験とITストラテジスト

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 昨日(10月第3日曜日、今年は10月20日日曜日)は秋期情報処理技術者試験の日であった。

 私は「ITストラテジスト」のキーワードでこのブログに記事を書いていることもあり、毎年秋のこの時期と、合格発表のある、2か月先の12月~年明け頃になると「ITストラテジスト」のキーワードでの検索アクセスが増える。

 「ITストラテジスト」はなかなか歯応えのあるテストだが、経験を積み、勉強をすれば必ずしも合格不可能と言う事はなく、それよりもなお、なかなか役に立つ資格であるから、興味のある向きは奮って受験してみては如何。

ヴォードヴィルとセクハラ

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 なんだかワカンネェ理由で「トニー谷」について読み、見、聞き、……等してしまうなど。

 で、Wikipediaでトニー谷の伝記を読み、性格の悪い嫌われていた人だった的な記述を読んでガッカリする。……もう、セクハラなんてモンじゃなかったらしい。

 ソロバン掻き鳴らすの、面白かったのになあ、子供の頃。

 確か、晩年に出演していたNHKでは美女をトイレットペーパーでウェディングドレス仕立てにするなんていう即興芸を披露していて、なんだか戦々恐々とした感じでアナウンサーーが「谷先生はヴォードヴィルの世界で名声を得てこられましたが……」みたいな紹介の仕方をしていたのを覚えているが、今にして思うとそれは、おそらくトニー谷が気難しい怖い人だったからなのかもしれない。今、そのNHKの番組が転がっていないか、Youtubeの動画を検索しても出てこない。

 川口のSKIPシティミュージアムあたりへ行けば、その映像が見つかるかもな、とも思う。

読書

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 「菜の花の沖」第4巻。

 私は司馬遼太郎作品について批評ができるほど多くは読んでいない。「坂の上の雲」と、それからこの「菜の花の沖」だけである。

 しかし、司馬遼太郎の歴史小説については「司馬史観」などと言われる批判があることは知っている。小説は読み物として楽しめなければならないから、司馬遼太郎の作品中でも、主人公たちに相対する立場の者は、どうしても批判的に描かれる。

 この「菜の花の沖」では、松前藩があまりにもケチョンケチョンに悪く書かれる。出版当時、旧松前藩関係者に悪く思われたのではないかと心配してしまう。

 さておき、この巻では、松前藩と幕府の間に大事(たいじ)出来(しゅったい)する。蝦夷地東半分を幕府が7年の有期で召し上げてしまうのだ。主人公嘉兵衛は、深間にはまった、とか、巻き込まれた、というのではなしに、(なか)ばは運命に乗り、半ばは自ら、蝦夷地経営のための幕府の御用を言いつかるようになっていく。国後(くなしり)択捉(えとろふ)両島間の難所、「国後(くなしり)水道」を渡る航路を見つけ、択捉島を大いに振興していく。幕府定御雇(じょうおやとい)船頭として船団を構築し、帯刀まで許される。

 物語の起承転結は、大きな「転」に向かって、「承」が極大まで盛り上がっていく感じだろうか。主人公嘉兵衛のサクセス・ストーリーを追っていく読書は、快い。

 こうしたことの他、かつての北辺の領土政策に関する作者の考察などが相当詳細に述べられていく。

 ところで、こんな部分があった。

新装版 菜の花の沖 (4) (文春文庫)、ISBN978-4167105891、221ページ~222ページから引用

「おなじ陸でも、蝦夷地はいい」

 仕事をしているだけで済むからだ、と(嘉兵衛は)いった。そこへゆくと、兵庫は利害と看板のからんだ人間関係の密林のようなものであった。

()内筆者

 ひょっとすると、清教徒が逃げ込んだアメリカも、これと同じことだったのではないかと思う。イギリスの濃密な古さに辟易したのではなかったろうか。

読書に使う地図について

 (ちな)みに、地図を見ながらこの本を読む際には、Google Mapよりも「電子国土」のほうが絶対に良い。Google Mapは一方的でふざけた政治的忖度の押し付け、特に我が国領土を狭めよう狭めようとする外国勢力の主張ばかりを採用する傾向にあるため、北海道東北方近海、とりわけ所謂(いわゆる)北方領土の地名がゴッソリ抜け落ちている。そのため、この作品中の記述を確かめるためにGoogle Mapを見ても、どこの事を言っているのだかさっぱりわからない。しかし、電子国土で見ると、さすがに我が国政府によって整備されているから、そこらへんはしっかりしている。

 上に見るとおり、情報量の優劣は一目瞭然である。

言葉
故実読み

 途中、小説の本題から離れ、延々と作者により当時の外交・領土関係に対する考察が述べられるところがある。その中に、幕末維新の志士、榎本武揚(たけあき)が出てくる。

 その風貌について

新装版 菜の花の沖 (4) (文春文庫)、ISBN978-4167105891、157ページより引用

 明治七年の露都ペテルブルグにおける榎本武揚の外交の成果は、ほぼ過不足のないものであった。

 旧幕の旗本が、薩長出身の官員にくらべ、容儀が堂々として対外劣等感をもたなかった。かつて榎本和泉守を称したこの男もそうであり、容貌・風采についても、書生あがりの薩長人よりもすぐれていた。このあたりも、黒田清隆の見こんだところであったろう。

……と書かれた箇所があった。

 それで、ハテ、榎本武揚って、どんな顔だっけ、確か顔写真は有名なものが残っていたよな、どれどれ、とGoogleで検索してみると、Wikipediaの記事が出てくる。

 顔写真は「ああ、そうそう、こんな顔、こんな顔」で、それで済んでしまったが、記事の中にこんな記述(くだり)があった。

 榎本武揚(えのもと たけあき、1836年10月5日(天保7年8月25日) – 1908年(明治41年)10月26日)は、日本の武士(幕臣)、化学者、外交官、政治家。海軍中将、正二位勲一等子爵。通称は釜次郎、号は梁川(りょうせん)。榎、釜を分解した「夏木金八(郎)」という変名も用いていた[3][4]。なお、武揚は「ぶよう」と故実読みでも呼ばれた。

(上文中下線太字筆者)

 関心を持ったのは内容ではなく、「故実読み」という言葉だ。「あ、こういう読み方のこと、『故実読み』って言うんだ」と知った次第である。

 確かに、年配者などに「野口英世」のことを「野口エイセイ」とか「エイセイ野口ヒデヨ」などというふうに言う人があり、こういう読み方のことを何と言うのだろう、と思っていたのである。

 検索すると「『故実読み』は『有職(ゆうそく)読み』ともいう」(など)とある。

 また、「人名を音読みにしさえすれば、なんでもかんでも有職読みと言うとは限らない」というようなことも書いてある。

沈黙

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 遠藤周作の「沈黙」、かのマーティン・スコセッシ監督がメガホンをとって映画化され、今ちょうど掛かっているのだそうな。

 「沈黙」、若い頃読んだっけ。たしか結婚したばかりの頃で、妻の持ち物のハードカバーの中にあり、元は義兄のものだったのだったか。小説の発表自体はそれよりも更に20年くらい前だったように思う。

 原作は遠藤周作得意の「キリスト教もの」で、彼の代表作と言ってよい。いわゆる「(ころ)伴天連(バテレン)」の物語で、ロドリゴというパードレ(神父)が主人公である。

 苦しく、重い物語だ。

 このパードレ・ロドリゴにはモデルがあったことも近年広く知られている。モデルはジュゼッペ・キアラという実在の人物で、東京・調布市には墓もあるそうな。また、小説中に出てくる同じ転び伴天連のフェレイラも実在の人物であるという。

 この映画、見たいなあ。妻と一緒に見たいが、妻は結構歴史ものなどが好きなくせに、拷問シーンや血が出たりする映画がダメで、時代劇はすぐ合戦で人が泥まぶれになって死んだり、切腹したりするから苦手なのである。多分、切支丹が逆さ(はりつけ)水刑(みずぜめ)になったりするシーンなんて、妻に見せたらショックを受けて体調を悪くしてしまう。うーん、小説は大丈夫なクセに……。

 ……そのうち一人で見に行くか……。

 あと、未読だけど、コレあたりも読んどかなくちゃダメかなあ……。

時事雑感その他

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社民党永田町落ち

 社民党本部、資金繰りが苦しくて家賃が払えず、永田町から落っこちるという。

 以前はたしか、国会図書館の最高裁判所よりの辺りに立派な看板が上がっていたけど、最近そういや見ないな、どうなったんだっけ、と思っていたら知らない間に首相官邸の裏のあたりへ引っ越していたようだ。

 まあ、そりゃあ、多くの人の支持を得ていない、ってことなんだわ、やっぱり。

 現状の断面だけでなく、これまでにやらかしてきたいろんなことのツケでしょうなア。ここ数年、言う事なすことムチャクチャだったんだもの。

 昔の社会党は立派だったよ、だって、下のようなこともありましたよ、戦後すぐの頃は。

 これ、共産党も旧社会党も含んで、全会一致ですからね。そういう懐ってものが、昔の社会党にはあったんだよな。

 絡んで言うと、先日私はこういうアンケートをした。

 このアンケートに回答した人のコメントを見ていくと、先日の稲田防衛大臣の靖国神社参拝に文句を言ってるアホがいて、その論拠が「東條英機みたいな犯罪人が祀られているようなところへ参拝に行くのが正しいのか!?歴史の勉強が足らん!」というようなことなんだけど、そういう連中って、こんな全会一致の赦免決議、つまり、「日本国内に戦犯なんかいない」、もっと言うなら、「靖国神社に戦犯なんか祀られていない、百歩譲って祀られているとしても、全員、国民一致で赦免されている人たちだ」ということを全然知らないんだよ。アンタらのほうが全然勉強が足りないよ。

似非数学「1=2」
b=a\\a+b=2a\\a-b=2a-2b\\(a-b)=2(a-b)\\ \therefore1=2

 何年か前に流行ったものだが、\TeXで浄書しておいたら面白いかな、と。

5 ÷ 4 = 1 余り1
3 ÷ 2 = 1 余り1
5 ÷ 4 = 3 ÷ 2
5 ÷ 4 = 6 ÷ 4
5 = 6
∴1 = 2

 ……なんてことをしているうち、こういうのもあることを知った。

ゲート

 潘基文(ばんきぶん)は大統領選立候補を取りやめたという。

 まあ、隣国の事だから、どうだっていいっちゃあ、どうだっていいんだが、一番「マシ」なおっさんだったからなあ……。

 そんなことで、韓国がらみのニュースに見入っていたら、崔順実(さいじゅんじつ)の一連の件の事を「崔順実(최순실)ゲート(게이트)」などというそうな。

 そういえば、汚職・疑獄のことを「なになにゲート」と言うよな、「ゲート」って言葉には何か汚職って意味があるのかな、と思って調べてみたら、もともとそんな意味はないけれども、「ウォーターゲート事件」以降、これをもじって「なになにゲート」と言うようになり、ついには「ゲート」にはそういう意味が込められ、中国語など「门(門)(Gate・Mén)」の一字で汚職・疑獄の意味も表すようにすらなってしまったのだという。

 そこから興味を覚えて、「ウォーターゲート事件って、どんなんだったっけ」と調べてみると、なんか、笑っちゃうぐらい「雑なスパイ事件」で、ニクソン大統領はあんな雑な連中の雑な仕事で任期途中で退任する破目になってしまったのだ。これだけでも前代未聞だが、国政を継承すべき副大統領が、一連の疑惑進行中にまったく別のケチな収賄事件で退任してしまっていた。その副大統領職を継承していた下院総務のフォード氏がやむなく繰り上がりで大統領を継承したが、これは「選挙ヌキで大統領になったオッサン」という、これまた前代未聞の事態になってしまったのだった。

 私は当時小学校1年生だったので、ベトナム戦争がらみの報道や、ニクソン大統領の名、ウォーターゲート事件という言葉そのものはテレビから流れてきていたし、私は大人の話に首を突っ込む変な子供だったから覚えているが、内容までは詳しく知らなかった。

レン砲

 何のことかと思ったら、蓮舫(ぶし)のようなことだそうな。

 「女による女いじめ」の様相で、結局不人気を招いているそうだ。カッカッカ……。

今度はまた一体、何を始める気なんじゃい

 この人はたしか、十年以上も前にイラクで他の人たちと3人でとっつかまって、身代金で釈放してもらって、スイーツ食ってうまいうまい言ってた活動家じゃなかったか。今度はまた、何を始めようってんだい……。

トランプ

 「嘘ニュースだ!」とか「オルタネイティブ・ファクト」とか、もう、笑っちゃうぜ。面白いからもっとやれ(笑)。

 あと、「トランプホテル」、オモロかった。

読売、最近右翼だなあ

 この前、読売の「もっと原発増設しろ」という社説にもオイオイ大丈夫かい、とたまげたが、今度もたまげた。

 軍事研究忌避論が、かえって科学者を不自由にすることにならないか、という角度の論なのだが、

 「そんなもん、軍事研究か人殺しかなんか知らんけど、どうでもエエから自由に研究させたれや」

……と言っているように見えるのであった。そりゃま、単純に言えばそうですわな。

 私は昔、読売を長いこと取っていたこともあるのだが、たしか20年くらい前だったか、妙に左翼臭いことを書くようになった時期があって、嫌になって取るのをやめたのだ。カネを払って腹を立てることほど馬鹿々々しいことはない。

 その後産経をとったが、これはなんだか、逆に右翼臭がわざとらしいからやめてしまった。

 最近まで読売はどうも左翼臭がしていてイヤだったのだが、なんだか、少しづつこういう具合になってきたなあ。

松本伊代と早見優ワロタ
上記事から引用

 京都市内のJR山陰線の線路内に無許可で立ち入ったとして、京都府警右京署は10日、鉄道営業法違反の疑いで、いずれもタレントの松本伊代さん(51)と早見優さん(50)を書類送検した。

 送検容疑は1月13日午後1時すぎ、京都市右京区嵯峨野々宮町のJR山陰線の線路内に無断で立ち入った疑い。

 松本さんは1月14日付の自身のブログで、早見さんと一緒に線路上を歩いている写真を投稿。「その瞬間踏切が鳴り、慌てて逃げる2人」などと説明していた。線路立ち入りに批判が集まったため、翌日のブログでは「お騒がせをいたしまして大変申し訳ございません」と謝罪し、記事は削除されている。

 おいおいおいおい、アラフィフのオバハン二人で何やっとんねん。歳を考えや~?(笑)。ま、他愛ないこっちゃな。

言葉
デタント

 ウォーターゲート事件の文脈に現れてくる言葉に「米ソデタント」なんてのがある。子供の頃、米ソデタントというのはよく出てきていた言葉だと思う。

 この言葉、今は使われていない。デタントというのは緊張緩和の事で、フランス語(détente)なのだそうな。かつては国際関係がたどるいろいろな「相」をパターン化して捉えたもので、その「相」の一つがデタントだ。しかし、欧米列強による国際社会支配システムが崩壊した今は、そういうパターン化した捉え方は古典的な概念になってしまい、使われていないそうな。

圧巻

 圧巻、というと見ごたえのあるスゴいモノ、というような使い方をしがちだが、違うんだそうな。昔中国の科挙で、答案を積んで提出するにあたり、最も優れた部分を一番上に載せるので、それが他の一般の部分を上から「圧している」ことから、「一番いいところ」のことを「圧巻」というようになったのだそうだ。

 だから、例えば芝居なんかを見ていて、役者が大見得を切り「ナリコマ屋ーッ!」と声がかかるような部分のことを指して「やっぱり勧進帳じゃ安宅の関が圧巻だねえ」というのは正しいが、「今回のオリンピックは圧巻だったねえ」と言うのは間違いである。

重商主義・重農主義

 国の歴史的な変化に関して、例えば、農業をしていた国が商業や経済に軸足を移して発展していく、というような「なんとなく」の理解でいると、重農→重商、という順序であるような気がするが、ヨーロッパでは重農主義の方が後で出てきた新しい形だそうである。

 つまり、商業でヨーロッパの諸王は富を得て栄えたが、その下の貴族というのは結局「地主さん」なので、ちっとも栄えなかった。ところが、フランスでは貴族中の貴族が王で、王は貴族に支えられていたことから、貴族が得をするように、つまり貴族に年貢を納めさせるための農業を重視し、それによって王自身も更なる富を得る構造を作った、という順序だ。「重商→重農」の順序なのだそうである。

(ひそみ)(なら)

 「ひそみにならう」と、つい口から出てしまいがちだが、これは謙遜して言うものである。

 故事成語としては、アンニュイ美人がちょっと顔をしかめて(眉を(ひそ)めて)歩いているのが美しかったんで、それを見たブス女が真似して((なら)って)顔をしかめて歩いたが、余計に不細工になった、という例話から、意味もヘチマもなくなんでもかんでも闇雲に真似することを「顰に倣う」と、第一義としては言う。

 これを謙遜の意味で使うというのは、「いやあ、私如き、意味も解らず真似をしているだけでして、いやいや」というような気持ちを込めて、「いえいえ、私の書道など、先生の顰に倣っているだけのものなんでして」というように使うのである。

ロカボ

 「ボカロ」、すなわち「ボーカロイド」の間違いかしらん、と思ったが、「糖質制限ダイエット」「低糖質ダイエット」のことを「ロー・カーボ・ダイエット」とも言うのだそうで、これを略して「ロカボ」なのだそうな。ははあ、痩せますか。そうですか。

セキュリティ機能要件・同じく保証要件

 恥ずかしい話ですが、セキュリティの「機能要件」と「保証要件」っていうのを、自分とこの職場のローカル用語やローカルルールだとずっと思い込んでました。

 JIS X 5070・ISO/IEC15408に定義づけられたれっきとした標準用語であることを、つい先日知りました。

 因みに、JIS X 5070-1では、「4 略語」の項に、

SAR セキュリティ保証要件(Security Assurance Requirement)
SFR セキュリティ機能要件(Security Functional Requirement)

……と記載されている。これはいわゆる「共通標準 Common Criteria」用語、とでも言うべきものだ。

 う~ん、まだまだ修行が足りんのう(笑)。

軍楽隊を育てる

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 パプアニューギニア陸軍の軍楽隊の育成のため、自衛隊から教官を派遣するという。

 能力構築支援にも、まことにいろいろな分野があるものだ、と思う。

 連想するのは、日本が明治時代に招聘(しょうへい)した軍楽教官、フランス陸軍大尉シャルル・ルルーのことである。

 日本も明治維新間もない近代化の過程で大いにヨーロッパ列強の教えを乞い、あらゆる分野で伸長を図った。

 単に「勝つ軍隊」を育成するだけなら、戦術や戦技だけを学び、兵器を輸入し、あるいはその製造法を学べばよいようなものだが、「あらゆる次元で丸ごと取り入れなければ列強に負ける」ということであったのだろうか、海軍などは食事まで洋食に切り替え、帝国陸軍もそれまで畳の上に敷いた布団でしか寝たことのない兵を「ベッド」に寝かせることまで真似た。ついには「軍楽」までもその咀嚼嚥下(そしゃくえんげ)の対象としたのである。

 そのような背景にあって、ルルー大尉はいわゆる「お雇い外国人」として来日し、数年にわたり帝国陸軍軍楽隊を指導した。

 ルルーが作曲した「陸軍分列行進曲」は、今でも陸上自衛隊で儀式などの折に使用されており、他に警察などでも使われている。

 日本への西洋音楽輸入はこのシャルル・ルルーによる陸軍への教育が最初であり、帝国陸軍軍楽隊から波及していく形で日本の西洋音楽が育っていった。

 ともあれ、友邦パプアニューギニアの軍楽隊も、日本から学んで大いに国を発展させてほしいものだ。

痩身(そうしん)パーシバル

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 大英帝国陸軍中将アーサー・パーシバル Arthur Ernest Percival と言うと、大東亜戦争(太平洋戦争)の緒戦、「マレー半島攻略作戦」で名将・山下奉文(ともゆき)と戦い、一敗(いっぱい)()(まみ)れた敗将として知る人ぞ知る。古い向きにはなおのことだと思う。右の動画は有名だから見たことのある人も多いはずだ。

 ただ、山下大将が「イエスか、ノーか!」と語気強く詰め寄り、パーシバルを屈服させたなどというのは相当な脚色で、本当のところは、通訳がうまく伝わらないことに加え、パーシバルも躊躇と逡巡から言を左右にして駆け引きをしようとする兆候があり、戦場だったこともあって、二人いた通訳に、「もう少ししっかりイエスかノーかを聞いてみてくれ」とつい声を大きくして指示したところを、「全軍総攻撃をチラつかせて語気鋭く机を叩いて恫喝した」というふうに報道されてしまった、というのが史実であるそうな。

 山岡荘八の「小説太平洋戦争」のマレー半島攻略戦のシーンなどでは、この貧相なパーシバルの、痩せた男性によくある頬骨の辺りのこけた影が黒ずんで見えるのを、「明らかに青痣だ」などと暴力をほのめかすような脚色が施してあり、おいおい、誤解されるだろ、……などと心配になってしまう。

 それはさておき。

 先日、同期生たちと「駒形どぜう」へ鍋をつつきに行った。全員同じ歳の同期生(50歳)だから、話題はいきおい、健康診断の数字がどうこうという話にも傾く。多少中性脂肪その他肥満方向の指標に難を自覚するO君と話すうち、

「しかし、パーシバルはなんであんなに痩せてたんかねえ」

……と、なぜか話題がそこへ向く。

「さあ、なんでだろ?なんで痩せてたかはよく知らんが、しかし、普通に痩せてる感じだろ」

「それにしても貧相だ。なんでかな」

「さあ~……?しかし、聞いた話だが、そもそもアジアの僻地の守備司令官で、イギリスも他の正面に比べるとそれほど重視してたわけでもないから、老齢で二流の人を配置したんじゃないか?だから、貧相で痩せた将軍ということになったんじゃないのかな」

「うーん、そうかなあ。……佐藤今度ちょっと調べてみてくれよ」

……とまあ、その話はそこで済んだ。

 ふとそのことを思い出し、パーシバルのことを少し渉猟(しょうりょう)してみた。

%e3%82%b7%e3%83%b3%e3%82%ac%e3%83%9d%e3%83%bc%e3%83%ab%e6%95%97%e8%bb%8d%e4%bd%bf 映像で見る通り、確かに痩せてはいるが、当時普通にいたタイプの痩せ方で、特別に病的な痩せ方ではないから、まあ、これはあんなものなのだろう。パーシバルは1887年生まれとあるから、1941年当時は54歳で、当時としては初老過ぎと言えるから、まあ、あれくらいは(やつ)れるのではないか。

 また、左の写真でいうと、英国側軍使たちは半ズボンを穿いているため、ただでさえスマートなジョンブルが、余計に脚がヒョロヒョロして見える。それで、餓えてでもいるかのような感じがするのだろう。実際、日本陸軍はシンガポール要塞攻略にあたり、重要な水源地を押さえることで勝利に結びつけたのが史実だが、そうは言うものの、英軍は物資や弾薬の備蓄も十分にあり、食料に不自由する状況ではなかったから——その有利な状況で降伏したことが後になって余計に悔しかったものとみえる——、飢餓や病気で痩せていたわけでもあるまい。

 ところで、そのことよりも驚いたのは、Wikipediaなどのパーシバルに関する記述に、

「士官学校を出ていない、2等兵から叩き上げで中将にまでなった人物である」

……とあることだ。

 貴族優越主義の英国で、これは非常に珍しいことだ。将校と言うものは、とりわけ将軍ともなれば、まず間違いなく貴族だからだ。ところがパーシバルは生え抜きの軍人でもなく、ましてや貴族などではない。もとは鉄鋼商店に勤めるサラリーマンであったという。

 ただ、同じWikipediaの英語版のほうを読んでみると、戦功を積み重ねた正真正銘の2等兵叩き上げ、というわけではないようだ。入営後、相当に優秀な人物だったのを嘱望されたらしく、5週間程度の教育で少尉にまでなっている。

 ただし、士官学校には行っていない、ということであり、その後、参謀大学に進んでいるとあるから、Wikipedia日本語版の記述は、多少大げさかもしれない。

 そうはいうものの、この「叩き上げ」というところになんとはない親しみを覚え、もう少し読んでみる。そうすると、このパーシバル将軍、アイルランドの弾圧などで勇名を馳せ、相手のアイルランド人からは蛇蝎のように嫌われ、何度も暗殺の対象となって命を狙われたのだという。

 それが、Wikipedia英語版の記述を借りれば「A Japanese officer present noted that he looked “pale, thin and tired”」(日本の将校団は、彼の様子を評して「薄汚れ、痩せて、困憊している」と記した)……と、あんなにも窶れ、憔悴しきった降伏会談になってしまったのだ。終戦までの間、捕虜として囚われた挙句、やっと帰国した後は「サー」の称号も与えられずに冷遇されたというのだから、なんだか気の毒ではある。

 しかし、それを過度に(おもんぱか)ったマッカーサーのやり口は、いかにも無礼・無粋で、品がない。後にフィリピン戦で敗れた山下大将の降伏会談に、戦争捕虜として囚われていたパーシバルを釈放させてフィリピンまで特別に呼びつけ、その見ている前で山下と署名を取り交わし、使ったペンの一本をパーシバルにやったというが、もしパーシバルの複雑な心中を思えば、そんなものを貰っても、嬉しくもクソもなかったのではなかろうか。

 また、山下大将が絞首になった際にも立ち会ったという話があるが、それで溜飲を下げて快哉を発するような品のないパーシバルでもなかったろう。

 後にミズーリ艦上での降伏文書調印にもパーシバルは呼びつけられて列席したという。日本側の捕虜だったパーシバルがそこに列席する根拠は特になく、本当に客寄せパンダ、巻き返し戦勝のシンボルみたいに使われたわけで、逆に気の毒と言うほかない。アメリカ人はよくあるアメリカ映画のように、劣勢を耐えに耐え、ついに怒って一発逆転、正義は勝つ!……という図式がよほど好きなものと見える。

 さてその後のパーシバルだが、大した言上げもせず、少し回想録を残す程度の余生を送った。あんなに貧相であったにもかかわらず、戦後は78歳まで生き、昭和41年(1966)に亡くなっている。当時としては比較的長命な部類だから、健康なほうだったのだろう。

日本ITストラテジスト協会関東支部 オープンフォーラム2016

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 私は情報処理技術者の資格を幾つか持っている。そのうちの一つ、「ITストラテジスト」は「高度な知識・技能」というものに区分されており、合格するのはなかなか難しい。

 この資格の関係で、関連団体の「日本ITストラテジスト協会」(JISTA)というところに参加している。

 日本ITストラテジスト協会は、試験合格者等を中心に、所属する企業や団体の枠を超えて情報発信や人材交流による自己研鑽を行うプロフェッショナルコミュニティで、全国8個の支部に分かれて活動している。

 これら各支部のうち、「関東支部」では毎月月例会を開き、テーマ別ディスカッションなどを行って研鑽している他、年に1回、標記「オープンフォーラム」を開催している。

 今年のオープンフォーラムは来週の土曜日、11月12日の午後に開催される。

 今回のテーマは上記の通りだ。識者による基調講演や、会員によるパネルディスカッションが予定されている。

 私はこのところ仕事が多忙だったため、昨年・今年は協会の活動にほとんど参加できなかった。今年はオープンフォーラムの運営には携わることができなかったが、昨年までは2、3年ほど、当日のスタッフとして時間管理などをしていた。

 最近のIT界隈は、サイバーセキュリティに関する呼び声がかまびすしい。これは重要なことではあるが、しかし、そもそもサイバーセキュリティは、人間の諸活動を利便化・高度化するというITの本来の目的を助けるものであり、それ自体では何の役にも立たない。サイバーセキュリティという要素そのものが働いて物を作ったり何かを分析したりしてくれるわけではないのだ。この意味から、ITストラテジの分野はますます社会の基盤要素として一般化し、深く社会に組み込まれつつあるものと思われる。

 ITのプロフェッショナルを目指す向きは、是非この資格やコミュニティに興味を持たれては如何。また、オープンフォーラムは誰でも参加できるので、是非参加してみては如何。

Wikipediaに投げ銭

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 Wikipediaが寄付しろ寄付しろとうるさいから、300円ほど投げ銭した。