動詞の連用形の名詞化

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 前から「気づき」「学び」「気づきがあった」「学びがあった」などとする書き方や言い方の流行に馴染(なじ)めずにいた。所謂(いわゆる)「動詞の連用形の名詞化」ということだ。文法的なことはググれば高名な先生方の解説が沢山出てくる。興味のある向きは一読なさればよろしかろう。

口語動詞「学ぶ」の活用

学ぶ
語幹 (まな)
活用形 活用 下接語
未然形 学ば
学ぼ
ない
連用形 学び
学ん
ます
た(だ)
終止形 学ぶ (言い切り)
連体形 学ぶ とき
こと
仮定形 学べ
命令形 学べ (命令言い切り)

 一言でいえば、口語文法の場合、活用語尾が「ます」「た(だ)」につながる活用形が連用形である。この「気づきます」「学びます」の語部分「気づき」「学び」を名詞として使うものが「連用形の名詞化」だ。

 理屈はともかく、日本語として違和感があることは否めない。文法的な違和感に加えて「気づき」だの「学び」だのと言いたがる人が苦手だということが私にはある。こういう言い方書き方をしたがる人というのは、大概(たいがい)変に押し付けがましい、いわば「そこそこ中ぐらいに出世した経営者とその取り巻き」みたいなところがあって(イヤ)なのである。

 「気づいたことがあった」というのを「気づきがあった」としてしまう乱暴な動詞連用形の名詞化が許されるなら、「ムシャムシャ食べた」という状況を「旺盛な食べがあった」と表現することが許されるでしょう、そんな言い方書き方、しますか?……というのを、連用形の動詞化がおかしいと主張する例として、これまで私はよく使ってきた。早く言えば「『食べ』……ッて、そんな名詞、あります?」ということだ。

 ところが。

 先日、通勤電車に乗っていて、中吊(なかづり)広告で遂に「食べ」というのが名詞化されているのを見てしまった。有楽町線乗り入れの西武線車両に掲げられていたもので、武蔵大学のプロモーションポスターだ。キャンパスのある江古田のよさについて広報していた。惹句(キャッチ・フレーズ)に曰く「レトロに愛。食べに恋。江古田」というのである。

 ああいう広告というものは、無造作に貼られているように見えて、広告代理店その他の編集会議や校正やコンプライアンス審査など、様々な関門を(くぐ)り抜けてきているのであろうことは素人にも簡単に想像のつくことだ。つまり、社会的にこういう書き方が許容され始めているという理解も(あなが)ち間違いとは言えまい、ということである。

 そればかりか、この惹句はなかなかにリズミカルで、よく出来てもいるではないか。温かい恋愛と文化と口福とが綯交(ないま)ぜになって胸に迫り、江古田の地にパッと若やいだ憧れすら覚える。もしこれが、「レトロに愛。グルメに恋。江古田」だったらどうだろう。そんな、風呂で屁をこいたような惹句に誰が引き寄せられようか。ここは「食べ」でなくてはならぬのだ。しかもなお、「レトロに『会い』、食べに『来い』」という掛詞(かけことば)にもなっていて、実に知的ではないか。そういう必然性がこの惹句にはあるのだ。つまるところ、これは相当な言葉の使い手がものしたのであろう。良き哉、良き哉。

 ……だがしかし、だがしかし、である。

 ぬぅ……。遂に、「(しょく)」というふうに表現されていた対象が「食べ」と書かれるようになってしまった。十年前だったらこれは絶対になかったろう。せいぜい「グルメに恋」と書かれていたに違いない。

 ことここに至れば、今は使われておらず違和感があるにもせよ、近いうちに名詞化されるであろう動詞の連用形とその使用例を列挙しておくことに意味なしとしない。これから10年ほど経った後にこの列挙を読み返したとき、感慨深いものがあるだろうことは疑いない。以下にメモしておこう。

連用形 連用形名詞化用例 従来の言い方・書き方
書く 書き Twitterその他のSNSで多数の書きが見られた。 Twitterその他のSNSで多数の書き込みが見られた。
愛する (あい) 二人の間には(あい)があった。 二人の間には(あい)があった。
似る () この兄弟には強い()がある。 この兄弟はよく似ている。
起きる 起き 今朝は気持ちの良い起きが得られた。 今朝は気持ちよく起きることができた。
混ぜる 混ぜ 小麦粉にしっかりと混ぜを入れます。 小麦粉はしっかりと混ぜます。
来る () おじいちゃんとおばあちゃんの()は10時ごろです。 おじいちゃんとおばあちゃんが来るのは10時ごろです。
やる やり さあて、そろそろ本腰の入ったヤリをするかァ! さあて、そろそろ本腰入れてヤルかァ!
する ねえ、「」をする ねえ、する

 はてさて、これらのうち、どれが当たり前に使われるようになるだろうか。その頃には、私は年金で暮らしていることだろう。今よりも増して尚頑迷固陋(がんめいころう)糞爺(くそじじい)になっているに違いない。

投稿者: 佐藤俊夫

 50代後半の爺。技術者。元陸上自衛官。2等陸佐で定年退官。ITストラテジストテクニカルエンジニア(システム管理)基本情報技術者

「動詞の連用形の名詞化」への1件のフィードバック

  1.  適当に思いつくまま動詞を列挙し、最後に「する」の連用形「し」の名詞化例として、「ねえ、『し』をする?」というヘンチクリンな例を書いた。普通は「ねえ、する?」と言ったり書いたりするのだ。何の気なしに書いたのだが、これまでのように、無闇矢鱈な動詞連用形の名詞化はいかがなものかという例に「食べ」を使うよりもよさそうだ。というか、しかし、この例が一般化したら淫靡でオモロい。

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