妄想その1・オスマン帝国パターン
オスマン帝国~トルコ共和国の第1次大戦時の成り行き
第1次大戦当時のオスマン帝国は、ドイツと同盟を結び、ガリポリでは名将ムスタファ・ケマル・アタテュルク元帥が頑強な防御戦闘を行って英国をはじめとする協商連合軍を撃退するなど善戦した。
しかし、有名なロレンス大佐の秘密工作によるアラブの反乱や、コーカサス山脈での敗走などもあり、 次第に劣勢となり、民心も政府も疲弊し、皇帝メフメト6世はついに降伏の詔勅を発した。
オスマン帝国は領土を蚕食され、協商連合の進駐軍がイスタンブールに蟠据、しかも西からはギリシャ軍が新たな戦端を開いて侵攻してきた。
ところが、その頃パレスチナ戦線で戦っていたムスタファ・ケマルはこれを聞いて怒髪天を突く。それまでの忠実な皇帝陛下のしもべが180゜転向、イスタンブールに帰ってくると、勝手に降伏した皇帝を廃位し、国外に追放。トルコ共和国の樹立を宣言し、トルコ軍を組織しなおして連合軍とギリシャ軍に反撃し、これらをすべて駆逐、トルコ共和国の初代大統領となる。
その後、ムスタファ・ケマル・アタテュルク元帥は昭和13年(1938)に57歳で亡くなった。
ムスタファ・ケマル亡き後、第2次世界大戦が勃発したが、トルコは孤立平和を主張し、ほとんど戦争終結の直前まで「中立」を宣言して参戦を拒否。「渋々……」といったていでようやく連合軍に加わったのは昭和20年(1945)の2月であった。
これを大東亜戦争時の大日本帝国に換骨奪胎した妄想
大東亜戦争当時の大日本帝国は、ドイツと同盟を結び、海軍は真珠湾に蟠据する米艦隊を殲滅、陸軍はマレー半島で、名将山下奉文大将が上陸作戦を展開、時計のように正確緻密なマレー半島長隘路打通作戦の末、敵将パーシバルを一喝、シンガポール要塞を陥落させて堂々の入城を果たすなど善戦した。
しかし、有名な米軍諜報機関「SIS」の暗号解読や、それによるミッドウェイ海戦の敗北、本土空襲に引き続く原爆投下、加うるに北からはソ連軍が新たな戦端を開いて侵攻してきた。もはや劣勢とは言うも愚かの状況となり、民心も政府も疲弊し、 昭和天皇はついに降伏の詔勅を発した。
日本の都市はほとんどが焦土となり、米国をはじめ、英、豪、蘭までもが本土に進駐し、沖縄と小笠原は米国に蚕食され、朝鮮は無政府状態となって混乱、台湾は中国国民党の支配となった。
ところが、その頃フィリピンでまだなお抵抗を続けていた山下奉文大将はこれを聞いて怒髪天を突く。それまでの忠実な天皇陛下のしもべが180゜転向、東京へ帰ってくると、勝手に降伏した昭和帝を廃位し、国外に追放。大日本共和国の樹立を宣言し、日本軍を組織しなおして米軍とソ連軍に反撃し、これらをすべて駆逐、大日本共和国の初代大統領となる。
山下奉文大将(のちに元帥追贈)は昭和40年(1965)まで大統領として大日本共和国の舵をとったが、80歳で死去した。
山下奉文亡き後、100年近くが経ち、ロシア・ウクライナ戦争の泥沼化が原因となって欧州紛争に発展、これは中台紛争に飛び火、そのために朝鮮半島までが不安定となるなどして世界紛争の様相となり、大日本共和国は米国から強硬に参戦を要求されたが「中立」を宣言して拒絶。やがて米国と中国がICBMの応酬をおっぱじめ、ニューヨークとワシントン、ロサンゼルス、北京と上海、深圳が焦土と化したあと、「渋々……」といったていでようやくアジア連合に加わったのは停戦の1か月前であった。
妄想その2・ベトナムパターン
フランス駆逐後~ベトナム戦争終結までの成り行き
「ディエンビエンフーの戦い」で仏軍を袋叩きにして駆逐したベトナムだったが、国土も民心も荒廃し、ソ連に支援された北ベトナムと米国に支援された南ベトナムに分断され、ベトナム戦争が始まる。
米軍は次第に積極的に介入するようになり泥沼化。しかし、ホー・チ・ミンは国土を地下迷路化してそこに潜り、国内彼我紛戦の状況を作為して抵抗、ついにかの米軍を敗退に追い込む。サイゴンが陥落し、南北ベトナムが統一され、ベトナム戦争は終結した。戦争終結を前に亡くなったホー・チ・ミンを偲び、サイゴンは「ホー・チ・ミン」にその名を改めた。
しかし、ベトナムの苦難はそれでは終わらず、長い間「世界最貧国」となり、経済の低迷にあえぎ、米軍が人道を無視して散布した枯葉剤の影響による病気や奇形の多発に苦しんだ。
そんな中でも、隣国カンボジアのポル・ポトを山奥に駆逐して「キリング・フィールド」を止めさせ、中越国境紛争では優勢な中国軍に鉄拳を見舞うなど、渾身の戦いぶりを世界に見せつけた。
しかし、現在は米国とも和解、世界に貿易を広げ、また先ごろようやく人口が1億人を超え、日増しに成長している。
これを大東亜戦争前後の大日本帝国に換骨奪胎した妄想
日露戦争で露軍をぶちのめした大日本帝国だったが、三国干渉により得るところ少なく、ユダヤ系金融には80年かかって償還する莫大な債権を握られ、時下って大東亜戦争では国土も民心も荒廃し、ソ連に支援された北日本と米国に支援された南日本に分断され、日本戦争が始まる。
米軍は次第に積極的に介入するようになり泥沼化。しかし、巧妙にソ連共産党を欺いて北日本に身を隠した昭和天皇は国土を地下迷路化してそこに潜り、国内彼我紛戦の状況を作為して抵抗、ついにかの米軍を敗退に追い込む。東京が陥落し、南北日本が統一され、日本戦争は終結した。戦争終結を前に崩御した昭和帝を偲び、東京都はその名を「昭和都」に改めた。
しかし、日本の苦難はそれでは終わらず、共産主義とは相容れぬ皇室の存在によりソ連からの支援も絶え、長い間「世界最貧国」となり、経済の低迷にあえぎ、米軍が人道を無視して全国各地に投下した原爆の影響による病気や奇形の多発に苦しんだ。
そんな中でも、隣国朝鮮に派兵して金日成と李承晩を駆逐、半島の分断と戦乱を止め、尖閣諸島沖海戦では優勢な中国軍に鉄拳を見舞うなど、渾身の戦いぶりを世界に見せつけた。
しかし、現在は米国とも和解、世界に貿易を広げ、また先ごろようやく人口が1億人を超え、日増しに成長している。
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