原発議論と軍事

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 小泉元総理は、また、なんだか変にヒネクレ出したなあ……

 だが、このあたりも含めて、原発議論の中に、「軍事の観点から」という要素が全然ないのは奇怪極まる。誰も一言も言わない。

 「軍事」と言ってアレ方面のアレルギーがムズムズ痒いと言うなら、「国家安全保障の観点から」などと、猥褻な現代語で言い換えてもよい。

「やろうと思えばいつでも原爆ぐらい作って敵国に叩き込めるだけの潜在的実力を営々と保持し続ける、それによって不気味なニラミを効かせる」

……これが原子力発電所を建設・維持する本当の理由なのだ。電力なんてどうだっていいのである。そんなものはタテマエだ。つまり、先日米副大統領のバイデン氏が中国でわざわざ代弁した、アレなんである。

 だが、「日本は原爆を作ります」なんてことは、唯一の被爆国として口が裂けても言えないのだ。だから言わない、言わないが、「アイツら、いつでもそれくらいやってのけるぞ」という、そういうニラミなのである。

 そこを避けて通って、原発廃止も存置もヘッタクレもない。

 それに、逆に阿呆な話で、仮に北朝鮮に対して核抑止を効かせることだけが目的だと言うなら、何も自力製造なんかしなくったっていいのだ。アメリカに、「1兆円ぐらい払いますから水爆1発売って下さい」って言えば、ホイキタ、とくれるだろう。仮にくれなくても、配備はするだろう。

 だが、それもまた、ダメなのだ。工業力の保持だって、原子力発電所の目的なんだから。そしてまた、私の論では「どうでもいい」と極論したが、冷静に言えば電力だって大切なのだ。

 アレも、コレも、ソレも大切なのだ。

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