脳にテレビ

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 妻と娘は、何か「晩御飯会」に出かけて行った。

 彼女らがつけっぱなしにしていったテレビの音がうるさく、不愉快なのでスイッチを切る。

 なんでテレビの音を不愉快に感じるのだろう、と思って「テレビからは不愉快な雑音しか流れてこない。」でググッてみたら、「人の話が音として聞こえるけど、言葉として聞こえない現象に思い当たる人多数→「聴覚情報処理障害」かも…?」というtogetterまとめが出てきた。

 ……う~ん。雑音、っていうわけじゃなくて、断片的に「韓国」「反日」「あおり運転」とかいう不愉快な単語が聞こえてくるから、不愉快なんだよな……。

 と言って、意味がわかるからそれで不愉快というわけでもなく、実は、人と対面して話していて、全部雑音に聞こえてしまい、「ちょっと、お前!聞いてるのか!?」と怒鳴られたことも若い頃にはある。今でもそうで、実は子供の頃からそうである。人の言っていることが雑音にしか聞こえず、目の前に喋る顔だけが感情をこめて自分の前に映画の看板のようにある。相手が怒っていて、怖い、それぐらいしか伝わってこない。言葉は聞こえない。音が聞こえる。

 そんな私だからテレビがうるさいのかな、とも思うが、テレビの音声は断片的に意味を持って脳に入ってきていて、それが不愉快なのだから、完全に雑音にしか感じない、というわけでもない。

 それが不愉快なのである。俺の脳に入ってくるな、と思う。

 これは多分、遺伝なのではなかろうか。私の父は「目が見えないのは()えがたいが、耳が聞こえないのは幸せだと思う」と漏らしたことがある。耳が聞こえないのは実に不便だと思うが、それをしも幸せだという父は、言葉に()み飽きていたのだと思う。

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