読書

投稿日:

 また少し脱線して、本屋で目についた本を買って読んだ。

ジャンヌ・ダルク

 20年以上前の映画だが、ミラ・ジョヴォヴィッチ主演の「ジャンヌ・ダルク」を見た事があり、オルレアン解放のシーンなどにゾクゾクするほど痺れ、最後の無残な火刑の経緯には涙したものだった。

 本書はわかりやすく当時までのフランスの状況とオルレアン解放、ランスの戴冠、次いでその後を解説するものだが、やはり冒頭のオルレアン解放に目が行く。

 しかし、なぜジャンヌ・ダルクがジャンヌ・ダルクたりえたかという後半の解説と一連の事実が成した史的な意義の考察にも非常に心を揺さぶられるものがあった。とりわけ、学者である著者の、

p.147から引用

 歴史の意味は固定しておらず、時代とともに揺れ動きますし、どこの誰にとっての意味か、ということでも変わっていきます。皆が十九世紀フランスのナショナリストのように考える必要はありません。あくまで現在の自分の立ち位置から見ていけばよいのですが、それでも独りよがりの意見ではほかの人々の同意を得られませんし、学問的に有効な解釈にはならないでしょう。

との提示には考えさせられた。過去に起こった事実を動かすことや変えることはできない、ということと、しかし、史料によって歴史を見るしかない以上、その意味、ひいては事実そのものすら見る者や評価する後世の者によって変わるということとの間にある相克を思ったのである。

 もう一度、Amazonで「ジャンヌ・ダルク」を見た。いやもう、涙、涙。

昭和100年の100人

 リーダー・スタア・文化人の各篇につき100人、計300人に関する文春のインタビュー記事や寄稿をまとめたものだ。昭和天皇から横山やすしまで、昭和のあらゆる著名人を網羅しており、なかなかに読みごたえがあった。知らない人も多かったが、語り手の知己や家族しか知らないその人その人の素顔に首肯したり驚いたりした。

投稿者: 佐藤俊夫

 50代後半の爺。技術者。元陸上自衛官。2等陸佐で定年退官。ITストラテジストテクニカルエンジニア(システム管理)基本情報技術者

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.