トルコ行進曲(連弾用 田中雅明編曲) その1.6

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 引き続き連弾用のトルコ行進曲の練習を進めつつある。

 今日の午前中は、特に連弾のレッスンということで、次女のピアノの先生にかねて約束があった。次女と二人、教室に伺って稽古をつけていただいた。

 やはり、専門の先生に稽古をつけていただくということは、独りで弾くのとは次元のまったく違う、刺激の多い、すばらしいことであった。

  •  「p」「pp」などは、この曲の場合、「小さい音」で弾くことではない。「遠くの音」で弾く。頭から?マークの出た私に、「『遠くの音』で弾くには、例えば、実際に遠くを見てみるといいです」と御教示くださった。実際に試してみると、本当に遠くで鳴っているような音になったので驚いた。
  •  「f」や「ff」は強いからといって強く弾いてもだめで、逆に手の力を抜く。教えられたとおり手の力を抜いたら、本当に非常に大きな音になった。また、「『バーン』ではだめです。いわば、『ドンッ』と弾いてみてください」と言われた箇所があり、いわれるままそうしてみたら、これも本当に「ドンッ」とした音が出た。
  •  終盤の弾き方について、「お父様のはレガートで、オーケストラのチェロが低音を滑らかに弾くように。そのときのコツは、手を動かさず、低く抑えるように弾くこと。智香ちゃんのスタッカートは、オーケストラのバイオリンがスタッカートを弾くように」とおっしゃった。うまいこと例えてくださるものだなと思った。

 レッスン後、先生に手の格好はどのように考えるべきかを尋ねてみた。私は手首がどうも下に下がる傾向があるようで、それが前から気になっていたからだ。そうしたら、意外なご教示を下さった。すなわち、「音中心」で考えよ、とおっしゃるのである。

 子供の場合は、基本を身につけさせるため、あくまで、例の「卵を握るように」という手の「型」を重視して教える。(『ちかちゃんにもそう教えています』と先生)だが、それはそれであり、大人の場合は必ずしもその限りではない。つまり、「ある演奏」や「ある音」を追求した結果、「その演奏」「その音」を出すための「ある手の型」になるのであり、逆に「手の型」に拘泥して「要求される音」が出ないのは主客転倒である。

・・・とのことである。なるほどなあ、と非常に納得のいくところ大であった。

 得たところが非常に大きかったので、この先生のピアノのレッスンに通えたらなあ、と思った。だが、仕事をしているとなかなかそうもいかない。ここ一番の緊要な段階で、単発で稽古をつけてもらえないかと考えた。そこで、帰り際に、

「きょうスグ、いまスグ、というわけではありませんが、『単発』で稽古をつけていただくというわけにはいきませんでしょうか。応分の謝礼をいたしますので。仕事をしていますと、なかなか、週1回とか通うのが難しいもので・・・」と言ってみたら、快く「そのつど言ってください、ご相談に応じます」と言ってくださった。

 来週も連弾の稽古をしてくださる。その次の日にはいよいよ発表会である。楽しみだ。

 レッスンに行く前にも帰ってからも、次女ともども、相当気合いを入れて稽古をした。弾いた回数を楽譜に「正」の字で記していたら、エラいことになっている(笑)。

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